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2011/05/18
【R18】これでもう、あなたには俺しかいなくなりました。
虎女体化。 バニーちゃんが病ンデノレ。前半と後半の落差がえらいことになった。 本当はこういうアタマあったかるいバカポーなのが得意なんだえろむつかしいです。
「あなたの笑顔もいりません。あなたの優しい言葉もいりません。ただ、あなたが独りぼっちになって、俺にしかすがる相手がいなくなれば、それでいい。」

 あったかい。優しい手のひらが頭をなでている。
 まどろみの中で寄り添うぬくもりが、大きくつつみこんでくれているような感覚。
 ひどく懐かしい。
 失って、もう二度と感じることができなくなったはずの充足が、体中を満たしていた。
 しかし、それは、夢だと、わかって、いる。
 眠る前に、そして目覚めてから。なんど泣いたか数えきれない。そうやって逃れられない現実にうちひしがれて、学んでしまった。夢でしかありえないと。
 でも、夢でもいい。
 もう、夢でもいい。
 夢でしか逢えないなら、夢でも逢いたい。
 虎徹は幸せそうに微笑んで、いつものように相手の名を呼ぶ。
「――」
 あなたを愛している。

「あれっ」
 ぱっかりと目のさめた虎徹の眼前に、表情をこわばらせた相棒がいた。
「あれっ」
 虎徹はもう一度間抜けな声をあげた。
 あれ? どうしてバニーちゃんがいるの。
 あれ? なんですんごい抱きかかえられて頭なでられちゃってるの。
 あれ? なんでお互い服着てないの。
 次々と疑問が浮かぶが、多すぎてどれから質問したらいいかわからず、口をぽかんと開けている虎徹にバーナビーは言った。
「おはようございます、先輩」
「オハヨウゴザイマス? 後輩?」
 小首をかしげて虎徹も応える。
 挨拶をしたバーナビーは、いつもの仏頂面に戻っていた。が、この状況はどこをどう見てもいつもの状況ではない。
「えーと…と、と――」
 どうしよう。どうしたの。どうするの。わからない。
「あー……」
 虎徹は昨晩の記憶を、脳みその皺の隙間から引っ張り出そうと眉根を寄せた。確か、みんなで飲んでたはずだ。
「あ。」
 思い出した。
「あああああああああああああああああああああああああ!」
「うるさいですよ、おばさん」
 耳元で叫ばないでください。
 一部始終をすっかり理解した虎徹の叫びに、バーナビーが顔をしかめた。
「バニーちゃ、ちょ、え、だって、やだ、うわ。うわあ」
 虎徹は両手でゆでだこになった顔を覆った。本当はバーナビーから離れたかったのだが、しっかり腕を背にまわされているので無理だ。
「うわあ、うわあ、うわあ!」
 バーナビーの腕の中で虎徹はもんどりうつ。
 っていうかなんでバニーちゃんまで脱いでるの。
 確かバーナビーは服を着ていたはずだ。だが現在触れている胸と足は肌同士。
 ぱんつ履いてなかったらどうしよう。
「いい加減落ち着いて下さい」
「バニーちゃんぱんつ履いてる?」
 指の隙間からうかがうように視線を覗かせて聞くと、青年はそっけなく答えた。
「履いてます」
「よかった」
「嘘です」
「いやああああああ」
 虎徹は悲鳴を上げながらバーナビーの顎に張り手を食らわせた。ガゴッという不吉な音が景気よく室内に響いた。
「よくもやってくれましたね、おばさん」
「それはこっちの台詞!」
 ぐいぐいと顎を持ち上げて、虎徹は半分涙目で言った。
「だとしても普通、そういうのは起き抜けにするものでしょう。どれだけ鈍いんですか。ていうか手、どけてください」
「だってだってだって」
 目が覚めたときには、ショックだか混乱だかでまったく頭がまわっていなかったのだ。
 べしべしと虎徹はバーナビーの顎を叩く。
「暴れるのはやめてください。犯しますよ」
 ぴたり。
 虎徹はゼンマイが切れたブリキのおもちゃのような、不器用な動作で動きを止めた。
「昨日もそれくらい素直だとよかったんですが」
「強姦されて、どうやって素直になれるっていうの」
 顎から離した手をバーナビーが掴み、わざと音を立てながら手の甲にキスをした。
「でも、これからは素直になりますよ」
「バニーちゃんのその根拠のない自信はどこから湧いてくるの」
 いちいち動作がキザ!
