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2011/05/06
【R18】Tooth brushing
SCC20で突発発行した歯磨き本。
[ 初出:2011/05/03 コピ 16P 無配 ]
 それは、楓の作ってくれたホットケーキをほお張り、文字通り幸せを噛みしめたときだった。
「うぐっ」
 虎徹の歯に激痛が走った。
「お父さん、どうしたの。もしかしておいしくなかった?」
 不安げに父親の顔を見る楓に、虎徹はぶんぶんと大きく手と首を振る。
「うううううん、まさか! 楓の作ってくれたホットケーキ、すっごくうまいって。パパほっぺたが落っこちちゃいそうだ」
「ほんと!? よかったぁ」
 ほっと笑顔を咲かせた娘に、こちらまで嬉しくなってくる。
 しかし、楓はすぐにまた不安げな表情に戻った。ならば、どうして顔をしかめ悲鳴をあげたのか。
「あ〜、実はパパ。ちょっと歯が痛いみたいでな」
 メープルシロップがしみてしまったのだと、親である手前バツが悪そうに虎徹は頭をかいた。
「え〜、もうお父さんったら。私には『ちゃんと歯磨きしろ!』って言ってるくせにー」
「いやいやいや、ちゃんとしてるよ毎日!」
 ぷくりとほおを膨らませた楓に慌てて弁解するが、言い訳にしか聞こえない。
「とにかく、はやく歯医者さんへ行って治してね」
「わかった、はやく治すよ。それで楓の作ってくれたの、た〜くさん食べるからな。あ、もちろん今日のホットケーキも食べるぞ」
 痛くないほうで噛むからという父親に、楓はあんまり無理しないでね、と再び笑顔になった。



「はぁ〜」
「なんですかこれみよがしに」
 アポロンメディアの更衣室でついた、深い深いため息をちょうど入室してきたやっかいな相棒、バーナビーに聞かれてしまった。
「べ、別におまえに聞こえるようにわざとため息ついたわけじゃねえぞ。たまたま入ってきたタイミングと合っただけだっつの」
 しかし青年にまた見苦しい言い逃れをという目で見られ、男はさらに言った。
「だから、ほんとだってば。歯が痛いんだよ歯が! そんでため息ついたの」
 すると、今度はバーナビーが大きく嘆息した。
「これみよがしはどっちだよ」
「まったく、ヒーローが虫歯なんて情けないと思わないんですか」
 虎徹の発言は無視して、バーナビーが苦言をていする。いちいち神経を逆なでする物言いに、男は声を荒げた。
「だから、俺はちゃんと歯ぁ磨いてるって! それでなっちまったもんはしょうがねえだろ」
「正しい方法で磨かなければ意味がありません。今日退社したらそちらの家へ行きますから」
 きちんとした歯磨きの方法を教えて差し上げます。
 バーナビーの意外な申し出に虎徹はぽかんと口を開けた。青年はむっとする。
「なんですか」
「いや、おまえがそんなこと言うなんて、思わなかったから」
「出動中に集中できなくなるようなら、ますます邪魔ですから」
 虎徹は一瞬でも感謝したことを後悔した。やっぱりバーナビーはバーナビーだ。
「ったく、もう少し愁傷なことは言えねーのかよ。そしたら夕食ぐらい作ってやるってのに」
「あ、ではお願いします」
「あのな!」
 あくまでもバーナビーが心配するような言葉をかけたらが前提であるのに、青年は悪びれもなく夕食をせびった。
「考えてみれば食事をしてからのほうが効率がいいですからね」
 歯の磨きかたを教えるんですから、とバーナビーはもうしっかり夕食を食べる気である。
「あーもーったく、しょうがねえな。授業代だと思って作ってやるよ」
「ありがとうございます」
 珍しく素直に礼を言い笑顔を見せた青年に、男は複雑な心境になった。
 バーナビーは普段虎徹を敬うとかいうことを聞くとか、新人としての気持ちはまったくない。とにかくしおらしいのは言葉使いだけで言葉の内容も態度も辛辣だ。だが、ごくごくたまにこういうことを平気で言う。
 さらにわけのわからないことには、バーナビーは時々虎徹の躯を求めて強引に押し倒すことがある。初めこそ抵抗したものの、襲っている側だというのにバーナビーがあまりにももろく、つき放したら壊れてしまうように思えて許してしまった。
 躯を重ねるようになっても、普段の彼の態度は以前と変わらないのでますます複雑怪奇だ。
 バーナビーは礼を言い終わると、荷物を持ってさっさと部屋を出て行ってしまった。
「今晩なに作ろう」
 彼に食事を作ってやることが初めてであることに気づき、虎徹は頭を抱えた。バーナビーのことだ、へたなものを食べさせたらねちねちねちねち文句を言うに決まっている。別に料理はへたではないが、うまいわけでもない。
 無難にいこう、無難に。美味しくしようと変に慣れない料理を作っても失敗するだけだ。
 虎徹は肉じゃがを作ることにした。


 バーナビーの箸がもくもくと料理を持ち主の口へ運んでいた。部屋に上がりこんだときの「おじゃまします」と、食事の前の「いただきます」しか、彼はしゃべっていない。
 バーナビーが到着したときには、すでに食事の用意ができていたので、別段おかしくはないがそれでも味について反応してくれないのは、それはそれで怖い。
(こいつ、ばくばく食べるくせに平気で食後に「不味かったです」とか言いそうだもんな。なんも言わないで食べてるからって油断できん)
 我ながらそれなりにうまく作れたつもりではあるが、自分から「うまかったか」なんて聞くのもしゃくなので、虎徹もなにも言わずただ目の前の料理を胃に収めていく。おかげで部屋は二人の食事をする音しか聞こえない。
「ごちそうさまでした」
 十数分して、箸をそっと置ききちんと手を合わせたバーナビーに、虎徹はなんともいえない表情をした。茶碗に米粒一つ残っていない。むしろおかわりをされて、肉じゃがもからっぽだ。うまかったと感じてもらえたと判断していいのだろうか。
「なんですか」
「あ、いや、その、そういえば箸、使えるんだなって」
「当然です。まあ普段使っているわけではないですから、あなたほどではないですけど」
 ごまかせたことにほっとしつつも、バーナビーの言い方は虎徹の箸の使い方が自分よりうまいと言っていることに気づき、どう反応していいか悩む。
「ところで、この肉とジャガイモの煮物はなんて名前なんですか」
「肉じゃがだけど」
「そのままですね。ともあれ、美味しかったです。初めて食べました」
「そ、そうかそれはよかった」
 あまりに普通に褒められて、虎徹は逆に嬉しさより怖さがたった。バーナビーに褒められたことなど、初めてではないだろうか。でも無表情で褒めるのはやめてほしい。
「では、ようやく本題に入るとしますか」
「その前に皿洗いたいんだけど」
「わかりました」
 あいかわらず読めない表情のまま淡々と事を運ぶ後輩に、虎徹は待ったをかけた。素直に言うことを聞くバーナビー、うん、やっぱり怖い。手伝うと言ってきたが、お客さんだからと断った。本音はちょっと一人になりたいだけだったが、まさかそんなこと言うわけにもいかない。
 どうも、部屋で二人きりになるのが嫌というか、腰が引けると言うか、気が進まない。
(や、まぁ、あんなことされりゃなぁ、っと)
 強引に抱かれたことを思い出して、皿が滑り落ちそうになってしまった。派手な音を立てたら、バーナビーが駆けつけてくるに決まっている。きちんと受け止められてよかったと心中で胸を撫で下ろした。
 とにかく、今この時間で冷静になれ。なんにも怖いことなんかない。歯を磨くだけじゃないか。
(なのに、なんでこんな不安なんだ)
 洗い物は無慈悲で、すべての食器を洗い終わっても虎徹の気持ちは不安定のままだった。

