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同人誌見本
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BEAST
(2011/09/19)
究極に病んでるバーナビー×反抗的な虎徹の、ボコリ愛・罵り愛本。普段の二人がこんな態度とるわけないので、ウロバニと海老っぽいなにかです。暗くて胸くそ悪い終わり方。バニーちゃんの病的な告白が5ページ以上続いても耐えられる人向け。
【R18/A5ステッチ本/24P/¥200】- 書店委託 とらのあな / K-BOOKs
憤りに染まった紅い瞳を見下すのが好きだった。
何度痛めつけても、彼は反抗的な態度を崩さない。どこまで耐えてくれるだろう、どこまで耐えられるだろう。その気概を粉々にしてやりたいと思う反面、いつまでも抵抗していて欲しいとも思う。
相反した気持ちを抱えたまま、彼と同じ紅い瞳を輝かせて青年は――バーナビーは脚を振り上げた。
「が……はッ」
男の腹部に見事に決まったそれに、百八十センチの長身が吹っ飛ぶ。けれど今だって、蹴って壁に背を叩きつけられても、男は不敵にこちらを見上げていた。
「おや、まだ可愛がり方が足りないようですね、虎徹さん」
バーナビーはいやらしく口角をあげた。虎徹と呼ばれた鏑木・T・虎徹にそっくりな瞳の紅い男は、近寄ってきたバーナビーの顔に唾を飛ばす。青年は難なく避けると、ぐっと顎を強く締め上げた。
「まったく。学習しないひとですねあなたも」
困ったものだ。と言う割には青年はしごく嬉しそうに笑んでいる。
彼もまた、バーナビーと呼ばれているし自身もその名であると認識しているが、シュテルンビルドの平和を守るヒーロー、バーナビー・ブルックスJr.とは違う。
虎徹はこんなふうにバーナビーに敵意を向けないし、バーナビーもこんなふうに虎徹を扱いはしない。
紅い瞳の彼らが存在することはありえないのに、まるであたりまえのように違和感なく、二人はここに在った。
「本当に、どうして理解して下さらないんですか? ただあなたは僕だけ見ていればいいのに」
子供でもできることなのに、とおおいに嘆息するバーナビーに、虎徹はヘッと皮肉気に表情を歪ませる。返事を聞こうと青年が掴む力を緩めると、男は吐き捨てるように言った。
「なぁにが『僕だけみてればいい』だよ、変態偏執倒錯ウサギちゃんよ。てめえなんかの言うことなんざ聞かねえって、そっちこそ学習しやがれよ」
「またそうやって汚い言葉を使って。いけませんね」
「――ぐぁっ」
バーナビーはわざと爪を立ててきつく虎徹の唇をつまんだ。ねじるように引っ張ると、苦痛の色を浮かべながらも男の紅い瞳はこちらをにらみ上げた。
「こう毎回毎回躾をするのも疲れるんですけど」
「むっぐぅ、んんむんむー」
「『だったらやめればいい』? 馬鹿言わないでください。話せないくせにむごむご言ってる姿は可愛いですけど、僕はあなたにそんなことを言ってほしいわけじゃない」
きっちり発音されなくとも虎徹の言葉をバーナビーは理解した。眼鏡を押し上げて、染まった頬を恥じるように少し虎徹から顔を反らす。台詞通り、本当に可愛いと思っているらしい。
「んぐう」
「『きもい』? はあ、上等ですね。決めました、今回はいつもよりキツめにやります」
「んんん!」
これはバーナビーでなくともわかるであろう。やめろと制止の声を咥内であげた虎徹を、バーナビーは張り倒した。側頭部が床に容赦なく激突した音が響く。唇は解放されたので、同時に虎徹の悲鳴もバーナビーの耳を愉しませた。
「あがっ」
「いい声で啼いてくださいよ?」
頭を床にきつく押しつけながら、バーナビーは虎徹の耳元で囁く。甘く、腰に絡みつくような低い声。こんな音色で鼓膜を至近距離から震わされて、堕ちない人間などいないような。だが、それは虎徹にとって、死神が鎌を振り上げる音にも等しかった。
「く……っ」
躰は仰向けにされたのに、頭は変わらず横向きにされて虎徹は苦悶の声を漏らす。
「さて、今日はどこからどうやって料理して差し上げましょうか」
男の躰に馬乗りになり、抑え込めるようにすると、バーナビーは頭を押さえる手を離した。手入れの行き届いた指先で耳朶から腮、頤をなぞる。虎徹の躰がびくりと震えたのを太ももで感じ、バーナビーは恍惚の表情を浮かべた。それを見た男が、胸くそ悪いと眉根を寄せる。