 虎徹は手を振り払おうとしたが、思いのほか強くにぎられていてできなかった。が、離されることを諦めると、あっさり解放される。
「根拠ならありますよ」
 バーナビーは起き上がると、枕元のケータイを取った。
 よかった、ぱんつ履いてる。
 腰までめくれた布団に視線をやって、虎徹はさっきから気になっていたことを確かめた。
「なに人の股間凝視してるんですか。やらしいですね」
「バニーちゃんにだけは言われたくないし」
 自分は未だにまっぱのままである。かといって虎徹はベッドからでて着替える気にはなれなかった。床に落ちているであろう昨日着ていた服は乾いていないだろうし、布団から出たらバーナビーに肌を見せることになってしまう。
「で、根拠ってなに」
「そんなに見たいですか」
 虎徹からは見えない角度でケータイの画面を凝視しているバーナビーに、虎徹は苛立ちを隠さない声で言った。
「あーもう! めんどくさい男なんだから。はいはい、見たい。見たいですー」
「どうぞ」
 人にものを頼む態度じゃないとか言って、やりなおしを要求してくるかと思いきや、バーナビーはやけにあっけなく画面を見せた。怪訝に思いながらも、女は画面を覗き込む。
「なに、これ…ッ」
 虎徹は思わず口元を覆った。
 そこには、男性器を挿入された虎徹が映されていた。
「もしも他言するようなことがあれば、この写真を娘さんに見せます」
「や、やめて!」
「僕に逆らっても同様です」
「そんな、ひどい……っ」
「ね? 素直になるでしょう」
 喉が潰れて声が歪む。鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなった。泣くものか。唇を噛みしめて虎徹は耐える。
「パソコンにバックアップを送ってありますから、これを消したり本体を壊したりしても無駄ですよ」
 ぷらぷらとケータイを振って、バーナビーは心から嬉しそうに笑って言った。
 一緒にいて、営業スマイルじゃない、ちゃんと笑った顔を見たのは初めてだった。初めてだったけど、こんな状況で見たくはなかった。
「さあ、ではまずは起きて朝食にしましょうか。今日は休みですし、ゆっくり親睦を深めましょう」
 出動要請がないといいですね。
 嬉々として携帯をしまい、寝台から降りたバーナビーを虎徹は呆然と見る。
 いったい、ぜんたい、どういうことなのか。まさかバーナビーの口から「親睦を深める」なんて言葉が出るとは思いもよらなかった。ってちょっとまて。虎徹はバーナビーの言葉をよく反芻した。
(こ、こいつ、今日一日居座るつもりだ……!)
「先輩、起きないんですか」
 なかなか寝台からでない家主を催促すると、虎徹は布団を目深にかぶり背を向けた。
「どうしてバニーちゃんの目の前で着替えなきゃいけないの」
「……写真」
「はいはいはいはい今すぐ起きます着替えますう!」
 ぼそりと空気を震わせた脅し文句に、虎徹はがばりと布団をめくって飛び起きた。が、
「うっ」
「どうしたんですか」
 すぐにうずくまった虎徹にバーナビーが駆け寄る。
「腰と股関節と二の腕と手首が痛い……」
 女は青年を恨みがましくにらんだ。
「すみません」
 バーナビーにしては愁傷にも素直に謝るなと思ったが、
「次からは専用の柔らかい手錠を準備して、体位もバック中心にしますね」
(うん、そんなこったろーと思った。ていうか次ってどういうことそういうこと!?)
 虎徹はぎしぎしと悲鳴をあげる身体に顔を歪めつつ起きる。突っ込んだら終わりだ。突っ込まれる。
 寝台から降りると、垂直になった膣からどろりとした嫌な感触を感じた。思わず声をあげそうになって、咄嗟に唇を噛む。気取られてはいけない、絶対に極上の笑みを浮かべてねちねちねちねち言葉攻めされるに決まっている。
 とりあえず風呂に入って着替えようと、虎徹は床に視線を落とした。昨日の服は洗濯機に放り込まなければ。すると、きれいにたたまれたバーナビーと、そして自分の服が目に入った。彼の分はいいとして、自分のは絶妙に切ない気持ちになる。
(こいつ絶対ブラのカップとかチェックしてそう)
「着替えないんですか? まあ別に僕はあなたがそのままでも一向に気にしませんけど」
 服を見下ろしたまま動かない虎徹に、バーナビーが話しかけた。虎徹は振り向かずに答える。
「着替えるってば。バニーちゃんこそ早く服着て。あたしお風呂入ってくるから」
「ああ、むしろそれがいいですね。今日一日裸エプロンでいてください」
「人の話聞いて。」
「写真。」
「うぐっ」
 それを言われては逆らえない。だができるならば回避したくて窺うように振り返りつつ虎徹は言った。
「漫画やテレビに出てくるような、べったべたなふりふりひらひらのエプロンなんて持ってないんだけど」