「それじゃあ、とりあえず、まずいつも先輩がどんなふうに歯を磨いてるか見せてください」
「つか考えたんだけど、そこまで歯磨きこだわるのっておかしくないか。歯医者で治療すればいいだけの話だし」
 この期に及んで気乗りのしない虎徹の態度に、やっとバーナビーの表情が動いた。いつもの、怒っている顔だ。
「それは、風邪は治るから予防しなくていいと言っていることと一緒ですよ」
「うぅ」
 彼の言うことはもっともだ。反論できない。が、それでも虎徹は食い下がることにした。
「見せるのは、無理」
「は?」
 なに言ってんだこのおじさん。バーナビーの顔にそうくっきり浮かんでいる。彼の苛立ちが手に取るようにわかるが、だからといってここで引くわけにはいかない。
「だって俺、風呂で歯を磨くタイプなんだよ。だから、無理、見せるのとかできないし」
「なるほど」
 あっさり納得してくれたことに驚きつつも、虎徹はほっとした。のもつかの間、
「なんて、僕が言うとでも思ったんですか。まったく、そんなふうにながら歯磨きなんかしてるから虫歯になるんです。どうせだらだら長く歯ブラシをくわえてるだけで磨いた気持ちになっているんでしょう。洗面所はどこですか、連れて行ってください」
 有無を言わさない迫力に、虎徹はたたらを踏んだ。これ以上抵抗してもさらに叱られて最終的にバーナビーの言うとおりにしなくてはならなくなるだけだ。
(とほほ)
 虎徹は諦めた。しょぼしょぼとリビングを出て、青年を洗面所まで連れて行く。
「風呂場から歯ブラシ持ってくるから」
 一言断って、隣の風呂場から目的のものを取って戻る。
「見せてください」
「歯ブラシを?」
「そうです」
 虎徹は素直に歯ブラシを渡した。毛先を観察するバーナビーの表情が険しくなる。
「本当に、ここまで予想通りとは。いいですか、もうこれは毛先が広がっていて新しいのに替えないといけません。替えの歯ブラシはどこですか」
「洗面台の下」
「すぐに出してください」
「へいへい……」
 せっかく持ってきた歯ブラシはゴミ箱に捨てられてしまった。虎徹は新しい歯ブラシを出すと、水で洗う。
「あ、どんなふうに磨いてるのかはもういいです。僕が直接指導します」
 歯ブラシをよこせと手を差し出され、虎徹はしぶしぶ渡す。
「まず歯磨き粉はつけすぎてはいけません。はい、口を開けて」
「ちょ、おまえが磨くのかよ!?」
「なにを驚いているんですか、当たり前でしょう。口で言ってもあなたは聞かないんですから」
 直接体に叩き込みます。
 光る眼鏡を押し上げると、バーナビーが一歩引いた虎徹の顎を鷲掴んだ。
「うごっ」
「ほら、なにやってるんですか。早く口を開いてください」
(この野郎……ッ)
 睨んでもバナビーは強固な態度を崩さない。これはもう、さっさと口開けて、さっさと磨いてもらって、さっさと帰ってもらうに限る。
「あがっ」
 口を開いた瞬間、無遠慮に歯ブラシが侵入してきた。
「奥歯はもちろんですが、前歯の横も磨くとき切り替えしがあるので磨き残すことが多い箇所です」
 顎を掴んだ手を離さないまま、バーナビーが歯ブラシを動かした。意外なことに、手つきは荒々しいが、磨き方は繊細で痛くはない。
「歯の表面より、歯と歯、歯茎との間の汚れを落とすように意識してください」
 いや、むしろこそばゆい。
「ちょっと、聞いてるんですか」
「聞いふぇる聞いふぇる」
 そう答えたものの、意識してしまったが最後、なかなか感覚を散らせない。歯ブラシの毛先が粘膜を丁寧にこすり、まるで隙間をくすぐるように動くのだ。
「う、ぐぅ」
 歯磨き粉を使っているため、唾が飲み込めない。意識しての鼻呼吸は、勝手が違って息苦しい。
「ふぁにーちゃん、ひょっと」
 ちょっと待ってくれ、そう言おうとしてうっかり口の端から唾液と歯磨き粉の混ざった白い液体がとろりと溢れてしまった。
「っ、」
「わ、わりゅい」
 バーナビーが慌てて手を引っ込める。虎徹は急いで洗面台に液を吐き出した。
「いえ、こちらこそ気が回らずすみませんでした」
 てっきり「なにするんですか汚いですね」ぐらい言われると思っていたので、謝罪されて虎徹は驚く。
「はい、じゃあもう一度口を開けてください」
「えー、まだするの……うっ、ごめんなさい」
 じろりとバーナビーに睨まれて、虎徹は再び口を開いた。顎はさっきより掴む力は弱いが、しっかり固定されてしまった。
 苦しくてなんか涙まででてくるし、鼻息荒いし、人に磨いてもらうのはくすぐったいので、もうやめて欲しかったのだが、彼にそんなわがままが通じるとは思えない(わがままだとは思っていないが、バーナビーからすれば「わがまま」だ)。
「歯だけでなく、舌も磨いて下さいね」
「む…っ、んぅ」
 前触れもなく無防備な部分を磨かれて、思わず鼻にかかった声が出てしまう。気まずさと恥ずかしさに顔を赤らめると、明らかにバーナビーの機嫌が急降下したのが雰囲気でわかった。
「真面目にやってください」
「ふぁじめにやっふぇるふぉ!」
 そっちの磨き方がやらしいからこんなことになるんだろうと、どんなに叫びたいか、とにかく自分のせいではない。全部バーナビーが悪い。悪いったら悪い。
 しばし睨みあうが、バーナビーが先に折れた。
「……歯の裏側は磨きにくいですが、だからといって手を抜かないように」
 歯の裏だけでなく、歯茎の粘膜にもブラシの先が当たった。虎徹の弱い箇所だ。いつもここを舌で舐められると力が抜けてしまう。
「う、ふぁ…」
 案の定、歯ブラシでも同じように反応してしまった。ぞくりとした感触が腰を抜ける。ああ、またバーナビーに怒られる。そう思って肩を縮めたが、怒声はよこされなかった。代わりにブラシがさらにそこを攻める。
「んん、ぐ…ぅあ、ぁ、」
 舌とはまた違う無機質な感触が粘膜を的確に刺激する。立っているのがつらい。虎徹は思わずバーナビーにすがった。青年はその手を払うわけでもなく、無表情でただ虎徹の口を蹂躙する。ブラシで舌を絡めたかと思えば、じらすように表側の歯と歯茎の間を撫でた。
 再び飲み込めなかった唾液と歯磨き粉の白い液が口の端を伝う。その感覚すら快感に変換された。
「ふッ、あ…んぅ」
 バーナビーは手が汚れることに頓着せず、虎徹の咥内を執拗に愛撫する。
「ふぁにー、も…やぁ…」
 このままではいけない。虎徹は拒否の言葉をなんとか絞りだす。だが、バーナビーはまったく聞く気がなかった。それどころか、さらに歯を磨くこととは関係ないところまでブラシを当て始める。
「んぐ…っふ、う、ぅ」
 頬に濡れた熱い感触がした。泣いているのだと気づいて、虎徹は情けない気持ちでいっぱいになった。こんな、たかだか歯を磨かれたくらいで喘いで、なんて自分はどうしょうもない人間なのだろう。
 すると、まるでこちらの気持ちを見透かしたようにバーナビーが見下して言った。
「本当に、あなたはいやらしいひとですね。僕は歯を磨こうとしただけですよ。なのに感じて、ここもこんなにして。恥ずかしくないんですか」
「っ、」
 顎を掴んでいた白濁まみれの手が、虎徹の盛り上がった股間を撫でた。
「ひっ」
 はじめて性器に直接的な刺激を加えられて、とうとう虎徹は自力で立っていられなくなり、体が傾ぐ。それを乱暴にバーナビーが支えた。
「いいでしょう、あなたがその気ならこちらも遠慮はしません」
「ちが…俺は…ッア」
 ズボンの上からペニスを握られて、虎徹は言葉を詰まらせた。唾液と歯磨き粉でどろどろになった顎回りを掃除するようにバーナビーが舌を這わせる。
「ふ…っん」
 そのまま首筋を伝い、シャツのボタンを外され胸を露出させられた。攻めにくいと思ったのか、バーナビーは虎徹を抱えて床に寝かせる。広くない洗面所の固い床と、見上げた先のバーナビーで、虎徹の気持ちはいっぱいいっぱいだった。
 どうしてこんなことに。
 後悔するが、そもそもどこで間違ったのかがわからない。いや、バーナビーがあんなふうに淫らに歯を磨くのが悪いのだ。いやらしいのはどっちだと叫びたいが、今口から出るのは嬌声だけだった。
「んぁ、あ…っあ」
 舌先でを押しつぶされこねくりまわされて立ち上がった乳頭を甘噛みされる。ベルトを外される金属音が不快だ。そうしてあれよというまに全裸にされて、自宅の洗面所でありえないことになってしまっていた。
 泣きたい。もう泣いてるけど。
「そうだ、いいことを思いつきましたよ」
 バーナビーは背筋が凍るような笑顔を浮かべた。うそだ、絶対脱がしてる最中かそれ以前から考えていたに違いない。歯ブラシを握ったバーナビーの嬉しそうな表情ときたらない。
「や、やめ――ひぁッ」
 悪い予想は当たるもので、虎徹の雄にバーナビーは歯ブラシを当てた。
「ぃや、だ…やめ、んひぃ……ッ」
 亀頭をこすられて、虎徹はあられもなく喘いだ。口や手でされてきたのとはまったく違う感触に攻め立てられて、びくびくと背が反る。
「なにが嫌なんですか、しっかり感じてるじゃないですか。本当、歯ブラシでこんなに乱れるなんて先輩は淫乱ですね」
「ひぅ、ぐ、ぁ…アア」
 カリ首や皮膚の隙間をこそぐように動かされて、じれったい。だからといって、はしたなくねだるような行為は絶対にしたくない。
「今度はこっちを使ってみましょうか」
 膨張しきった肉根から歯ブラシを離すと、今度はその細い柄を舐め、バーナビーは男の脚を抱えると暗紫色のすぼまりに柄をねじ込んだ。
「あぐっ」
 指よりも華奢なそれは、ゆっくりであるが確実に抵抗を受けることなくうずまっていく。
「あ、あ……」
 がたがたと震える虎徹の躯を押さえつけ、青年はブラシ付近まで埋まったそれを一気に引き抜いた。
「はひっ」
 そして再び柄を潜らせる。その動作には容赦がなく、虎徹の上げる制止の声もきかずぬちぬちと艶めかしい音を立てて挿入を繰り返す。
「や、ゃめ…ッア、ぃゃ…ひんっ、ァアア」
「ほら、あなたの大好きな歯ブラシですよ。気持ちいいでしょう。よかったですね」
 違うのだと首を振っても、バーナビーの手は緩まない。細いのに無機質な感触が未体験という刺激で虎徹の官能を揺さぶった。
「うぁっ、く、ぅっ、あ、ああ…や…ゃだ」
 さっきから人の肌ではないものに煽られて、それなのに感じてしまって、虎徹は激しい嫌悪を覚えた。バーナビーの怒りも拍車をかけている。自分は悪いことなどしていないのに、どうしてこんな目に合わなければいけないのか。
「も、やだ…これ、いやだ…ッ」
 涙と鼻水と唾液と歯磨き粉でぐしゃぐしゃになった顔を歪ませて、虎徹は懇願した。
「ほんと、仕方ありませんね」やっと後孔から柄が抜かれた。聞き入れてくれた、そうほっとしたのもつかの間だった。「まったく、本当あなたという人は。どこまでふしだらなんですか」
「ひぎっ」
 柄の換わりに、バーナビーの熱が穿たれた。違う、そういう意味じゃない。そう訴えたくとも口を開いて上がるのは嬌声だけだ。
「ひぅ…ッ、あ、ああ、ぃ…やぁ、あっ、ぁッ」
 歯ブラシの柄ではうまく当たらなかった感じる箇所を的確に突かれて、男はもうなにも考えられなくなってしまう。
 いつも、最後はこうだ。ぐちゃぐちゃになって、なにを口にしているのか、なにをしているのか、なにをされているのか、全部わからなくなっている。
 バーナビーがどんな表情でいるのかも。
「く…っ」
 虎徹の無意識に伸ばした手が、バーナビーの背にまわる。爪をたてて虎徹は達し、同時に肉襞に熱い飛沫を感じた。


