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2011/06/19
美しい名前
※12話バレ※ 初めて虎徹の名前を呼ぶバーナビーが書きたかった。n番煎じすいません。 本当は今書いてるオンリ原稿の鏑木夫妻にこの曲使ってたんだけど、まさかの虎徹ICU入りで燃えたぎって急遽書いた。マッチPVは神。 とりあえずジェイク倒したバニーちゃん大急ぎて虎徹の元へ飛んで行ったんだよ! 最初は担ぎ込まれた晩にしようと思ったけど、ICUに入れないことに気付いた。
 目の前の光景に、バーナビーは瞬きすら忘れた。
 想像以上の、最悪の事態。一目見てわかる、今彼が生死の境をさ迷っていることが。
 繋がれたいくつものチューブ。今にも途絶えそうなエコー。呼吸器の乾いた音と、かすかに上下する胸。閉じられた目蓋は、ぴくりとも動かない。
「おじさん、ジェイクを倒しました」
 話しかけても、当然応えはない。
「おじさんのおかげです。おじさんがジェイクに一撃を入れられた状況、名前を呼ばれたこと。それで気付けました。ジェイクは、人の心を読む」
 それでもバーナビーはしゃべり続けた。
「あなたがいなければ、僕はジェイクに勝てなかった」
 声が、震える。
「でも、だからって僕が許すと思ったら大間違いですよ。どうしてあなたは一人で突っ込んでいくんですか。今回だって、確かにあなたが一人で決着をつけようとしたから、僕がジェイクに勝てたのかもしれません。でも、僕はそんなことが言いたいんじゃない。どうして僕を信用してくれないんですか。どうして僕を信頼してくれないんですか。僕は駄目なんですか、僕じゃ駄目なんですか」
 どうして気づけなかったんだろう。僕はあなたのなにも知らない。
 指輪を見て、結婚していただろうとは思っていた。けれども、娘がいたことも奥さんと死別していたことも、知らなかった。聞くのが恐かったから、聞かなかったこともある。あなたがそんなこと僕に話すようなことじゃないと拒絶するかもしれないと思うと。なにより、あなたが家族のことを愛おしそうに話す姿なんて耐えられそうになかったから。
 一度もあなたの家に行ったこともない。プライベートで会ったこともない。携帯電話の番号でさえ、僕から交換した。
 それでも、あなたは僕に勘違いさせるくらい、いくら拒絶してもこちらに踏み込んできた、待っていてくれた、傍にいてくれた。あなたは誰にでも優しい、見捨てない、助けてくれる。万人に対して同じ態度をとると、知っている。
 それでも僕はパートナーとしてあなたの特別なのだと勘違いするほど、あなたは僕の傍にあった。
 これは僕の慢心。僕の甘え。僕の独りよがり――いや、独りよがりはあなたのほうでしたね。
 僕に力がないばっかりに、あなたを独りよがりのままにさせてしまった。あなたがふみこんできたなら、僕もふみこむべきだった。
 ちょっと考えれば気づけたはずなんだ。あなたは自分の心の壁が硬いからそのままぶつかって、相手の壁を壊せるけれども、崩すだけ崩して、その瓦礫は片づけないことを。
「でも、今気づいたんじゃ遅かったんです」
 あなたが笑っていた、あなたは笑っていたと思っていた。あなたは強いと思っていた。もし時間が戻るなら、それは間違いだと僕は僕に知らせる。あなたが謝ってきたときに言ってやればよかった。あなたを信用させてみせるような男になると。そうすればこんな事態にはならなかったのかもしれないのに。
 ――僕は無力だ。
 ここでもしもなんて考えたってどうにもならない。
「虎徹さん」
 だから、目を開けてください。
 僕にもう一度チャンスをください。
 ちゃんと謝らせてください。
 信用してくれないなら、信用させればいい、そんな僕の行動を見てください。
「虎徹さん」
 どうして目を覚ましてくれないんですか。どうして僕に謝らせてくれないんですか。「なに泣きそうな顔してんだよバニーちゃん」て、いつもの調子のいい声で言ってくださいよ。
「虎徹さん」
 僕あなたに頭を撫でて欲しいんです。子供扱いされたっていいんです。実際子供だったんです。だからあなたの心の壁に気付けなかった。
「虎徹さん」
 僕が何度あなたの名前を呼んでいると思っているんです。知ってますよね、僕一度だってあなたの名前を呼んだことないんですよ。その僕があなたの名前をちゃんと呼んでいるんですよ。なのに返事をしないなんてどういう了見ですか。
「虎徹さん」
 はやく返事をしてください、目を覚ましてください。この空間に、あなたの名前を呼ぶたびに僕の耳は虚しい沈黙しか拾ってこない。このままじゃ、あなたの名前がトラウマになってしまいます。もう二度と呼べなくなってしまいます。
「虎徹さん」
 初めて呼んで、気づいたんです。
 あなたの名前がとても美しいということに。
「虎徹さん」
 だから何度だって呼ばせてください。そのたびに、返事してください振り向いて下さいこっちを見てください。
「虎徹さん」
 どうかお願いです。これからもあなたの美しい名前を呼び続けさせてください。

-了-
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