「むしろ持ってたほうが引きますよ。別に、普通のエプロンでかまいません」
「バニーちゃんの変態……」
 ぱんついっちょで眼鏡を押し上げ裸エプロンを要求する青年。どうしよう。
「勘違いしないでください。単にあなたを困らせて楽しんでいるだけですから。ノリノリで裸エプロンなんてされるようならこんなこと言いません」
「お、おばさんノリノリで裸エプロンしちゃうもんね!」
「どうぞ?」
 こばかにしたように鼻で笑われた。
(こいつ……ッ)
「もうわった裸エプロンだろうがなんだろうがやってやろうじゃないお風呂先入るからちゃんと服着て正座で待ってなさいよ!!!」
 虎徹は憤慨しながらどすどすと足音を立てて風呂場へ向かった。


 ここにも、そこにも、あそこにも。
(あのエロガキ! いくつつければ気が済むのっ)
 虎徹は風呂場の鏡で体中に散ったキスマークを確認して大きなため息をついた。幸い、普段はワイシャツをきっちり着ているので人に見られる心配はない。が、それにしたって執拗すぎだ。これじゃあしばらくトレーニング着は着れない。
 といっても、まだまだそれは序の口だ。最大の危険値は中出しされてしまったことである。
「う…く、っふ」
 シャワーを当てながら、指で膣内の精子を掻き出す。一晩立ってしまって気休め程度にしかならない処理に、虎徹は泣きたくなった。
 どうして。
 昨夜からずっとそればかり、答えてくれないと分かってもバーナビーに問いかけている。
 唯一できる反抗は、こうやって『ふつう』を装うことだった。世間一般的に、強姦された相手にとる態度ではない。
 泣いて、罵って、バーナビーを非難し訴えることは、できただろう。けれど。
(そうしてもらいたかったんでしょ)
 ならなおのこと、絶対に。
「あんたの思い通りになんかならない」
 鏡に映る自身をきつく睨みつけて、虎徹は宣言した。
 ――戦争の始まりだ。
 なんでも独りで背負い込めると思うなよ、クソガキ。


 浴室から出ると、バーナビーは言われた通り服を着て正座で待っていた。
 ソファの上で。
「正座っていうのは床の上でやるもんだから」
 腰に手を当てて呆れた態度を隠さずに言ったが、バーナビーはなにも言わず口に手を当てて笑いをこらえる動作をした。そうだ、こちらも言われた通りエプロンいっちょだったのだ。
「そっちがやれっていっといて、笑わないでよ」
「……いえ、よく似合ってま、すよ……くっ」
「肩震わせながら言われても説得力ない!」
 虎徹は持っているエプロンの中から、ふちにこぶりなフリルのあるものを着用していた。パステル調の薄桃色で肌触りのいいコットン生地、両サイドのポケットには右側にだけ花束の刺繍が入っている。新婚時代にうかれはじけて買った黒歴史であるが、裸エプロンにいつも使っているものを使用する気にはとうていなれなかったので、普段は着ないものをチョイスしたのだ。
「本当ですって。痛々しくてお似合いです」
 ビンタの一発でも食らわせてやりたいところだが、弱味を握られていなければの話だ。
「……とにかく、朝ごはんつくってあげるから、そっちもお風呂入ってきなさい」
「いえ、僕は別に」
「入ってこい」
「わかりました」
 苦笑して立ち上がったバーナビーに、虎徹はこぶしをぷるぷると震わせた。
 いちいち余裕を見せつけられて、必死になっているこちらを笑われて。普段からそうだが、今日はやけにその傾向が強い。
「タオルとかはもう用意してあるから」
「ありがとうございます」
 かたちばかりの礼をして、バーナビーは浴室へ向かった。
「十時か。もう朝ごはんっていうよりお昼ご飯つくるつもりでつくろ」
 虎徹は台所に立つと、まず冷蔵庫を開けた。残り物や買い置きは十分だったので買い出しの必要はなさそうだ。夕食があやしいが、だからといってバーナビーが素直に虎徹を外へ出すとは思えない。まあその時はそのときだと割り切り、レタスとパプリカ、きゅうり、人参、紫玉ねぎ、トマト、そして冷凍しておいた魚の切り身を取り出した。
 バーナビーにどんな好き嫌いがあるかは知らないので、ここはひとつ探ってやろうとなるべく多くの食材を使用し、かつなにが使われているかわかりやすい調理方法を虎徹は考える。
(バニーちゃんのことだし、好き嫌いあっても絶対言わないかものすごい要求してくるかの二択だよね。もし黙ってるほうだったら、これから料理つくらされるときは嫌いな物ばっかりにしてやろう)
 食事中は相手を観察してどんな微細な変化も見逃すものかと決意する。
 そんなことを考えながらまずはサラダが完成する。冷蔵庫に器ごともどし、レンジで解凍させたアジを取り出すとワサビと生姜をたっぷりつかって漬けにする。
(ん〜、あと刺激が強くて好き嫌いわかれる調味料とか食材って……あった!)