「最悪ですね」
「それはこっちの台詞だ」
 色々な液体でべしょべしょになってしまった洗面所を拭きながら、男二人はなんとも情けない気持ちを味わっていた。
「被害者はお・れ!」
 虎徹の非難をバーナビーは聞かなかったことにする。
「ったく、なんだよ俺は悪いこと一つもしてねえぞなんでおれがおまえに怒られなきゃなんないんだよ」
 ぐちぐちぶつぶつと虎徹は文句をたれながら雑巾を床に滑らせる。
「人の気も知らないのはどっちだか」
「あ? なんだよ」
「いいえ、なんでもありません」
 バーナビーのこぼした呟きが聞き取れず、反問したが青年は答えなかった。
「とにかく、もう布団以外ではセックス禁止だからな」
「……それ誘ってるんですか」
「ちっがぁーう!」
 虎徹は雑巾を投げつけたが、案の定バーナビーはやすやすと避ける。そして立ち上がりあたりを見回して言った。
「まあ、こんなもんでしょう。じゃあ僕は帰ります」
「え、ちょ」
「なんですか、引き留めるんですか。ならお望み通りベッドでお相手してもらいますよ」
 虎徹は即行で断った。

「帰れ」



おわり
 
> 兎虎 > 美しい名前
2011/06/19
美しい名前
※12話バレ※ 初めて虎徹の名前を呼ぶバーナビーが書きたかった。n番煎じすいません。 本当は今書いてるオンリ原稿の鏑木夫妻にこの曲使ってたんだけど、まさかの虎徹ICU入りで燃えたぎって急遽書いた。マッチPVは神。 とりあえずジェイク倒したバニーちゃん大急ぎて虎徹の元へ飛んで行ったんだよ! 最初は担ぎ込まれた晩にしようと思ったけど、ICUに入れないことに気付いた。
 目の前の光景に、バーナビーは瞬きすら忘れた。
 想像以上の、最悪の事態。一目見てわかる、今彼が生死の境をさ迷っていることが。
 繋がれたいくつものチューブ。今にも途絶えそうなエコー。呼吸器の乾いた音と、かすかに上下する胸。閉じられた目蓋は、ぴくりとも動かない。
「おじさん、ジェイクを倒しました」
 話しかけても、当然応えはない。
「おじさんのおかげです。おじさんがジェイクに一撃を入れられた状況、名前を呼ばれたこと。それで気付けました。ジェイクは、人の心を読む」
 それでもバーナビーはしゃべり続けた。
「あなたがいなければ、僕はジェイクに勝てなかった」
 声が、震える。
「でも、だからって僕が許すと思ったら大間違いですよ。どうしてあなたは一人で突っ込んでいくんですか。今回だって、確かにあなたが一人で決着をつけようとしたから、僕がジェイクに勝てたのかもしれません。でも、僕はそんなことが言いたいんじゃない。どうして僕を信用してくれないんですか。どうして僕を信頼してくれないんですか。僕は駄目なんですか、僕じゃ駄目なんですか」
 どうして気づけなかったんだろう。僕はあなたのなにも知らない。
 指輪を見て、結婚していただろうとは思っていた。けれども、娘がいたことも奥さんと死別していたことも、知らなかった。聞くのが恐かったから、聞かなかったこともある。あなたがそんなこと僕に話すようなことじゃないと拒絶するかもしれないと思うと。なにより、あなたが家族のことを愛おしそうに話す姿なんて耐えられそうになかったから。
 一度もあなたの家に行ったこともない。プライベートで会ったこともない。携帯電話の番号でさえ、僕から交換した。
 それでも、あなたは僕に勘違いさせるくらい、いくら拒絶してもこちらに踏み込んできた、待っていてくれた、傍にいてくれた。あなたは誰にでも優しい、見捨てない、助けてくれる。万人に対して同じ態度をとると、知っている。
 それでも僕はパートナーとしてあなたの特別なのだと勘違いするほど、あなたは僕の傍にあった。
 これは僕の慢心。僕の甘え。僕の独りよがり――いや、独りよがりはあなたのほうでしたね。
 僕に力がないばっかりに、あなたを独りよがりのままにさせてしまった。あなたがふみこんできたなら、僕もふみこむべきだった。
 ちょっと考えれば気づけたはずなんだ。あなたは自分の心の壁が硬いからそのままぶつかって、相手の壁を壊せるけれども、崩すだけ崩して、その瓦礫は片づけないことを。
「でも、今気づいたんじゃ遅かったんです」
 あなたが笑っていた、あなたは笑っていたと思っていた。あなたは強いと思っていた。もし時間が戻るなら、それは間違いだと僕は僕に知らせる。あなたが謝ってきたときに言ってやればよかった。あなたを信用させてみせるような男になると。そうすればこんな事態にはならなかったのかもしれないのに。
 ――僕は無力だ。
 ここでもしもなんて考えたってどうにもならない。
「虎徹さん」
 だから、目を開けてください。
 僕にもう一度チャンスをください。
 ちゃんと謝らせてください。
 信用してくれないなら、信用させればいい、そんな僕の行動を見てください。
「虎徹さん」
 どうして目を覚ましてくれないんですか。どうして僕に謝らせてくれないんですか。「なに泣きそうな顔してんだよバニーちゃん」て、いつもの調子のいい声で言ってくださいよ。
「虎徹さん」
 僕あなたに頭を撫でて欲しいんです。子供扱いされたっていいんです。実際子供だったんです。だからあなたの心の壁に気付けなかった。
「虎徹さん」
 僕が何度あなたの名前を呼んでいると思っているんです。知ってますよね、僕一度だってあなたの名前を呼んだことないんですよ。その僕があなたの名前をちゃんと呼んでいるんですよ。なのに返事をしないなんてどういう了見ですか。
「虎徹さん」
 はやく返事をしてください、目を覚ましてください。この空間に、あなたの名前を呼ぶたびに僕の耳は虚しい沈黙しか拾ってこない。このままじゃ、あなたの名前がトラウマになってしまいます。もう二度と呼べなくなってしまいます。
「虎徹さん」
 初めて呼んで、気づいたんです。
 あなたの名前がとても美しいということに。
「虎徹さん」
 だから何度だって呼ばせてください。そのたびに、返事してください振り向いて下さいこっちを見てください。
「虎徹さん」
 どうかお願いです。これからもあなたの美しい名前を呼び続けさせてください。

-了-
 
> 兎虎 > バニーちゃんの恥ずかしい部分が全開な件
2011/08/30
バニーちゃんの恥ずかしい部分が全開な件
バーナビーのズボンのチャックが開いているのを虎徹が指摘する話。頑張れ、バーナビー。 GOOD COMIC CITY18の虎徹&バーナビープチ「HERO LIVE!」ペーパーラリー企画で配布したものです。
[初出:20011/08/28 4p 無配]
虎徹は目を疑った。
そう、バーナビーに限って、あのバーナビーに限って、まさか、そんな、

ズボンのチャックが開いたままでいるなんて!

