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精霊の主に恋をした、最後の王様のお話。
(2012/12/30)
ジュミラ前提ガイミラ。分史ガイアスに告白されたという正史ミラの話を聞いて、正史ガイアスがあわてふためく話。
ガイミラの究極はガイアスが魂の洗浄前に無理矢理精霊界のミラ様のところへ行って「よしよし頑張ったな」って労ってもらうことだと思うので、理想をぶつけた。
【A5/24P/¥400】
「やはりお前も人間だな。」

彼と彼女にとって、その言葉が始まりであり全てであり終わりだった。
否、彼にとっての彼女が、その言葉が始まりであり全てであり終わりだった。


彼は人の中にあって人と同列ではなかった。抜きんでて飛び出た存在に、過去幾度も怯えた目と尊敬の眼差しを、断末魔と畏敬の言葉を受けてきた。
それを、彼女は当たり前に言い切った。
「お前も人間だ」
たった一言だ。しかし、お前『も』人間だという一言に込められた意味は、果てしなく重い。彼がどんなに人として抜きんでた存在でも、彼女の前では等しく人であり守るべき者であり、なにより彼女にとっては等しく『人』というその他大勢だった。
もしも『お前は人間だ』と言われていたら、今と少しだけ状況が変わっていたかもしれないと考えてしまうくらいに、その言葉は彼にとっての始まりであり全てであり――終わりだった。
そう。彼は人で、彼女は精霊だった。
だからこそ始まった関係は、だからこそ終わった。
人と精霊。共に歩む未来を築くことはできても、共に添い遂げる未来はありえない。
彼はそれをよしとはしなかった。彼女を失いたくなかった。彼女と話し触れ合えるよう、彼女を人として生かす為にあらゆる手段を講じた。彼は自分なら彼女を人として生かす自信があった。精霊の主としてしか生きられないと考える彼女に、人としても生きられるよう彼女を悲壮な運命と使命と重責から救えると思った。
今にして思えば、なんと愚かで思い上がった考えかと呆れる。だがそれは彼女が精霊の主として今も世界を見守っているからそう考えるのであって、あのとき彼女を人にしていれば彼はまた違った形で彼女と共に世界の為に尽力していただろう。彼と共に彼女があるということは、即ち人の世で人と精霊のためにあることだった。
彼女は精霊界で人と精霊の為にあり、己は人間界で人と精霊の為にある。彼にとって『もしも』とは未来に対する不測の事態を回避するためのものであり、決して過去を起点とした現在という未来を夢想するものではない。
現に、彼は己が人で彼女が精霊だからこそ、この想いはあるのだと受け入れている。
精霊の主となった彼女は、彼が守る必要のない世界で唯一の存在だ。彼にとっては世界で唯一の安心、安らぎを与えてくれる存在、つまりは心の拠り所となった。
それが、彼が人で彼女が精霊である、始まりも終わりも内包した、全て。

それでも、創世の賢者の真実を知ってしまってから、軟弱なと自嘲しながらも考えるだけ無駄と知っていても、時折想ってしまう。もしもの世界。彼女が人として自分の隣に立つ世界を。