 納豆の存在を思い出し、虎徹はほくそ笑んだ。
「なに独りでにやにやしてるんですか」
 気持ち悪いですね。
 冷蔵庫から卵を取り出そうと振り返ったとき、バーナビーがちょうど脱衣所から出てきた。
「べっつにー」
 青年の髪型が復活している。朝起きたとき巻きがくたびれていたので、彼が毎朝きちんとセットしていることがうかがえた。
「もし卵焼きをつくるようでしたらチーズと砂糖で味付けしてください」
「チーズない」
「じゃあ砂糖だけで」
「料理和風だから合わないよ?」
「かまいません」
「ならいいけど。もうちょっとでできるから待ってて」
 卵を取り出し、隣で味噌汁ように湯を沸かしながら卵焼きをつくりはじめる。が、一つ気になったことがあった。
「待っててって、言ったけどなにもそこで待ってなくても」
 背後のソファの背に座り、バーナビーはこちらを見つめている。
「料理ができたら運ぶくらいはしますよ」
「いや、うん、手伝ってほしいときは呼ぶから」
「一人は暇なので。先輩見てると飽きません」
「どういう意味ソレ」
 こちらは背面はほぼまっぱなのだ。それを見つめられているのは、恥ずかしい。が、なにを言ってもバーナビーはソファの背から降りようとしない。これはもうちゃっちゃと作ってしまうに限る。
「はぁ」
 バーナビーに聞こえるように溜息をついて、虎徹は卵焼きと味噌汁を完成させた。
「冷蔵庫にサラダと魚の漬け、えーと、マリネみたいなの?が入ってるから、それ出して持って行って。あと飲み物牛乳とお茶があるけど、どっちがいい?」
「牛乳でお願いします」
「ほいほい」
 虎徹は味噌汁をよそい、レンジから温めたご飯を茶碗にうつすしコップを取り出す。戻ってきたバーナビーにそれも持っていくように指示をだし、卵焼きを器によそった。最後に、牛乳と納豆を冷蔵庫からだす。
「はい、朝ごはん兼お昼ご飯、かんせ〜い。いただきます」
「いただきます」
 バーナビーも丁寧に合掌した。青年の白く細い指が、漆塗りの箸に絡み、卵焼きに伸びた。
「ふうん、お箸使えるんだ」
「当然です」
 感心してみれば、案の定かわいげのない答え。
 虎徹はそれ以上なにも言わず、納豆に手を付けた。醤油とからしをつっこみ、ねちねちと混ぜ合わせる。その様子を、バーナビーがじっと見ていた。
「食べたことない? 納豆っていうの」
 ご飯にかけるとおいしいんだよ、と虎徹は茶碗によく混ざった納豆をかけた。
「なっとう?」
 バーナビーも虎徹の真似をして、醤油とからしを入れて混ぜ始めた。
「すごいニオイですね……」
「あんたたちが食べてるチーズだって、すごいのあるじゃない」
 同じ醗酵物なんだから仕方がないじゃんと、虎徹は鼻を鳴らした。
(それにしても最初からからしをあんなにいれて。絶対泣くわこりゃ)
「……うっ」
 想像通り、バーナビーは納豆とご飯を食べるなり口を押さえた。
「どお? おいしい? おいしいよね、あたし納豆大好きで毎朝食べないと一日が始まった気しないんだよねー」
「ま、まいあさ、」
「そう、毎朝」
 虎徹はにやにやと、わざと人の悪い笑みを浮かべて言った。さといバーナビーのことだ、食べられないとはこれで言えまい。
「おい、しい、です」
 言葉とは真逆の表情でバーナビーは言った。
(ふ……勝った)
 やっと一矢報いることができて、虎徹は心の中でガッツポーズを決めた。
「まあでも初めて食べるくせにからし入れすぎだったから。次はもうちょっと少なめにすれば?」
「そうします」
 青年は仏頂面で納豆とご飯を胃に流し込んだ。
 その他の料理については、バーナビーは特になにごともなくたいらげた。生姜とワサビたっぷりの漬けも平気なようだ。
(次、山椒とか茗荷でも食べさせようかな。蓼とかラッキョウもいいかも。あ、パクチー……はあたしも苦手だしなー)
 悪だくみを巡らせつつ、虎徹も完食し箸を置いた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした。不本意ですがおいしかったです」
「不本意は余計」
「あともう少し味が濃くて派手なほうが好みです」
「ジャンクフードに慣れた舌じゃ、和食の繊細な味はわからないんだからね」
「ではもっとその『繊細な味』とやらをご教志願いたいですね」
「バニーちゃんどんだけうち入り浸る気なの」
「さあ?」
 眼鏡を直されて、肝心なときの表情が見えなかった。見えたとしても変わらなかったかもしれないが。
 女は小さく肩をすくめて、片づけのために立ち上がった。青年も、食器をさげるくらいは自分でやるとばかりに皿を重ねて立ち上がる。
 片づけをしている間も、バーナビーは背後で静かに虎徹を見つめていた。



「さて。」
 テーブルをはさんでソファに座ったバーナビーが言った。
「どうしましょう」
「それはこっちの台詞だし」
 虎徹は正座で床に座っているので、自然バーナビーを見上げる姿勢になる。足を組み、その上に組んだ指を置く青年の姿は家主より尊大だった。