確か朝は大丈夫だったはずだ。ということは、さっきのお昼休み中にお手洗いに行ってからということになるのか。虎徹は昼食から戻って隣の席に着席したバーナビーを凝視しながら考えていた。
「なんですか、おじさん。こっちじろじろ見て」
僕の顔になにかついてますか、と無遠慮な虎徹の視線に対し、バーナビーは不機嫌もあらわに言った。しかしこれでもかなり態度は軟化したほうなのだ。もしコンビを組んだ当初だったら「こっちを見るな」と一刀両断。間違っても「なにかついてますか?」なんて会話を続けようとなんかしない。
「え、いや、その」
虎徹は悩んだ。今までのようなノリでバーナビーに「おーいバニーちゃん、社会の窓全開だぜ? イケメン台無し」なんて言ったら「どうしてそういつもあなはたデリカシーのかけらもないんですか!」とかなんとか、顔を真っ赤にして叱られて、きっと一週間は口をきいてくれないに決まっている。やっと懐いてきてくれているのだ、こういうときの言動は細心の注意が必要だ。
たとえ、その懐き方に問題があったとしても。
(……ほんっと、最近の若者って意味わかんね)
バーナビーとの体の関係を持ってしまって、早二週間が過ぎた。そのときのことを思い出して、虎徹は渋面をつくった。拒否すれば、バーナビーは二度とこちらに歩み寄ってこないだろう。こんなおっさんを抱いてなにが楽しいのかわからないが、結局虎徹はバーナビーに躯を許した。
これまで四度ほど寝たが、そのわりには普段のバーナビーの態度はつっけんどんでイマイチ虎徹は距離をはかりかねている。だって、ベッドではあんなに
(ってうわああああ俺なに思い出してるんだ)
「おじさん?」
真面目な顔をして悩んで渋い顔をしたかと思えば赤くなったあげく頭をかきむしった男に、バーナビーは心配そうに声をかけた。
「あああ、いやそのすまん。変なこと聞くけど、おまえ昼休み誰かと会ったか? すれ違った相手もいない?」
実は、虎徹はバーナビーを昼食に誘ったがすげなく断られている。どうもバーナビーは会社にいるときで、必要ない限りは虎徹と一緒にいたくないらしい。人のことを押し倒しておいて、よくわからない。
「今日はお昼を朝買ってきていたので、食堂にも行っていませんし、別に誰とも会ってもすれ違ってもいませんけれど……」
虎徹の尋常ならない様子に、ついバーナビーは素直に答えてしまったらしい。普段だったら「どうしてそんなことあなたに言わなきゃならないんです」で、終わりだ。
「そうか、よかった」
「あの、話が見えないんですが」
勝手に一人で納得して安心した虎徹に、バーナビーが理由を話せと詰め寄る。
「すまん、ここじゃちょっと言えない。から、ちっと人がいないところきてくれっか。あー……屋上とか」
「はあ?」
「頼む、誰にも聞かせられないんだ。おまえと二人きりになりたい」
渋るバーナビーに、虎徹は真剣な表情で食い下がった。バーナビーははっと息を飲む。慌てて崩れかけた表情を戻した青年は、ちらりと経理の女性に視線を流す。彼女の顔には「いいからいけば」と書いてあった。
「わかりました」
「あ、っと、立つのは椅子を入口側に回してからな。あと絶対廊下で人とすれ違わないように行くから。もしどうしても駄目だったら俺の後ろに立て」
「はあ、」
まったく得心のいかないバーナビーだったが、それでも彼は虎徹の言うことをきいて屋上までついてきた。さいわい、誰とも合わずにすみ、屋上へ到着した虎徹は大きく安心のため息をつく。
「よかった。誰にも知られちゃ困るからな」
「それで、ここまで大層なことをして、なんですか。僕に言いたいことって」
心なしかそわそわした様子をみせるバーナビーに、大ごとにしすぎてしまったかなと罪悪感を抱きつつ、虎徹は青年と向き合った。
バーナビーの碧いきれいな瞳を、じっと見据える。
「その、落ち着いて聞いてくれ。そんで、聞いても怒らないでくれ」
「おじさん……?」
虎徹は自分の顔が緊張で赤くなるのがわかった。やはりこういうことを改めて指摘するのは恥ずかしい。すると、なぜかバーナビーも表情を赤らめたので、虎徹は「ん?」と内心首をかしげる。しかしバーナビーが赤面するような理由も思いつかないし、そんなことより今はもっと大事なことがある。
「その、実は、おまえの」
ここまで言って、バーナビーが怖いくらいにこちらを見つめてきていたので、虎徹は思わず視線を外してしまった。
「や、やっぱ言うのこええ」
「おじさん!」
「へ?」
すると、まるで虎徹を励ますかのようにバーナビーが男の手をぎゅっと握った。
「怖くなんかありません、聞いても、僕絶対怒りませんから、言ってください。あなたの口から、聞きたい」
「お、おう」
なんだ、バニーもこうやってきちんと向き合えば同じように真剣に返してくれるんじゃないか。虎徹は感激して、少し涙目になる。
「俺、おまえにどうしても伝えなきゃって」
「はい……はい、おじさん!」

「バニーちゃんのズボンのチャック、開いてる」

「えっ」
「えっ」
バーナビーのハンサムが、崩壊した。
「バ、バニーちゃん?」
イケメン顔出しヒーローとしては、とても放送できない酷い表情になったバーナビーに、虎徹は驚く。
「おい、おいバニー!」
瞳孔をかっぴらいた青年をゆすると、やっと焦点が合う。目が合ってホッと微笑みかけた瞬間、バーナビーの形相が般若のようになり、虎徹はひっと息を飲んだ。
「おじさん、あなたという人は……ッ」
地獄の底から這い出るような声に、虎徹は恐怖で縮みあがる。握った手をぎりぎりと万力のように締められた。
「い、痛っ、痛いってバニーちゃん! つか怒らないって言ったのに、嘘つき!」
「嘘つき上等です。僕の純情をもてあそんだ罪は重いですよ、一生忘れません」
お仕置きです。
据わった目で告げたバーナビーの手が、いっそう男の手をきつく握る。
一歩、青年は近づくが、虎徹は逃げられない。
また一歩。もう鼻先まで三センチ。
「バ、バニーちゃん近い、近いって、え、ちょ、なに、待っ」
アッー!
その日の昼下がり、アポロンメディアの屋上からすがすがしいほどの絶叫が聞こえてきたという。

おわり
 
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【R18】デーデルラインの衝動
 
> 兎虎♀ > 【R18】デーデルラインの衝動 > 【R18】あなたが言ったのでしょう? 服を脱がせろと。
2011/05/09
【R18】あなたが言ったのでしょう? 服を脱がせろと。
虎女体化。犯して喘がせたいだけ。 女体化にした意味あんまない気もするけど、夢で見たからこれは書けってお告げだと思った。 しかし夢のほうがえr(ry 精進します。
「あなたが二度と僕以外の男にそんなこと言わないよう、これからじっくり躯に教え込んであげますから覚悟してください」