分史世界。

誰もが想い願う、世界を危機に陥れる夢の世界を。



それは、雪の夜に語られる
精霊の主に恋をした、最後の王様のお話。




1

「もしもし、ヴェルです」
ルドガーのGHSが鳴り響き、もはやお馴染みとなった分史世界出現を伝えてきた。
さっそく進入点として伝えられてきたザイラ森に降り立った一行は、相変わらず寒いとガイアス以外身を震わせる。早くカン・バルクに向かおうと、皆目印の城を探しぐるりと周囲を見渡した。
「あ、あれ!」
いち早く城を見つけたにしては緊迫した声をあげたレイアに視線が集まり、すぐに彼女の指す先へ全員が顔を向ける。
「あれは、エレンピオス軍の……」
「空飛ぶお船ー!」
「うむ、どうやら今回は過去の世界のようだな」
エリーゼとティポの呟きにガイアスは頷く。詳しい事情を知らないルドガーとエルに、ジュードは手早く当時のことを説明した。
「すると、カン・バルクに今行くのは」
「得策ではないわね」
ミュゼがルドガーに首を振る。
「教会に俺等がいるか、一応確かめようぜ」
そうすれば本当にその時間軸なのかはっきりする。アルヴィンの提案に一同は同意する、が。
「問題は、誰が行くかですね」
ローエンが神妙に呟く。教会にはルドガーとエル以外全員いる。もし自分と鉢合わせたらややこしい。かといってエレンピオス人のルドガーもまた、事情に疎く見つかったら面倒なことになる。
「私が行く」
誰がどこにいて、なにをしていたかだいたい把握しているし、服も再現できる。そんなミラの提案に、はっとしたように男性陣が顔を強ばらせた。
「そ、それならお願いするけど……気を付けて。俺たちはあそこの洞窟にいるから」
「ああ、ではな」
ルドガーがぎこちなくミラを送り出す。
「ね、ルドガーどうしたの?」
エルと、口にはださなかったがレイアとエリーゼも同じく怪訝な表情で男性達を見ている。
「いや、なんでもない。それよりはやく洞窟の中に入ろう」
まさか『やっぱりミラって全裸なのかなって思って』なんてこと言えるはずもなく、ルドガーはそそくさとエルの手を引いて洞窟へ向かった。
起こした火がぱちぱちと乾燥した空気を鳴らす。もう外はすっかり真っ暗になって、日付も変わっている。狭い洞窟に身を寄せ合った九人は眠気とそれを上回る不安に口を閉ざしていた。
一際大きく火が跳ねて、丸太がごとりと焼け落ちる。合図のようにしてエリーゼが呟いた。
「ミラ、遅いですね」
「大丈夫かなー、絶対お腹すかせてるよー」
憂慮すべき事態であるが、ティポの言葉に全員がほんの少し緊張を和らげた。
「俺が見てくる」
誰よりも早くルドガーが立ち上がった。誰もがミラを心配するが故に、ルドガーしか適任がいない。彼は一番それを分かっている。
「三時間して戻らなかったら、頼む」
「一応、この時間はみんな部屋で寝てると思うから」
「危なくなったらすぐに戻ってきてくださいね」
口々に気を付けてと背中に声をかけられながらルドガーは外に出た。吹雪でないのが救いだ。雪が月明かりを反射して、うっすらと明るい。何度かここら一帯の雪原を歩いたことがあるにしても、視界がなければどうしようもないわけで、ルドガーは安心した。
もし見つかったときの言い訳を考えながらルドガーは魔物を避けつつ白い世界を進む。
「凍らないうちに早く見つけないと」
懐にいれたサンドイッチを、ルドガーは上から押さえた。ティポの言葉がなければ気付かなかったが、そういえば彼女は大の腹ぺこ精霊なのだ。もしミラが無事だったとして、来てしまったルドガーをたしなめたとしても、これを出せば一発で許してくれる最終兵器だ。
さいわいにして、教会はすぐに見つかった。周囲に残ったいくつかの足跡から予測して、ミラはまっすぐ教会に入ったらしい。大胆だ。
哨戒の兵がいないのは助かるが、あまり無防備にうろうろしてもこの世界のガイアスあたりに気配を読まれそうな気がして、うかつに近づけない。
「っ!?」
そのとき、ルドガーは己の考えが正しかったことに安堵と戦慄を覚えながら岩影に隠れた。
教会の二階、外廊下に現れたガイアスを、ルドガーは驚きをもって死角から仰ぎ見る。隣には、ミラ。服装はルドガーの見知ったもののままだった。
(ビンゴ)