「いえ、僕としても予定はあるんですが、ちょっとまだそれには早いというか。スポンサーにお急ぎ便で荷物頼んでおいたのが、届いてからじゃないと」
「はあ」
「僕名義だと、すごく早いんですが、やはりあなたの名義じゃそれほどでもありませんね」
「ちょ、勝手に人の名前使わないでよ!」
「僕じゃあなたの家にいることがばれちゃうじゃないですか」
 そもそも宅配便がきても受け取りにでれないですし。
「あのねえ」
 代引きにしておきましたから、届いたらこれで払っておいてくださいと、バーナビーがクリップでとめた札束をテーブルに置いた。しれっと言ったわりには、どうもバーナビーらしくないというか、遠まわしな表現と方法だ。
「バニーちゃん、荷物、なに頼んだの」
 青年は虎徹の視線から、すっと瞳だけずらした。
 二人の間に、微妙な沈黙が横たわる。
(まさか。というか。まさに)
「……いかがわしいもの頼んだんだ」
「バレちゃあ仕方ないですね、ええ、そうですね」
 両手を広げて真顔かつワントーン高い声で青年は言った。
「開き直った! 開き直ったよ!?」
「すいませーん、鏑木さんにお届け物です」
 ちょうどそのときだった、玄関のチャイムが鳴り宅配便が来たことを告げる。
「は、はーい、ちょっと待ってください今出ます」
 虎徹は急いでクロゼットを開け、エプロンの上から適当な服を引っ張り出し身に着けた。
「代引きで二百十二シュテルンドルになります」
「あ、はい」
「ちょうどお預かりしますね、ありがとうございましたー」
 やたらでかい段ボールを受け取ると、業者が去る。
「はい。バニーちゃんご所望のいかがわしい荷物、届いたよ」
 宅配員から見えないようにソファの裏に隠れていたバーナビーへ、段ボールを差し出す。
「ありあとうございます」
「笑顔怖いから」
 鼻歌を歌いださんばかりの勢いで開封する青年に、女は逃げ腰になる。ハンドレッドパワーで窓の外の遠くのお空に投げられたらどんなにいいだろう。だがそんなことをすればあの写真を娘に見られてしまう。
「ではあなたが開けますか?」
「お断り」
「それは残念」
 なにが“残念”だ。ちらりと視線を上げて笑って言った言葉に、虎徹は憤慨して腕を組んだ。だが次々と箱から取り出されるいかがわしい商品の数々に、虎徹はしかめっ面を崩していく。
「思ったんだけどね」
「なんですか」
 納品書と現物を比べるバーナビーはこちらを見ない。
「昨日は、まあ、うん、置いといて。今日はあたしがバニーちゃんに襲われる理由、なくない?」
「なにを言い出すかと思えば、そんなこと。言ったでしょう、あなたが二度と僕以外の男に色目を使わないよう、じっくり躯に教え込む、と」
「い、色目なんて使ってない! そもそも昨日ので十分懲りたし! 教え込まされましたから!」
 そもそも昨日とちょっと台詞違うような気がする。色目を使うなんて古式ゆかしい言葉、聞かされただろうか。
「よくもぬけぬけとそんなことが言えますね」
「きゃ……っ」
 突然左手首をつかまれて、虎徹は悲鳴をあげた。痛い。折れそうなほど力をこめられて、バーナビーが怒っていることにようやく気付いた。彼の地雷が自分の想像の及ぶ範疇外すぎる。
「スカートのくせに立ち振る舞いを気にしない、すぐ人にべたべたくっつく、極めつけに『脱がせろ』。アントニオ先輩と違って僕は若いですから、」
「ちょ、ちょっと待った! 仕草がガサツなのも、コミュニケーション過多かもしれないのも、それは認める。でも、アントニオには確かに潰れちゃったときとか毎回迷惑かけてるけど、脱がせろなんて言ったことないっ」
 恐ろしい誤解をしていると、女は青年の言葉をさえぎって訴えた。
「じゃあ、昨晩はなんだったんです。どうして僕にそんなことを言ったんですか」
「ちょっとからかっただけだったの。本当にごめん」
「へえ、からかった“だけ”ですか」
「っあ、痛、いっ……! ごめん、あやまるから離して! 折れちゃう……ッ」
 さらにバーナビーの握る力が強くなって、骨がきしむ激痛に虎徹は喘ぐ。
「そうですよ、その気になれば僕はあなたの手首くらい能力を使わなくったって折れる。華奢な手首ですねぇ。僕が握って、ほら、親指が中指の第二関節まで届きますよ」
「っ、」
 握る力はそのまま、バーナビーは虎徹の薬指を舐めた。
「確かに、一般的な男性はあなたに勝てないでしょう。訓練された相手でも、能力を使えば肉弾戦においてほぼ無敵といってもいい。ですが、僕はあなたと同程度に鍛えてますし能力も一緒だ。戦闘経験は浅いのであなたが勝つかもしれませんが、純粋な力比べなら僕は負けません。なぜだかわかりますか?」
 嗚呼、そうか。そういうことだったんだ。
 虎徹は、ようやくバーナビーの言わんとしていることを理解した。疑問の答えを見つけた。けれど、それは一番に除外した答え、だった。
「あたしが、女だから」
 そしてバーナビーが男だから。