「なぁにーっ、あたしの酒が飲めねえってのかああああ!?」
 ろれつのまわらない虎徹の叫びと同時に、どばばばばと威勢のいい音を立てて、バーナビーのグラスにビールが注がれた。勢い余って泡が溢れ持ち手を汚す。青年は思い切り眉をしかめた。が、当の本人は気にしていない。むしろ腹を立てていた。
「あーもうっ、なってないなぁ。こーゆーのはついでる途中から口ですするもんでしょー?」
 もったいない、とおしぼりで女は青年の手を拭く。
「アントニオ〜、ごめんおしぼり追加で持ってきてもらってー。バニーちゃんのズボンまで濡らしちゃったぁ。あはははは」
「わかった」
 注意してくれればよいものの、アントニオは虎徹に言われた通り店員を呼ぶ。
「ありがとぉ」
 新しくおしぼりをもらい、虎徹はごしごしとバーナビーの被服を拭く。助けてくれと青年は男を見るが、アントニオは諦めろとばかりに首を振った。
 親睦会と称し、新人のバーナビーを強引に誘い飲みにやってきたヒーロー(成人組)達だったが、キースは酔いつぶれて寝ているし、ネイサンは途中で急な仕事が入って帰ってしまった。もはや頼れるのはアントニオだけだが、今やその望みも絶たれた。
「まったく、世話のやける相棒なんだから」
 それはこっちの台詞だ。バーナビーは無遠慮におしぼりでズボンを拭きまくる虎徹からどう逃れようか考えていた。普通に席を立つだけでは、彼女の事だ、腰あたりにみっともなく掴みかかって、バーナビーが帰らないと言うまでずるずるとひっついてくるに決まっている。――というかちょっと。股間までごしごし拭かないで欲しい。
「よぉーし、これでばっちり」
 虎徹はそんなことはまったく気にしておらず、満足したのかにっこりと額の汗をぬぐうような動作をした。
「じゃ、かんぱ〜い」
 無理矢理グラスをかち合わせると、虎徹はぐびっとイッキにビールをあおる。
「はらぁ、バニーちゃんも」
 ぐいぐいと首をホールドし、虎徹の酒臭い息がバーナビーにかかる。彼女の豊満な胸まで押し付けられて、もういい加減堪忍袋の緒が切れる、そのときだった。
「うっ、ぎ、ぎぼぢわるっ」
 口元を抑えた虎徹を、バーナビーは電光石火で抱き上げた。飛ぶようにお手洗い――男子トイレに突っ込んだが、さいわい誰もいなかった――へ連れて行き、間一髪で間に合うことができた。
「う〜」
 背中をさすって、胃の中にあるものをすべて吐き出させると、虎徹はぐったりとバーナビーにもたれかかった。トイレットペーパーで口周りりをぬぐいきれいにすると、来たときと同じように虎徹を抱え上げる。
「アントニオ先輩。コレ、お願いします。僕はもう帰りますから」
 席へ戻ってきたバーナビーが虎徹を差し出すと、アントニオは手を振って断った。
「そう言うなって、相棒だろ。家まで持って行ってやってくれ。俺はキースのほう起こして帰るから」
「なら僕がキース先輩を、」
「これ、虎徹の住所な。じゃあよろしく」
「ちょ、困りますっ」
 住所をかかれたコースターを押し付けられ、アントニオはキースを起こしに離れた。体のいい厄介払いだ。アントニオはようやく長年の虎徹のおもりから解放された、すがすがしい笑顔を浮かべている。今後も一切彼は虎徹を介抱しないだろう。
 結局、バーナビーは虎徹を送り届けるはめになってしまった。