「逐一うるせえ、黙れよ色情狂。ひとをいたぶってるくせにいい顔しやがって」
「あなたが僕の嗜虐心をいちいち煽るのが悪いんですよ。反抗ばっかりして、そんなに僕に躾けられたいんですか?」
「はっ、とんだ勘違いだぜ坊や。誇大妄想は聞き飽きた。言ってて自分で恥ずかしくないのかよ」
「全然。あなたにしか言わないし、あなたにしか聞かせません。恥ずべきことも偽りもない。本当の気持ちしか口にしない。あなたを愛している」
「だからそれ。そーゆーの」
どうして通じねえのかな。虎徹は憎しみから一転、憐憫の視線になった。
「愛してるって言いながら、俺を殴るのかよ。愛してるって言いながら、俺と話し合わないのかよ。愛してるって言いながら、俺の幸せを望まないのかよ。それは愛じゃない。おまえは勘違いをしている」
虎徹の言葉に、バーナビーはまるでペンギンが空を飛んだような表情をした。
「――ああ。そう、ですね。その通りだ、僕は勘違いをしていました」
だが、すぐにそれは長年の疑問が氷解したような、晴れやかなものに変わる。つられて、虎徹も緊張を緩めた。紅い縦長の瞳孔が、少し広がる。
「わかってくれたようでなによりだ」
だからはやく退いてくれ、そう言おうとした虎徹の声は、途中で尻すぼみになった。見下ろす、バーナビーの顔。晴れやかな顔、清々しいほどにふっきれた。見惚れるには命がけなほどの、整いすぎたうつくしい。妖艶というにはあまりにも邪気がなく。理解できない。
ぞっとした。
「失礼。そうそう、そうでした。これは愛なんかじゃありません。似て非なる、同じ位置にありながら階層の違う、愛よりも強烈な感情です」
理解させてくれたことに感謝しますとばかりに、バーナビーは微笑んだ。子供が新しい知識を与えられて無邪気に喜ぶように。あまりにも、ただただ、ただただ、無垢にひたむきにまっすぐに。見つめるバーナビーの血よりも濃い瞳の色が、虎徹の心を凍らせる。
「弁解させていただきますと、愛と呼ぶほかないのです。今は明確に違うと理解していますが、けれど理解していたとしても僕は愛と呼んだでしょう。」
この感情は、他に名前をつけてもらっていない。だから、僕はこれを愛と呼びます。愛すらはるかに及ばない大きな感情ですが、愛以上にこの大きな感情を表す言葉が定義されていません。ですから虎徹さん。これは愛です。
とうとうと語るバーナビーは、己が感情の愉悦に浸りきっていた。
「僕はあなたを愛している。愛よりも、余程愛している」
だから僕はあなたに言うことを聞いて欲しいから殴るし、あなたに言ってもらいたい言葉をくれない話など意味がないからしないし、そもそも
「幸せなんていりません。あなたがいればいい。僕はあなたとだったら、不幸でもなんでも受け入れます」
相手の総てを否定しながら肯定する。
決して愛ではない。しかしそれを形容する言葉はなく、また名前を付けることもできない。
恐怖とは、理解できないものに抱く感情だ。虎徹には理解できなかった、だからバーナビーを恐れた。胃の腑に氷の塊を押し込まれたような怖気と吐き気。
「もっとあけっぴろに言ってしまえば、僕は別にあなたに愛されなくったっていい。あなたが僕だけを見てくれれば、それだけでいい。あなたの一番になれるなら、あなたに憎まれたっていいんです。愛されずとも、ね」
バーナビーの手がゆっくりと虎徹の頬を撫でる。恐怖で震えだしそうになるなど、大の大人が情けないと思うが、それでも男は触れてきた青年の皮膚に叫び出しそうになった。そこから、まるで侵食されていくような錯覚に陥る。
近づくバーナビーの顔。蛇に睨まれた蛙のように、逃げられない。逃げ出したいのに。
そうして、触れ合った唇はひとの味がした。冷たくもなく、固くもない。温かく、柔らかい。いっそ固く冷たく、それでなくとも血の味でもすれば。すぐにでもこれを殴って逃げようと思えたのに。
「ぐっ、ぅ」
うかがうように、ちろちろと青年の舌が男の唇を舐める。引き結んだ口の綻びを探すように、合わさった皮膚の谷間を熱いぬめりが滑った。咥内でなくとも唇は敏感にその感触を脳に送り、男の肌が総毛立つ。
「あなたに嫌われようとかまわない。現に、こうしてあなたは僕のこと、大嫌いですものね。けれどもそれじゃあ不十分です。全然足りない」