「ご名答。根本的な性差は、乗り越えられない。そう、あなたは女で、俺は男なんですよ。“虎徹さん”」
「――っ」
 薬指を根元まで含まれて、噛まれた。指輪に歯があたってガチリと鳴る。
 かわりに手首の拘束は緩まったが、動くことができない。
 熱く、厚い舌が指に絡まる。舌先が腹を嬲って、痛覚はむずがゆい感覚にとってかわられる。
「う…ふ、ぁ」
 バーナビーの片方の手が腰から脇腹を撫で上げた。スカートをずり下ろされる。青年の指がエプロンの間に滑り込み、直接肌に触れた。
「ひ…あ…」
 指をしゃぶられて、なんども腰のラインをなであげられて、足から力が抜けていく。
「バニーちゃ、もう」
 立っていられない。そう訴えると、青年は女を抱えソファに横たえさせた。
「男とすら認識していなかった相手に、いいようにされる気分はどうですか」
「どう答えても、バニーちゃんは満足も納得もしないでしょ」
「なんともあなたらしい、卑怯な答え方だ」
 青年の歪ませた目元は、怒っているのか泣くのを我慢しているのか笑いを堪えているのか、全部かもしれない。
(ばかなこ。なんであたしなんか好きになっちゃったの)
 一番に除外した、答え。
 バーナビー・ブルックス Jr.は、鏑木・T・虎徹に恋慕の情を抱いている。
 そう考えると、彼の行動すべてに筋が通ってしまう。
 目のやり場に困るような所作で隣にいて、叩いたり抱きついたり、からかったり。
 己の今までの行動の罪深さに、虎徹は胸を痛めた。
(青少年の純情、踏みにじりまくりだね。最低)
 だから、これは罰なのかもしれない。
 相棒だって、散々言ってきたのに、全然わかってなかった。
 こんな行動を起こさせるほど、追い詰めてしまった。
 虎徹は再び脱がされ己の手首が拘束されていくさまを、黙って受け入れた。
 あっけない敗戦。もっとも、勝手に戦争だと思ったのはこちらだが。
 負けた側が不平等条約を結ばされるのは世の常だ。
「抵抗しないんですか」
「したら、楓に写真見せられちゃうでしょうが」
 方便だ。彼には自分を酷く扱う権利がある。こう言ったほうがいい。
「……ああ、そういえばそうでしたね。そうでした」
 案の定、バーナビーはどこか安心したような表情をした。
 ――そうだ。だから、遠慮なんていらない。
 青年の瞳に昏い炎がともる。
「ただ寝転がっているだけで済むなんて思わないことです。せいぜい僕の機嫌を損ねないよう、頑張ってください」
「――か、っは」
 言うなり、バーナビーは虎徹の足を開き、ローションで濡らしたシリコン製のバイブレータを突き立てた。
 まさか最初からこんな扱いをされるとは思ってもみなかった虎徹は、衝撃で呼吸が突っかかる。
「わざわざローションを使う必要もなかったですね。指をしゃぶられて腰を撫でられただけで、こんなに濡らしてるなんて」
「ひぃ…っ」
「どれだけ淫乱なんですか、あなたは」
 冷えた塊が動き出して、虎徹の腰が跳ねる。バイブレータの電源を入れられたのだと、一瞬遅れて理解した。
「そのまま起きて、床に座ってください」
 バーナビーは虎徹を無理矢理起こした。
「やっ、おく…ッ」
 上体を起こしたことで、バイブがさらに深く埋まる。とてもではないが、自力で移動して床になんか座れない。
「まったく、世話の焼けるひとだ」
「だ、って…んぁあッ」
 軽々と抱えられて床に座らせられるが、上半身をまっすぐに保てずソファに額をあずけた。それをまたぐようにしてバーナビーがソファに腰かける。
「口でしてください」
 青年は命令とともに女の顎を掴んだ。虎徹はファーの手錠で繋がれた腕を震えながら持ち上げる。バーナビーはベルトから虎徹に外させるつもりだ。うまくいうことを聞かない手首から先は、通常の何倍もの時間をかけて青年のズボンをくつろげる。
「んぅ、」
 ようやっと、下着から取り出したペニスを虎徹は口に含んだ。
「は…ふぁ、んん…」
 口淫が苦手なわけではないが、バイブを挿れられたままというのは初めての経験だった。緩急をつけて犯してくる振動に気を取られて、集中できない。
「フェラチオも満足できないんですか、あなたは」
「んむぁ…だって、」
「誰がしゃべっていいと言いました」
「ぉぶッ」
 後頭部を押されて、喉の奥まで凶器が入り込んだ。
「んぐッア」
 咽頭で締められたせいか、バーナビーのものが大きくなる。それで喉が閉まりえずいた拍子にまた肥大して、虎徹は苦しさのあまり凌辱する器官を吐き出してしまった。
「が…ァ、っは、ァ…っは」
 ぼろぼろと涙がこぼれて、せき込んだ。
「か、ッは…っあ、ああ…んうッく、」
 せき込むたびに、腹筋が締まって奥まで銜え込んだバイブに犯される。
「まったく、本当にあなたってひとは」
 バーナビーは大いに嘆息すると、手に持ったバイブのスイッチを一気に最大にまで押し上げた。
「ひぎぃァんッ」
 一瞬で目の前が真っ白になる。
 背をそらせて、いやらしいイキ顔をバーナビーに晒しながら虎徹はオーガズムを迎えた。