 タクシーを降りると、虎徹を再び抱え上げマンションの入り口のロックを外す。もちろん代金と鍵は虎徹の鞄から勝手に拝借した。
「ほら、先輩、お家つきましたよ」
「ん〜、あんとにお、いつもごめんねぇ」
「アントニオ先輩じゃありません、バーナビーです」
 間違われたことにいらっとしたが、バーナビーは玄関で虎徹を放り出すことはしなかった。部屋の中に入ってソファの前に立つと虎徹をそっと座らせる。だが、彼女は体を支えることができずごろりと横になってしまった。
「うにゃぁ〜」
「『うにゃあ』じゃありません。ちゃんと起きて、寝る支度をして、ベッドで寝てください。風邪を引かれては迷惑です」
「はーい」
 バーナビーに応答した言葉は、肯定の意味ではない。なんと、虎徹は万歳をした。つまるところ「脱がせ」である。
「なに考えてるんですか!?」
 これにはさすがのバーナビーもうろたえた。まさか、アントニオは毎回こんな目にあっているのではあるまいな。まったく女性とは思えない行動に、バーナビーは頭を抱えた。
 普段からスカートのくせにパンツが見えても気にしないし、化粧っ気もないし、とにかく女としての自覚が欠如している虎徹であるが、まさかここまでとは思っていなかった。
 バーナビーは台所の冷蔵庫を開けた。しかし水がなかったので、冷凍庫から氷を拝借し水道水を注いだコップに入れる。
 こうなったら虎徹が自力で着替えられるくらいまで回復させるしかない。
「酔いがある程度醒めるまではいますから、とりあえずこれ飲んでください」
 虎徹を抱え起こし、口元にコップを当てる。だか虎徹は飲むことを拒否した。
「やーだぁー。バニーちゃん脱がせてよお」
 酔っ払いのため力加減を誤ったのだろう。思いのほか強い力で振り払われて、バーナビーはコップを落としてしまった。
「ひゃッ」
 水の冷たさにびくりと虎徹の躯がはねる。女の胸元から太ももまで、見事にびしょびしょになってしまった。
「うぅ、ばにーちゃんひどぉい」
「酷いのはどっちですか!」
 いつにない剣幕に、虎徹は山吹色の瞳を見開いた。
「だ、だって」
 言い訳をしようにも、言葉が続かない。
 バーナビーは立ち上がると、虎徹を置いて部屋を出て行ってしまった。帰ってしまったのだろうか。冷水を被ったおかげでだいぶ意識のはっきりしてきた虎徹は、今ならまだ謝罪に間に合うかもしれないと立ち上がろうとした。だが躯が意識に追いつかず、ぐらりとかしぐ。
 すると、力強い腕が虎徹を支えた。バーナビーが戻ってきたのだ。虎徹を支える反対側の手にはタオルを抱えている。
「あ、ありがと」
 礼を言うが、バーナビーは答えない。
「わ、わっ」
 そのまま無言で抱きかかえられて、咄嗟に落ちないようバーナビーにすがりついた。青年は無表情で、なにを考えているのか読めない。とりあえず、進んでいるのはベッドのほうだ。
「わっぷ」
 案の定寝台に虎徹は寝かされた、というより落とされた。派手にスプリングが悲鳴をあげ、女の躯が浮く。それをバーナビーが押さえつけた。
「うっ」
 青年は馬乗りになると、女の腕を頭上で一括りにした。痛いほど手首を握られて、虎徹は表情を歪める。だがそれを見ても、バーナビーは一向に力を緩める様子は見せない。いや、むしろより強固にするために、女のネクタイをほどくとそれで手首を拘束した。
「ちょ、な、なにするの」
「あなたが言ったのでしょう? 服を脱がせろと」
 ここまできて、ようやく虎徹は事態を悟った。さっと血の気が引き、顔面蒼白になる。酔いなどきれいにぶっ飛んだ。
「ごめん、ごめんてばバニーちゃん、謝るから。もう二度と手は煩わせませんっ。そ、それにもう意識しっかりしたし、自分で着替えて眠れるから。ね?」
 お願い、離して。
 虎徹は心の底から懇願した。すると、今まで無表情だったバーナビーがにっこりとほほ笑む。するりと手が伸びてきて、ああ、よかった。やっと解いてくれると、虎徹は安堵した。のもつかの間だった。
 伸びた腕は手首にではなく頬に添えられた。笑顔だって、全然目は笑っていない。バーナビーの顔が、近づく。
「人の気も知らないで。あなたが悪いんですよ」
 泣きたいのはこっちなのに、そう言ったバーナビーの声のほうが、震えていた。
「バニーちゃっん――ッ」
 唇を塞がれて、言葉は相手の咥内へ消えた。食いつくようなキスに、舌を引き出されぐちぐちと甘噛みされる。
「は、ふぁ…っんぅ」
 今度は舌を差し入れられ、歯茎や上あごの薄い粘膜を嬲られた。ぞくそくとした感覚が顎から腰まで伝ってくる。
 能力を発動すれば逃げられる。だがそれは相手も同じだ。バーナビーがハンドレットパワーを使えば結局逆戻り、いや、むしろ悪化する気がした。
「ぅむ、ぁ…んん…ッ」
 バーナビーは味わい尽くすかのように虎徹の口腔をむさぼった。虎徹の感じた部分をしつこく舌先でねぶり、唾液がこぼれるのも構わず蹂躙する。
「…っふ、は、ぁ」
 十分堪能したのか、ようやく唇を解放されて、虎徹は大きく息を吸った。だが事態が好転したわけではない。キスの次は――
「やだっ、やめてッ」
 青年の手が虎徹のベストのボタンを次々と外していく。
「頼むからっバニーちゃ、バーナビー!!」
 虎徹が初めて名前を呼んだことで、バーナビーの手が止まった。好機とばかりに虎徹はまくしたてる。
「もうバニーちゃんなんて呼ばないからっ、迷惑かけないからっ、お願い助けて!」
 いつの間にかまなじりには涙が溜まっていた。叫んだことでそれは決壊し、耳まで伝う。
 バーナビーは虎徹の涙をぬぐった。うるんだ瞳で、顔を真っ赤にして叫んで、これではまったくの逆効果だと、本人はわかっていないのだから滑稽だ。
 濡れた指先をバーナビーは見せつけるように舐める。
「嫌ですね」
 否定と同時に、バーナビーは人差し指を虎徹の口に捻じ込んだ。
「うぐっ」
「少し黙っていてください。もちろん、噛んだらただじゃおきませんよ」
 眼鏡越しに見えるバーナビーの瞳は遠く、そして真剣だった。虎徹はごくりと唾を飲み込み喉を鳴らした。彼は本気だ。本気で、自分を犯そうとしている。
 バーナビーは器用に片手でワイシャツのボタンを外していく。ぷちぷちと鳴るボタンのプラスチック音がやけに大きく聞こえた。
「んぅ…」
 濡れた肌が夜気にさらされて、虎徹は肌をあわ立たせた。
 心臓が早鐘を打ち、荒い息は青年の指をかすめ、レースに包まれた胸が大きく上下している。バーナビーは虎徹の背に手を回すと、ブラジャーのホックをはずした。
「――ッ」
 多少なりとも覚悟していたとはいえ、虎徹は息を詰めた。背中からバーナビーの手が抜ける感触に躯が硬直する。虎徹はぎゅっと目をつむった。これ以上、自分が脱がされる光景は正視に絶えない。
 それでも緩んだワイヤーと肌の隙間に、青年の細長い指が入り込んだのが感触でわかる。ずるりと上に押し上げられて、乳房が露わになったのも。
 虎徹は再びほろほろと涙をこぼし始めた。それを、なにか柔らかい感触が拭う。
「んぅ?」
 バーナビーの指ではない。不思議に思って目を開けると、タオルだった。そういえば、さっき持ってきていた。
「っふ、」
 バーナビーは涙だけでなく、躯も拭いた。タオル越しではあるが胸を触られて、虎徹は四肢を強張らせた。バーナビーの手つきはけして卑猥なものではなく、風呂上りの子供を拭く母親のようである。それでも、やはり裸を見られ胸を触られたのは事実だ。虎徹はそうやって、性的でないバーナビーの触れ方に緊張している自身を納得させた。
 ああ、これで『さあこれでわかったでしょう。もう二度と男相手に脱がせなんて言わないことです。おどかしてすみませんでした』とでも言われれば、どんなにかよかっただろう。
 バーナビーは虎徹の口から指を抜き、ネクタイを外してベストとワイシャツ、そしてブラジャーを脱がせた。だが、再度ネクタイで手首を縛られてて、望みは絶たれる。
 わかっていた。バーナビーの目は本気だった。それでもわずかに見えた希望に一瞬でもすがってしまうほど、虎徹はここから逃げ出したかった。
 タイトスカートのジッパーを下げる音がして、虎徹は我に返る。もう、なにを言っても無駄だと、わかっているが、だからといって唯々諾々と受け入れる気持ちにはなれない。けれどもそうやって非難がましい視線を静かに送っても、バーナビーは意に介しはしない。
 腰を浮かされてスカートを脱がされた。次にショーツが。最後にガーターベルトとストッキング。
 これで、もう身に着けているものはなにもない。あったとしても、指輪や時計といった装飾品くらいだ。
 下半身も丁寧にタオルで拭かれ、虎徹は唇を噛んだ。まるで覚悟を決めさせるような、儀式めいた行いだった。虎徹だけでなく、バーナビーにとっても。
 それが不思議で、虎徹は口を開いた。
「最後に、一つだけ聞かせて。“どうして”」
 嘘や誤魔化しを一切見逃さないよう、視線を鋭くした虎徹に、バーナビーはまるで用意していたかのような感情のない答えを返した。
「理由なんてありません。僕みたいな若い男相手に『脱がせろ』なんて言って、こうなるのは自然な成り行きです」
 バーナビーは本当のことを言っていない。虎徹にはわかった。だが、それが彼の示した答えだ。
「後悔しても遅いですよ」
「――ひッ」
 青年の手がふくよかな乳房を鷲掴んだ。
「あなたが二度と僕以外の男にそんなこと言わないよう、これからじっくり躯に教え込んであげますから」
 覚悟してください。
 口角を上げ、口元だけ笑みの形にしてバーナビーは言った。虎徹の背に冷たいものが走る。嘘を言うとき、バーナビーはこうやって仮面を張りつかせる。だが、これは全部が全部嘘ではない。バーナビーの口に出さない暗い激情を感じて、虎徹は鳥肌が立った。
「濡れていたせいかしっとりして触り心地はいいですが、少し冷たくなっていますね。まあすぐに熱くなるでしょうから風邪を引く心配はありませよ」
「く…っ、ぅ…」
 手から溢れるほどのたわわな胸を揉みしだいてバーナビーが言った。自分の躯の一部ではないかのように乳房がいやらしく変形する。
「は…っん」
「ここも、だんだん立ってきましたね」
 胸の先端を摘ままれて、虎徹は息を飲んだ。敏感な部分を緩急をつけてこねくり回される。
「ん、っふぁ、あ…あ…っ」
 おかげで離されてもそこはつんと尖ったままで、真っ赤に腫れてしまった。もう片方も、青年はいじって同じようにする。
「ここ、そんなに気持ちいいんですか? 随分とやらしい声だしてましたけど」
 揶揄するように青年がくすりと笑う。
「ち、が…ひぅッ」
 否定の言葉を発しようとした瞬間、指先で乳頭を弾かれて虎徹は悲鳴を上げた。
「ほら、やっぱり気持ちいいんじゃないですか。それに、ここ、こんなになってますよ」
 ちょっと胸を触っただけなのに。
「やぁ…ッ」