正史のミラを見つけたことで安堵したルドガーの目が時歪の因子を捕らえた。ガイアス、ではなくガイアスの頭にある飾りに黒い歪みが蟠っている。おそらくミラも時歪の因子の正体は看破しているはず。穏便にガイアスから飾りをもらえるようならいいが……。
知らずルドガーは拳を握りしめた。無理矢理奪う相手としては、最悪すぎる。息を詰めて見守るルドガーがいると知ってか知らずか、ミラとガイアスはなにやら話し込んでいた。
残念そうに首を振るガイアス。ミラも表情を曇らせる。
そうして、二人は中に戻ってしまった。
(どうする、このままミラが出てくるまで待つか?)
すぐにミラが戻ってくるのかもわからないし、それなら一度みんなのところへ彼女の無事を伝えに行くほうがいいのではないか。ルドガーが考えあぐねているうちに、当のミラが正面から堂々と出てきた。
「ミラ」
「む、ルドガーか。どうやら思ったより皆に心配をかけてしまっていたようだな。すまない」
ルドガーの潜む岩影まできたミラに、そっと青年は声をかけた。てっきりどうして待っていなかったと咎められると思っていたのだが、彼女は素直に謝罪をしてきた。
「お腹すかせてないかって思ってさ。これ、差し入れしに来たんだ」
「おお! ありがたい」
サンドイッチにミラは表情を輝かせた。若干の罪悪感を隠すように、心の中で謝罪をしてルドガーはサンドイッチを渡した。さっそく頬張るミラであるが、足はしっかり洞窟へ向けて動かしている。
「もう一個くらい持ってくればよかったな」
「なに、洞窟に戻ればまだあるのだろう? 報告もかねてゆっくりさせてもらうさ。悪いが、今回は長期戦になりそうだ。ガイアスから髪飾りを、時歪の因子をもらえなかった……すまない」
心底申し訳なさそうにうなだれたミラを、ルドガーは慌ててフォローした。彼女一人に押しつけたのはこちらであるし、なにより現在の状況を探ってくれた功績は大きい。
「そう言ってくれると、こちらも気が楽になるよ」
洞窟に入る前に、ミラはパンくずのついた頬を持ち上げて目を細めた。
「皆、遅くなってしまって悪かった。随分心配をかけたな」
「ミラ!」
エリーゼが一番に抱きついた。遅れてミラを囲む面々に精霊の主は深く謝罪する。
「すまなかった。これは、私が思ったより気を揉ませてしまっていたようだな」
「無事でなによりですよ。ルドガーさんも、ありがとうございました」
「俺がいかなくてもミラは大丈夫だったよ」
「そんなことはない。サンドイッチをくれたじゃないか」
ローエンの労いに自分はなにもしていないとルドガーは首を振った。それをミラが来てくれて助かったと大真面目にフォローするものだから、自然周囲から笑みがこぼれる。
「それで、やっぱり俺らがいたってことだったのか」
「ああ、アルヴィン。相違ない。時歪の因子も見つけた。ガイアスの髪飾りだ」
時歪の因子がすぐに見つかったことに一同は喜びを表そうとした瞬間、次の言葉で一気に落ち込む。
「それはまたやっかいだな」
力尽くでいくには、こちらの被害も覚悟しなければならない。申し訳なさそうに言ったガイアスにミラは、そこでと直球で飾りをくれと頼んでみたが駄目だったと告げる。
「それはそうだろう。これでも一応あの飾りは王の証だ」
「この世界の飾りは少し形状が違っていたがな」
ミラが土に小枝で書いた正史と分史、両の飾りがお世辞にもうまいとは言えなかった為、ローエンがなにも言わずGHSから正史世界のニュースクリップを画面に映した。
「へー、絵本で見た王冠より地味〜」
エルの言葉にミラとガイアス以外口元を引き結んだ。吹き出すわけにはいかない。
「ガイアスの頭にこれと違う飾りがついていれば、それが時歪の因子だ。とにかく、この世界の王の証だが、まだ望みがないわけではないぞ。私もこの世界のガイアスから頼まれごとを言われた。もしかしたら、交換条件というやつが適用できるかもしれない」
「頼まれごと、とは」
記憶にある限り、ガイアスはミラになにか王の証と釣り合うような頼み事をした覚えはない。ガイアスの疑問に、では教会へ行ったことを最初から話そうとミラが説明を始めた。