 そのまま倒れる躯をバーナビーが支える。脇の下に腕をいれて膝立ちまで持ち上げると、バイブを抜かれた。
「んぁッ」
「さあ、これで集中できるでしょう?」
 虎徹は余韻がくすぶる躯で、再びバーナビーのものを咥えさせられる。
「ぉッぶ…むぁ…」
 容赦のない仕打ちに、虎徹はあふれる涙を止めることができない。物理的に苦しいから泣いているのか、心理的にきついから泣いているのか、いや、両方か。
 先端を舐める舌先に苦みを感じて、さらにつらくなる。どんどん溢れる先走りが、飲み込めない唾液と混ざってじゅぽじゅぽとはしたなく鳴った。
「はむ、ぅんう…」
 唇の端を汁が伝い喉をなぞる感覚にすら、感じてしまった。咥内はいまやはちきれんばかりの雄でいっぱいいっぱいだ。だが、同時にそれは解放のときが近いということでもある。早く楽になりたくて、女は舌を絡め、吸い上げ、懸命に奉仕した。
「そろそろ……」
「ん、ぷぁ、ふぁ…んぅ」
 苦しそうなバーナビーの息遣いが聞こえて、いっそう虎徹は加える刺激を強める。
「くっ」
「ふゃッ」
 バーナビーは射精する寸前、虎徹の頭をつかみ口淫をやめさせた。びゅくびゅくと散った白い欲望が、虎徹の顔を穢す。
「うぅ…ひどぃ…」
 どろどろと熱い粘液が皮膚を伝い流れていく感覚と、青生臭さに虎徹は顔をしかめた。
 粘液は顎の先端までたどり着くとそのまま首筋をすべらず、重さではたはたと見事に張り出した乳房に落下する。
「よくお似合いですよ」
「こんな姿、褒められたって嬉しかな、ぃ――」
 虎徹は途中で口を噤んだ。眼前の光景がそうさせたのだ。つい今しがた逐情したばかりのペニスが、再び勃ち上がり始めていた。
 閉じた虎徹の唇に、バーナビーが満足そうな笑みを浮かべて指先を当てた。
「淫らで」
 ぬるり、と指先は顎から喉元へ。
「いやらしくて」
 喉元から胸の谷間へ。
「本当に、お似合いです」
 バーナビーは印をつけるように、精子を胸の間になすりつけた。嗜虐心に満ちた瞳が、虎徹を見下ろす。
(喰われる――)
 言い知れない、うすら寒い感覚が女の背筋を震わせる。
 こうなるしかなかった、ならなかった、なれなかった。けれど、決定的に間違っていることには変わりない。虎徹は今更ながらに己の決断に疑問を抱いた。
「さあ次は自分でまたがってください」
 青ざめた女のわきに手を入れて、バーナビーは虎徹を膝の上に乗せる。
「ちょ、ちょっと待って」
「おや、抵抗しないのでは?」
「違う、そういうわけじゃない。ちゃんと言われた通りにはする。けど、せめてコンドームはつけさせて」
 いくらバーナビーに従うとしても、そこだけは譲れなかった。泣きはらした顔に断固とした意思を表しバーナビーを見る。だが、青年は小馬鹿にした表情で言った。
「なんだ、そんなもの。どうして用意する必要があるんですか」
「どうしてって!? だ、だって普通、」
 驚愕する虎徹に、バーナビーは醒めた視線を送る。
「普通? この状況からして、すでに普通じゃないでしょう。それとも、あなたにはこれが普通なんですか」
「そんなわけないでしょ!? 問題をすり替えないで」
「まったく、ごちゃごちゃとうるさいですね」
「きゃアッ」
 いきなりソファに押し倒されて、虎徹は悲鳴をあげた。そのままバーナビーは有無を言わさず足を持ち上げる。
「だ、だめッ。バーナビーやめ――ッ」
 制止などきくはずもなく、バーナビーは硬い楔を突き刺した。
「ひぃッん」
 つい先ほどまで挿れていたバイブレータのせいで、難なく最奥まで受け入れてしまった。無機物とは異なる熱い熱に、抵抗がぐずぐずと溶かされていく。
「いや、ぁ…なっにこれぇ…」
 おかしい、こんなに逃げたいのに躯がいうことを聞かない。バーナビーの牡を包む肉襞が意志に反し蠕動して快感を引き出しむさぼろうとする。
 虎徹はあられもなく喘いだ。
「んぁっあ…ひぅあ、ッん」
「興奮剤入りのローションですよ。よく効いているようですね」
「そん、なッア、はぁ、あっ」
 どうしてもバーナビーの動きに合わせて腰が揺れてしまう。頭のてっぺんからつま先に至るまで甘い痺れが支配して、ただただ悦楽を享受することしかできない。なにも考えられなくなる。
 そんな虎徹を現実に引き戻したのは、電話のベルだった。
 ディスプレイが故障しているせいで相手がわからないが、徹の携帯ではなく家にかけてくる人物は限られている。
「電話、でないんですか?」
「なっ…むり、に…きま、て」
 とんでもないことを言い出したバーナビーにぎょっとする。その表情を見て口角を上げた青年に、虎徹はしまったと後悔した。
「や、やめ…ッ」
 予想通り、バーナビーは隣のテーブルに手を伸ばし受話器を取ると虎徹の耳に当てた。
『――し、もしもし?』
 回線の向こうから聞こえてきた声に、虎徹は絶望した。
『もしもし、お母さん?』
「かえ、で」
 応えというより自身に理解させるために呟いた言葉だった。
『お母さん、どうしたの? なんか元気ないよ』