 前触れもなく脚を開かされ、虎徹は悲痛な声を上げた。見えはしないが、靡肉が離れた間に粘液が溜まっていた感触を感じた。その事実に虎徹はうちひしがれる。
「あ、今動きましたよ。かわいいですね」
 まじまじと秘所を観察する青年に、女はかっと血がのぼった。
「バニー!」
「おや、もうその呼び方はしないんじゃなかったんでしたっけ」
 いやみったらしいほど余裕な態度。眼鏡を押し上げて、バーナビーは鼻で笑った。
「おばさんに欲情してる万年発情変態欲求不満野郎なんか、兎で十分だ」
「へえ、じゃあその変態に胸をいじられて濡らしてるあなたは、もっと変態で欲求不満ってことですね」
「ち、違ッ」
 上げ足をとるような言い方だが、うまく反論できない。その間にバーナビーが両脚の間に体を割り込ませたので、そっちのほうへ意識がいってしまった。
「あんまり抵抗するようなら、足も縛ります」
「っ、」
 ぎり、と虎徹は奥歯を噛みしめた。
(今度こいつがキスしてきたら、噛みついてやる)
「もちろん、他に反抗的な態度をとるようでしたら、しかるべき処置を行いますからそのつもりで」
 まるで思考を読まれたかのような台詞に、虎徹は唇を噛んだ。さいわい、それはバーナビーがすでに虎徹の顔から下半身へ視線を移動させた後だったので見られることはなかった。
「失礼します」
 かたちだけの断りをいれて、バーナビーが股間に顔をうずめる。
「ひぁッ」
 虎徹の躯がはねる。大胆にクリトリスを口に含まれたうえ、青年は器用に歯をあてて吸い、鋭敏な部分をむき出しにされてしまった。
「ぁんッ、やっ、だ、っめ…ぇ」
 ちろちろと舌先を当てられたかと思えば、痛いくらいに吸われ、歯で挟まれた。
「あっ、あっ、バニーィッ」
 初めから容赦のない責めに、虎徹の腰がびくびくと揺れる。強烈な快感を休む間もなく与えられて、脳がとろけそうだ。いじられるにつれ染みだした愛液が、唾液とまざって淫らな音を立てる。バーナビーはわざと聞こえるように音を大きくさせて、虎徹の秘裂をすすり芯芽をなぶった。
「や、ぁ…いちゃ…も、ッあ、アアッ」
 背を弓なりにしならせて、とうとう虎徹は達した。ひくひくと痙攣する肉襞と筒を、バーナビーの舌が愛おしそうに舐める。
「…うっ…うぅ」
 いっそ、まだ無理矢理性急に突っ込まれて、力任せに犯された方がよかった。こんな、こちらの性感を昂めていたぶるようなやりかた、我慢ならない。感じた自分をひどく嫌悪してしまう。
 とめどなく流れる涙を、バーナビーは今度は唇でぬぐった。
(やめてよ、それさっきあたしのお●んこ舐めてたじゃん)
 微かな雌の匂いを感じて、虎徹は表情を歪ませた。バーナビーが、自分がイッたことを突きつけるためにしたのだと疑わない。
 強固な態度を崩さない虎徹に、バーナビーは嘆息した。
「まだご自分の立場を理解してらっしゃらないようですね」
 青年は太ももを持ち上げ、大きく開脚させた。そして、ぬめる熱源に白く細い指を挿入する。
「ひぃンッ」
 一本ではない、最初から三本も入れられて虎徹は喘ぎとも悲鳴ともつかない声を上げた。だが虎徹の心とは裏腹に、そこは待っていたとばかりに青年の指を飲み込んでいく。
「おや、すんなり根元まで埋まってしまいましたよ」
 ほら、とバーナビーはぐちゃぐちゃとかき混ぜるように指を動かした。
「あっ、ああ…っあ、ぃや…ゃあッ」
「嫌じゃないでしょう。すごい締め付けてきますよ」
「ひぐ…ッぅ、んんっ、」
 熟れた胎内で指を広げられ、隙間から空気が入って粘液と混ざり、羞恥を煽る音を立てられた。ぐぽぐぽと明らかに膣を犯す空気の振動は、虎徹の耳まで犯し正常な思考を蹂躙する。
「はひっ、い…あ、ああ」
 秘芯を刺激されるのとは、また違った快感が腹の奥底から湧き上がる。甘くどろりとこごった生暖かいものが、腰周りをとろかすと、背筋を這い上がって脳幹を蕩かせる。
「やっぱりナカのほうがいいんですね。すごくいやらしい表情してますよ」
「んぁ、あっ、ち…が、ァ」
「なにが違うというんです。ほら、ここ。特にいいんでしょう? 触るたびに腰が揺れてますよ」
「ああッ、ぃアッ、あんッ」
 入口の浅い部分の上を、バーナビーの指が強く押した。だめだ、そこは虎徹自身も知っている弱い箇所だ。このままではまたいってしまう。
 首を横に振って、虎徹は激しく拒否の意を示した。
「っああ、だ…めぇ、そこッ、だめなの…ぉッ」
「だめと言われればやりたくなるのが男というものです」
「や、ほんと、だめ…っ、ダメだったらぁ」
 虎徹は涙を散らせて拒絶するが、バーナビーの手は緩まない。むしろいっそう激しく責めたてた。
「ぁひ、ひぃ…っ」
 女は絶頂の悲鳴をあげ、びゅくりと無味無臭の液体をほとばしらせる。ぐったりとベッドに沈んだ虎徹にあてつけるように、手をしとどに濡らす淫水をバーナビーはぴちゃぴちゃと舐めた。
「すごいですね、潮吹きっていうんですか? 僕初めて見ました」
「だま、れ…」
 羞恥に震える虎徹を、尊大な態度でバーナビーは見下ろす。
「黙れ? 誰に向かってそんなことを言ってるんです?」
「うぐっ」
 顎をきつく掴まれて女はあやうく舌を噛みそうになってしまった。
「もう少ししおらしい態度をとっていれば、まだ手を緩めて差し上げようと思ったんですけれど。これは本格的に調教しないといけませんね」
「んぐ、うぅ」
 噛みつくように口付けされて、虎徹は震えあがった。
 調教なんて、そんな恐ろしい単語を聞くとはよもや思ってもみなかった。間近に映るバーナビーの瞳は冷たく、優しさやぬくもりといった情緒はかけらもない。
 改めて虎徹は事の重大さに気づいた。
「キスをするときは目を閉じるのが礼儀というものです」
 虎徹の視界をバーナビーの手が覆う。
「よかったですね。もしもう一本ちょうどいいものがあれば、目を隠していたところですよ」
 耳元で囁かれて、虎徹はぞっとした。熱い吐息混じりの声は、愛を囁いてもおかしくはない声音だというのに、実際の言葉は脅迫まがいときた。
「あなたのネクタイでなく、僕のベルトで縛っておけばよかったですね」
 心底残念そうに呟くバーナビーの声が少し遠くなった。変わりにかちゃかちゃと金属音が聞こえる。虎徹は悟った。バーナビーが、ベルトを外しているのだ。
「や…やだ…たすけ、て、たすけてぇ」
 衝動的に虎徹は嗚咽交じりの悲鳴を上げた。とれるはずもないのに手首を縛るネクタイをぎちぎちと鳴らし、足をばたつかせる。
「往生際が悪いですよ。恨むなら、己の軽率な行動と言動を恨みなさい」
 バーナビーは顔から手を離すと、暴れる虎徹を抑え込む。そして、いっきに猛った雄をうずめた。
「〜〜〜ッッッ」
 声にならない悲鳴をあげて、虎徹は喉をしならせた。久しぶりのせいか、みちみちと肉が拓かれる感覚がして、なおさら犯されていることを実感させられる。
「っく…思ったより、きついです、ね」
「あ…あ……ぁあ…」
 山吹色の瞳を大きく開き、口からは断続的に喘ぎともつかない引き攣れた声をはく。強引に侵入してくる凶器に心まで嬲られる。
 痛い、肉体でなく心が痛い。
 どうして。
 真意も告げられぬまま、酷い犯され方をして、それでもバーナビーの隠された心が気になって、でも、無理矢理挿入されて、怖くて、本当にどうしたらいいか、わからない。
 ただ好色に手を出されたのであれば、能力を使ってでも逃げようとしたのに。
(どうしてそんなに泣きそうな顔、してんの)
 嗚呼、縛られた腕では抱きしめてあげることもできない。
「考え事をしてる余裕なんてあるんですか?」
「ッア、バニー……ッ」
 ぐちりと奥を突かれて、虎徹は現実に引き戻される。
「あ、ひぁッん…あ、ぅんっ」
 ナカで達したばかりで、いっそう敏感になっている粘膜を擦られて、虎徹は喘いだ。
「や、ぁ…ばにーちゃ…あ、ああっ」
 バーナビーは的確に虎徹の感じる部分を突く。自分でも、穿たれた雄芯を強く締め付けているのが分かった。堪えようもない愉悦が腰をとろけさせ、思考を痺れさせる。
「ひんっ、あ…奥そ、な…だめぇ…」
 子宮口をごりごりと亀頭の先で刺激され、嫌がっているのに誘っているかのような嬌声が喉を震わせる。
「すごいですよ、先輩。僕のを食い千切らんばかりに締めて。そんなにいいんですか」
「やっ、ァアッ、ちが…ぅんッ、も…抜い…てぇ」
「腰が自分で動いてるの、わかってます? こんなによがってて、説得力全然ないですよ」
「ひぐ…ッ」
 ナカをかき回すように大きく抉られて、淫らな熱に最後の理性もはじけ飛んだ。
「あ、だ…て、バニーちゃんがぁ、アアッ」
 出し入れされるたびに揺れる豊満な乳房を掴まれて、虎徹はなまめかしく喘いだ。
「いっああ、も…んっあ、あッ、ばにーちゃ、い、ちゃ…」
 だらだらとはしたなく唇から唾液をこぼしているが、もう気にしてなどいられなかった。限界が近いことを虎徹はひたすらに訴える。バーナビーは虎徹を翻弄するようにギリギリのところまでは昂めるが、あと一歩というところで引くのだ。
「も、がま…んっ、でき…なッア、くる…し」
「はしたないひとですね。犯されてるくせに感じて、喘いで、おねだりまでして」
 そうさせているのはバーナビーだというのに、棚に上げて青年は意地の悪い笑みを浮かべて虎徹を罵った。
「おね、が…あ、あッ、も、たす…け、」
 もうなにを言われようが、虎徹はどうでもよかった。この快楽の責め苦から逃れたい、その一心で意図的にバーナビーを締め付けた。
 すると、乱れた肉筒を突きこね回す欲棒が一段と大きくなってしまった。
「はひ…ッ!」
 焦点の合わなくなった瞳を見開き、虎徹は切ない悲鳴を漏らした。圧迫感に躯がばらばらにされそうだ。
「なかなかかわいいことをしてくれるじゃないですか。いいでしょう。お望み通りくれてあげますよ」
「ま、まって、だめ、なかはだめぇ…ッ」
 バーナビーは避妊具をつけていない。ここで射精されたら妊娠してしまうかもしれない。
「あなただけ気持ち良くなってどうするんですか。大丈夫です、いざとなったらあなたも僕の子供も、楓さんもまとめて面倒みますから」
「んんーっ」
 違う、そういう問題ではない。
 今イッたらバーナビーを締め上げて吐精させてしまう。虎徹は絶頂をこらえるため歯を食いしばった。
「無駄です。あなたのいいところはわかっていますから。ここを、」
「ッは、」
 ぎりぎりまで浅く抜いた楔を
「こういうふうに」
「ひぎッ」
 えづきそうなほど深部にねじりこまれ
「あと、ここもですよね」
「ああ――ッッ」
 最後に剥いた花芯も押しつぶされて、とうとう虎徹は達してしまった。
「くっ…」
 小さなうめき声とともに、バーナビーも濁った飛沫を虎徹の中に遠慮なくぶちまける。
「あ…ああ、」
 射精された熱いうねりを内部で感じて、虎徹は絶望し嗚咽を漏らした。
 限界だ。
 受け止めきれない現実から逃げるように、虎徹は意識を手放した。