あのとき教会では、日が沈む前では自身が行動しており厄介だった。夜まで待てば、礼拝堂くらいしか自分がいないし、ガイアスが起きているのを知っていたから声をかけた。先ほどまで礼拝堂でこの世界の私と話をしていたので、追ってくるとは思っておらず驚いたようであったが、少し話をしたいと伝えたらしばらく考え込んで外の空中回廊まで付いてきて欲しいということでついていった。二、三この分史が我々の推測どおりなのか確認する質問をした後、髪飾りが時歪の因子だと気づいたとき
「ガイアスに后になってほしいと言われてな」
こともなげに言い放ったミラの言葉に、一番動揺したのは当のガイアスではなくジュードだった。
「え、ちょっと待って、なんで」
あんまりにもジュードが慌てるものだから、レイアやエリーゼは反対に落ち着いてしまった。というより自分達がちゃちゃを入れるより、ミラとガイアスとジュードを見ていたほうが面白い。絶対。
「私ならば、危険な自身の伴侶として安心して傍に置けるからだそうだ。確かに、理にかなっている」
なんで、と聞かれて冷静に理由を説明したミラにジュードは面食らう。ようやく浮かした腰を落とした。むしろプロポーズされたのにまったく動じていないミラを見てガイアスがかわいそうになってきた。
(っていうか、ガイアスってばミラのこと、す、好きだったんだ……!)
分史のガイアスと正史のガイアスが同じ感情を持っているとは限らないが、その可能性は非常に高いし、なによりさっきから逆に反応のないガイアスがそれをはっきり肯定しているようなものだった。
「しかし私は精霊の主マクスウェルだ。この世界のミラでもないし、そもそもこの分史世界を破壊するために来た。なのですぐに断ったが、時歪の因子である髪飾りをくれととりあえず頼んでみた」
目を見張ったあと、なんともいえない表情をして駄目だと言ったガイアスは珍しかったぞ。
「それはそうだろう。さっきも言ったとおり、あれは王の証だ。妃の座を辞したばかりで同等の立場の証をよこせと言われれば、困惑するだろう」
ガイアスがようやく口を開いた。
「そうか。認識の相違というやつだな。私がそれが王の証と知っていればもう少し言葉を選んだのだが」そうかなあ、とレイアやエリーゼは顔に出した。「とにかく、そういうことだから、私が一度ガイアスの要求を呑む変わりに飾りをくれと言おうと思う」
やっぱり。話を聞いていて、だんだん嫌な予感を募らせていたジュードだったが、的中して盛大に溜息をついた。
「ミラ。この後ガイアスの前に分史の僕たちがおらず、かつ穏便に話せる時は、もうないよ」
「む。」
そういえばそうだった。そもそも自分は死んでしまうのだった。と、一度思い直したミラだったが
「いや、逆に死んでいるからやりやすいのではないか? 私が死んでから、ガイアスの周囲には、ここにいる人間が私を含め誰もいないのだろう?」
「いや、でもミラ死んでるし」
「なに、案ずることはない。私は精霊の主マクスウェルだ」
ミラは胸を張った。無茶苦茶な根拠だが、謎の説得力がでてしまったのはまさにその通りであるからに他ならない。だからといって、ジュードは看過することはできない。
「もう、ガイアスも言ってよ。目の前で死んだすぐあと、元気に『妃になるから飾りをくれ』なんてミラが言ってきても本物だとは信じないって」
こうなったら本人(?)に止めてもらうしかないと振ったジュードに
「いや、案外あっさり信じるぞ。俺は」
ガイアスはあっさり首をふった。
「ちょ、ガイアス!?」
「この腕の中で事切れたならいざ知らず、きちんと死亡確認もできていないし、あのときは四大も復活していた。海に落ちてもウンディーネがいれば大丈夫だ。現実に、目の前に現れれば生きていたと考えるだろう。借りに死んだということにしても、精霊マクスウェルなのだろう?」
ならば、なにもおかしいことはない。
ミラと違って至極まともな説明だった。ジュードは後悔した。本人に言われてしまえば、それまでだ。
「今後俺が一人になるときは、エレンピオスでお前たち二人にミュゼのナイフを渡したときだけだ。時間が惜しい。ミラの作戦なら早くても三、四日後には決行できる」
ガイアスにここまで言われては反論の余地も無い。そもそも反論できる論拠がない。
結局大変不安は残るが、一行は変装して海停近くまで移動し、ミラに任せることとなった。