ぴちゃりと、わずかな隙間も侵食していく水のように唾液を滲ませて、男の心に侵入するように青年は虎徹の唇を食 み、味わう。
「あなたを手に入れるためなら世界を滅ぼすしかないといわれようとも、僕は躊躇などしない。それと相対するほど、あなたは僕を憎んで、嫌ってもらわなくては。でも、愛してくれるならほんの少しだけでいいんですよ。僕が世界で一番だって思ってくれるだけでいいんです」
大きな対価と小さな対価。まるで詐欺師の口説き文句だ。あたかも愛することが労力を伴わず、楽で、簡単で、最良であるのだと誘導する。
「誰がおまえの口車に乗るかよ。寝言は寝て言え」
「実に残念ですね」
「うごっ」
口を開いたのがあだとなった。バーナビーは素早く虎徹の咥内に指を突っ込む。
「僕なりの精いっぱいの譲歩だったのに」
「ぐ、ぇあッ」
喉の近くまで突っ込まれて、虎徹は反射的に嘔吐く。涙の滲んだ目元を、いかにも美味そうにバーナビーは舐めた。皮膚の薄い目蓋をぐりぐりと舌先で押されて、閉じた暗闇に極彩の滲みが広がる。
まつ毛の一本一本まで探るような動作は、無理矢理眼をこじ開けて眼球まで舐めてきそうで怖ろしかった。
「や…めろ」
虎徹は腕で振り払おうとしたが、さきほどまで口腔を蹂躙していた手をあっさりと引き抜かれて、やすやすと拘束され手首を壁に縫い付けられる。
バーナビーの握りしめた男の手首は、ぎちぎちと音を立てて血管ごと圧迫されていた。合わさった皮膚を押し返すように脈がどくどくと打たれる感覚。だんだん指が痺れてきた。このままではいけないと、虎徹は力を抜く。
そこでようやくバーナビーは手を離した。てっきり懇願するまで解放しないと思っていたのに。意外に思ってぎゅっと閉じていた眼を開けると、したり顔で微笑む青年と目が合う。
しくじった。
「虎徹さんの眼、前から思ってましたけど美味しそうですよね。食べてしまっても?」
本気か冗談か、はかりかねる。バーナビーだったら本気で言っているとも限らない。
「腹ぁ壊しても知らねーぞ」
それでも虎徹は笑い飛ばすように答えた。ここでやめろだなんて、死んでも言えるはずがない。
「あなた、僕の体の一部になろうとしても反抗するんですね」
嬉しいなあ。
ぞり、とバーナビーの舌が眼球を舐めた。
痛みはないが、強烈な違和感と急所を握られた恐怖にひゅっと喉を鳴らしてしまった。失態だ。バーナビーがそれを聞き逃すはずがない。案の定、ふふっと機嫌よさそうに青年は唇から息を鳴らす。
「あなた、本当に馬鹿ですね。ここまできてまだわかりませんか? ああ、それとも理解したくない。うん、どっちでもいいや」
バーナビーがこういうとき饒舌なのはいつものことだが、それでも今回は特に言いたくて言いたくて仕方がなさそうだった。例えるなら、自分の誕生日の日に『今日は何の日だか知っている?』そう質問する子供のような。
当ててくれれば嬉しいし、当たらなくてもむくれて詫びにプレゼントを要求できる。どっちに転んでも本人の得になる質問。
「おまえの考えてることが、理解なんかできるわけないだろ」
「予想通りの答え、ありがとうございます」
吐き捨てるように言った言葉にさえ、バーナビーはしごく嬉しそうに礼を言った。言葉の内容に関してより、自分の予想が当たったことが嬉しくて仕方ないのだろう。そのほうが、より虎徹を嬲れるから。
「いいですか、虎徹さん」
とっておきの秘密をこっそり伝えるように、青年は男の耳元へ唇を寄せる。
「虎徹さんを屈服させたいけれど、別に、ずっと反抗的なままでもいいんです。むしろ、どこまで己の意志を貫けるのか、楽しみなんです。もちろん、僕の手に堕ちても嬉しい」
かすれた低い声が毒を流し込む。
「ね、だからあなたの行動は全部無駄なんです。僕はなんでも嬉しい、僕は虎徹さんを愛しているから、虎徹さんの総てが愛おしい。なにをしたってどっちにころんだって、ね」
耳から、
脳から、
心を、
染まっていく。
毒、が
「僕を――俺を諦めさせることは、不可能だ」
ぞり。耳孔を犯した舌が、不協和音を響かせた。
唐突に虎徹は理解した。
そうだ、たった一つだけあった。
バーナビーの感情に対応する言葉が名前が定義が。
――狂気だ。


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