「ごめ…ちょっと…二日酔い、で…」
 きちんと答えられたのは、我ながら奇跡だと思った。バーナビーに無理矢理犯されている最中に、我が子と通話しているなんて、そんな、信じたくない。息が、胸が詰まって、重い。全身からどっと汗が吹き出る。行為による汗ではない、冷たい、冷や水を浴びせかけられたような皮膚の感覚。なのに下腹部だけいやに熱くて、逆にその落差が比較されいっそう感覚をはっきり突きつけられる。
『もおー、いくら今日が休みだからって飲みすぎだよ。あ、でもそうるすと無理かな。あのね、今日スケートの先生のお子さんが熱を出しちゃって、急にお休みになっちゃったんだって』
 楓はなんの疑問も抱かず話を続ける。だがほっとしたのもつかの間だった。
「――ッ」
 動きを止めていたバーナビーが、平静を装おうとする虎徹の努力をあざ笑うように腰を動かした。なんとか声は抑えることができたが、これでは会話は無理だ。
『だから今日学校終わったら一緒にお夕飯くらい食べられるかなって電話したんだけど』
「っう、ん…」
『その様子じゃあね』
 はあ、と大きくため息をついた音が聞こえて、虎徹はいたたまれなくなった。
(ごめん、ごめんね楓。母親失格だね)
 唇を噛みしめて、虎徹は嗚咽と嬌声をこらえた。
『じゃあ、またねお母さん。しっかり養生するように! ばいばい』
 楓はあっさり電話を切った。いつもは寂しいはずの不通音がこんなに喜ばしく聞こえるなんて。虎徹は安堵と己が不甲斐なさに泣き出した。
「うまくやりすごせたようで、よかったですね」
「酷い…こんな…」
 わざとらしさを隠そうともしない物言いに、虎徹は脅しも忘れて憎しみのこもった目でにらんだ。しかし、バーナビーはそれをとても好ましいとでもいうように笑顔で受け止める。
 どういうことなのか。怪訝に思った虎徹に、バーナビーは最高のタイミングで最悪の言葉を伝えた。

「これで、あなたは身も心もけがれました」

 嬉しそうに、本当にうれしそうに、バーナビーが笑う。
 瞳を細め、口角を歪め、こんなに純粋で美しく醜悪な笑み、みたことがない。
(嗚呼、)
 虎徹は縛られた両手で顔を覆った。
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
「これでもう、あなたには俺しかいなくなりました」
 左の薬指にはまる誓いを、バーナビーは抜き取った。
 寝ているときも、入浴しているときも、どんなときも、ずっとつけたまま一度も外したことはなかった。もう体の一部だと思っていた。なのに、こんなに拍子抜けするほど、簡単に、あっけなく――外れてしまった。
「虎徹さん」
 バーナビーは手をどかし、虚ろに喘ぐ唇をふさぐ。新しい契約を結ぶかのようなバーナビーの口付けに、虎徹は瞳を閉ざした。心の風景と視界が合わさる。真っ黒で、なんにもなくなってしまった。守りたかったものも、守りたいものも、全部消え失せた。バーナビーですら、そこにはいない。いや、バーナビーがその黒い空間自体となった。彼を守ることができずに、虎徹ごと彼の孤独に飲み込まれた。相棒ひとりも満足に助けられないなんて、ヒーロー失格だ。
「虎徹さん、虎徹さん、」
 躯中にキスをしながら、バーナビーは虎徹の名を呼ぶ。その声はとても穏やかで優しく、いつくしみのこもったものだ。
「虎徹さん、虎徹さん、虎徹さん、」
 けれども絶対にバーナビーは言わない。好きだなんて、愛してるなんて絶対に言わない。
「虎徹さん、虎徹さん、虎徹さん、虎徹さん、」
 爪先までキスをして、青年は大切な玩具を箱にしまうように女を抱きあげた。
「あなたの笑顔もいりません。あなたの優しい言葉もいりません。ただ、あなたが独りぼっちになって、俺にしかすがる相手がいなくなれば、それでいい」
 ロフトをあがったバーーナビーは、ベッドに虎徹を横たえる。
 愛を打ち明けるよりも熱烈な告白をして、きつくきつく女を抱きしめた。
 バーナビーは目的のほとんどを達成したといってもいいだろう。虎徹にはもうなにもない。ヒーローを続けていく誓いすら。
 あんなに簡単に指輪が外れてしまったことが、あんなに簡単に指輪を外させてしまったことが、あんなに簡単に指輪を外されるようになってしまったことが、ショックで仕方がなかった。
 くすんで焦点を逸した山吹色の瞳をバーナビーは覗き込む。べろりと舐めると、女はかすかにうめいた。バーナビーは瞳といわず己の生乾きの精子ごと虎徹の顔すべてを舐める。その間にも青年は女の股間に手をやって、ぬるまりにそぼる陰唇をいじった。
「…あ、ぁ…ああ、」
 心とは切り離された躯が、また強制的に高められていく。バーナビーの昂ぶりが欲しくてしょうがなくなる。
 火照る頬を青年の白い指がなでた。
「大丈夫ですよ、今日はまだ長い」
 濁った虎徹の眼に、微笑みかけるバーナビーが映った。
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