§   §   §


オルダ宮。ラ・シュガルの首都イル・ファンに聳え立つ不夜城は新しい主を迎えた。
リーゼ・マクシア未曾有の危機に、ア・ジュールだのラ・シュガルだのいがみ合っている場合ではない。コンダクターイルベルトの助力もあり、ガイアスは瞬く間にラ・シュガル中枢を掌握した。
「見事だな」
三十分ほど仮眠をとろうとしたガイアスは、さすがに働きづめたなと反省した。幻聴が聞こえるなど。
「まさか、幽霊だとは思ってくれるなよ」
違う、幻聴ではない。男が振り返ると、そこにはつい先日死んだばかりのはずの女が立っていた。
強い意志を宿した、赤に近い桃色の瞳。シルフが結ったという、特徴的な房がなびく金の髪。白地に幾何学模様の飾りが美しい、威厳に満ちた衣装。造作だけはそのままに、優美な井出達で出現した、精霊の主。
思わずガイアスは驚きに目を見開き、それを受けてミラは目を細めた。
「生きていたのか」
「いや、死んだよ。だが単に私の在るべき姿となったに過ぎない。私はマクスウェルだからな」
ミラの言葉に呼応して、四大精霊が実体化した。これでは疑う余地もない。だが、あれほど危惧していた断界殻は消滅しなかった。
「断界殻はどうした」
「私の肉体が滅びても、マクスウェルが消えなければ消滅しない」
よどみなくミラは答える。納得しきれる答えではなかったが、嘘をついているようにはみえない。実際に断界殻が消えてないのだから事実、そうなのだろうだろうが。追求を諦めたガイアスには最後に疑問が一つだけ残った。
「……ジュードには会ったのか」
「うん? なぜだ。私がここに来たのは、私の使命を果たすためだ。それに、ジュードには一人で立ち直ってもらわねばなるまいよ」
ガイアスの質問はミラにとって意外だったようだ。お前ならば聞かずともわかるはずだろうに。多くを統べるものとして当然のことをしているにすぎないとでも言うようにミラは答えた。
ところが当たり前の言葉であるのに、ガイアスはミラと再び出会えたというのに、表情を曇らせ続けることしかできない。確信に触れるのを厭うように、ガイアスは押し殺した声で尋ねた。
「そうだな。では、俺に会いに来る必要のある使命とはなんだ、マクスウェル」
リーゼ・マクシアの人と精霊を守る。そのためにマクスウェルは存在している。それは、果たしてリーゼ・マクシアの王がリーゼ・マクシアの人と精霊を守ることと同義なのか否か。
ガイアスが納得したとみて、ミラは四大を戻す。
「今の私の使命は、お前の身に着けている王の証を手に入れること。そのためなら妃になることもいとわん。世界のために、それが必要だ」
なかば予想していた答えを返されて、ガイアスは拳を握りしめた。案外、堪えるものなのだなと。男は心を落ち着けるために一呼吸置く。そうして鋭い眼光を湛えて詰問した。
「お前は自分の言っていることがわかっているのか」
「無論だとも」
躊躇なくミラは答えた。むしろ、先ほどからガイアスともあろうものが、どうしてそう愚問ばかり投げかけてくるのか不思議でたまらないとすら顔に書いてある。
ガイアスは痛感した。人間の身ですらなくなった目の前の女の形をした精霊の主は、過去に未来に普遍に存在する想いある力なのだと。
同じ人の身を、美しい女の身を成していた、力。
これではあの少年を笑えない。否、蔑む感情などないが、それでも自分は同じ轍を踏まないと思っていた。だが己もまた、気付けば彼女の力をして、彼女自身に心を囚われてしまったのだ。
目の前で喪失してしまった憤り。ジャオ、そしてミラ。二十年前に、二度と理不尽な事態で大切なモノを失う者がいなくなるように、弱きものが虐げられない世界をと誓ってここまできた。しかし、彼女はやはり違っていた。守る必要などない。自分はむしろ人というカテゴリで守られていて、もし仇なすとなれば容赦なく切り捨てられる。ミラ・マクスウェル、無慈悲で愛情深い精霊の主。
「ガイアス?」
黙りこんだ人の王に、精霊の主は訝しみ名を呼ぶ。その唇にそっと親指を当て、顎を捕えた。
「ん?」
ミラの大きな瞳が、無垢な色を湛えたままこちらを見上げた。精霊であっても、触れたその唇は柔らかく温かで、肌も滑らかな手触りだった。人となんら変わりない。
甘美なぬくもりと感じているのは己側だけなのだと思うと、渋面が増々濃くなった。ミラはむしろガイアスが次にどうするのか興味津々と待っている。こちらの感情などなにも知らず、知る必要もない。その強さが羨ましく妬ましい。
なるほど、自分は確かに人だと男は身を持って知った。
どんなに己を律しようとも、抑えきれない衝動が理性を焼き焦がし、憎しみのまま振る舞おうと眈々と心の弱い箇所を狙っている。
「みろ、やはりお前は言っている意味をわかっていない」
相手が反論しようと口を開く前に、ガイアスは無防備なミラに足払いをかけた。仮眠をとろうとしていた寝台へ、なぜと揺らぐ濃い桃色の瞳を追いかけるようにして覆い被さる。
「我が妃になるということは、俺に抱かれるということだ」
男の長い指が頬から首、そして胸元の透ける黒い飾り縁をなぞる。そして、瞬きの起こす長いまつ毛の風すら感じられそうな距離で、それをわかっているのかとガイアスは呆けるミラに問うた。




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