つづく
 
> 兎虎♀ > 【R18】デーデルラインの衝動 > 【R18】これでもう、あなたには俺しかいなくなりました。
2011/05/18
【R18】これでもう、あなたには俺しかいなくなりました。
虎女体化。 バニーちゃんが病ンデノレ。前半と後半の落差がえらいことになった。 本当はこういうアタマあったかるいバカポーなのが得意なんだえろむつかしいです。
「あなたの笑顔もいりません。あなたの優しい言葉もいりません。ただ、あなたが独りぼっちになって、俺にしかすがる相手がいなくなれば、それでいい。」

 あったかい。優しい手のひらが頭をなでている。
 まどろみの中で寄り添うぬくもりが、大きくつつみこんでくれているような感覚。
 ひどく懐かしい。
 失って、もう二度と感じることができなくなったはずの充足が、体中を満たしていた。
 しかし、それは、夢だと、わかって、いる。
 眠る前に、そして目覚めてから。なんど泣いたか数えきれない。そうやって逃れられない現実にうちひしがれて、学んでしまった。夢でしかありえないと。
 でも、夢でもいい。
 もう、夢でもいい。
 夢でしか逢えないなら、夢でも逢いたい。
 虎徹は幸せそうに微笑んで、いつものように相手の名を呼ぶ。
「――」
 あなたを愛している。

「あれっ」
 ぱっかりと目のさめた虎徹の眼前に、表情をこわばらせた相棒がいた。
「あれっ」
 虎徹はもう一度間抜けな声をあげた。
 あれ? どうしてバニーちゃんがいるの。
 あれ? なんですんごい抱きかかえられて頭なでられちゃってるの。
 あれ? なんでお互い服着てないの。
 次々と疑問が浮かぶが、多すぎてどれから質問したらいいかわからず、口をぽかんと開けている虎徹にバーナビーは言った。
「おはようございます、先輩」
「オハヨウゴザイマス? 後輩?」
 小首をかしげて虎徹も応える。
 挨拶をしたバーナビーは、いつもの仏頂面に戻っていた。が、この状況はどこをどう見てもいつもの状況ではない。
「えーと…と、と――」
 どうしよう。どうしたの。どうするの。わからない。
「あー……」
 虎徹は昨晩の記憶を、脳みその皺の隙間から引っ張り出そうと眉根を寄せた。確か、みんなで飲んでたはずだ。
「あ。」
 思い出した。
「あああああああああああああああああああああああああ!」
「うるさいですよ、おばさん」
 耳元で叫ばないでください。
 一部始終をすっかり理解した虎徹の叫びに、バーナビーが顔をしかめた。
「バニーちゃ、ちょ、え、だって、やだ、うわ。うわあ」
 虎徹は両手でゆでだこになった顔を覆った。本当はバーナビーから離れたかったのだが、しっかり腕を背にまわされているので無理だ。
「うわあ、うわあ、うわあ!」
 バーナビーの腕の中で虎徹はもんどりうつ。
 っていうかなんでバニーちゃんまで脱いでるの。
 確かバーナビーは服を着ていたはずだ。だが現在触れている胸と足は肌同士。
 ぱんつ履いてなかったらどうしよう。
「いい加減落ち着いて下さい」
「バニーちゃんぱんつ履いてる?」
 指の隙間からうかがうように視線を覗かせて聞くと、青年はそっけなく答えた。
「履いてます」
「よかった」
「嘘です」
「いやああああああ」
 虎徹は悲鳴を上げながらバーナビーの顎に張り手を食らわせた。ガゴッという不吉な音が景気よく室内に響いた。
「よくもやってくれましたね、おばさん」
「それはこっちの台詞!」
 ぐいぐいと顎を持ち上げて、虎徹は半分涙目で言った。
「だとしても普通、そういうのは起き抜けにするものでしょう。どれだけ鈍いんですか。ていうか手、どけてください」
「だってだってだって」
 目が覚めたときには、ショックだか混乱だかでまったく頭がまわっていなかったのだ。
 べしべしと虎徹はバーナビーの顎を叩く。
「暴れるのはやめてください。犯しますよ」
 ぴたり。
 虎徹はゼンマイが切れたブリキのおもちゃのような、不器用な動作で動きを止めた。
「昨日もそれくらい素直だとよかったんですが」
「強姦されて、どうやって素直になれるっていうの」
 顎から離した手をバーナビーが掴み、わざと音を立てながら手の甲にキスをした。
「でも、これからは素直になりますよ」
「バニーちゃんのその根拠のない自信はどこから湧いてくるの」
 いちいち動作がキザ!
 虎徹は手を振り払おうとしたが、思いのほか強くにぎられていてできなかった。が、離されることを諦めると、あっさり解放される。
「根拠ならありますよ」
 バーナビーは起き上がると、枕元のケータイを取った。
 よかった、ぱんつ履いてる。
 腰までめくれた布団に視線をやって、虎徹はさっきから気になっていたことを確かめた。
「なに人の股間凝視してるんですか。やらしいですね」
「バニーちゃんにだけは言われたくないし」
 自分は未だにまっぱのままである。かといって虎徹はベッドからでて着替える気にはなれなかった。床に落ちているであろう昨日着ていた服は乾いていないだろうし、布団から出たらバーナビーに肌を見せることになってしまう。
「で、根拠ってなに」
「そんなに見たいですか」
 虎徹からは見えない角度でケータイの画面を凝視しているバーナビーに、虎徹は苛立ちを隠さない声で言った。
「あーもう! めんどくさい男なんだから。はいはい、見たい。見たいですー」
「どうぞ」
 人にものを頼む態度じゃないとか言って、やりなおしを要求してくるかと思いきや、バーナビーはやけにあっけなく画面を見せた。怪訝に思いながらも、女は画面を覗き込む。
「なに、これ…ッ」
 虎徹は思わず口元を覆った。
 そこには、男性器を挿入された虎徹が映されていた。
「もしも他言するようなことがあれば、この写真を娘さんに見せます」
「や、やめて!」
「僕に逆らっても同様です」
「そんな、ひどい……っ」
「ね? 素直になるでしょう」
 喉が潰れて声が歪む。鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなった。泣くものか。唇を噛みしめて虎徹は耐える。
「パソコンにバックアップを送ってありますから、これを消したり本体を壊したりしても無駄ですよ」
 ぷらぷらとケータイを振って、バーナビーは心から嬉しそうに笑って言った。
 一緒にいて、営業スマイルじゃない、ちゃんと笑った顔を見たのは初めてだった。初めてだったけど、こんな状況で見たくはなかった。
「さあ、ではまずは起きて朝食にしましょうか。今日は休みですし、ゆっくり親睦を深めましょう」
 出動要請がないといいですね。
 嬉々として携帯をしまい、寝台から降りたバーナビーを虎徹は呆然と見る。
 いったい、ぜんたい、どういうことなのか。まさかバーナビーの口から「親睦を深める」なんて言葉が出るとは思いもよらなかった。ってちょっとまて。虎徹はバーナビーの言葉をよく反芻した。
(こ、こいつ、今日一日居座るつもりだ……!)
「先輩、起きないんですか」
 なかなか寝台からでない家主を催促すると、虎徹は布団を目深にかぶり背を向けた。
「どうしてバニーちゃんの目の前で着替えなきゃいけないの」
「……写真」
「はいはいはいはい今すぐ起きます着替えますう!」
 ぼそりと空気を震わせた脅し文句に、虎徹はがばりと布団をめくって飛び起きた。が、
「うっ」
「どうしたんですか」
 すぐにうずくまった虎徹にバーナビーが駆け寄る。
「腰と股関節と二の腕と手首が痛い……」
 女は青年を恨みがましくにらんだ。
「すみません」
 バーナビーにしては愁傷にも素直に謝るなと思ったが、
「次からは専用の柔らかい手錠を準備して、体位もバック中心にしますね」
(うん、そんなこったろーと思った。ていうか次ってどういうことそういうこと!?)
 虎徹はぎしぎしと悲鳴をあげる身体に顔を歪めつつ起きる。突っ込んだら終わりだ。突っ込まれる。
 寝台から降りると、垂直になった膣からどろりとした嫌な感触を感じた。思わず声をあげそうになって、咄嗟に唇を噛む。気取られてはいけない、絶対に極上の笑みを浮かべてねちねちねちねち言葉攻めされるに決まっている。
 とりあえず風呂に入って着替えようと、虎徹は床に視線を落とした。昨日の服は洗濯機に放り込まなければ。すると、きれいにたたまれたバーナビーと、そして自分の服が目に入った。彼の分はいいとして、自分のは絶妙に切ない気持ちになる。
(こいつ絶対ブラのカップとかチェックしてそう)
「着替えないんですか? まあ別に僕はあなたがそのままでも一向に気にしませんけど」
 服を見下ろしたまま動かない虎徹に、バーナビーが話しかけた。虎徹は振り向かずに答える。
「着替えるってば。バニーちゃんこそ早く服着て。あたしお風呂入ってくるから」
「ああ、むしろそれがいいですね。今日一日裸エプロンでいてください」
「人の話聞いて。」
「写真。」
「うぐっ」
 それを言われては逆らえない。だができるならば回避したくて窺うように振り返りつつ虎徹は言った。
「漫画やテレビに出てくるような、べったべたなふりふりひらひらのエプロンなんて持ってないんだけど」
「むしろ持ってたほうが引きますよ。別に、普通のエプロンでかまいません」
「バニーちゃんの変態……」
 ぱんついっちょで眼鏡を押し上げ裸エプロンを要求する青年。どうしよう。
「勘違いしないでください。単にあなたを困らせて楽しんでいるだけですから。ノリノリで裸エプロンなんてされるようならこんなこと言いません」
「お、おばさんノリノリで裸エプロンしちゃうもんね!」
「どうぞ?」
 こばかにしたように鼻で笑われた。
(こいつ……ッ)
「もうわった裸エプロンだろうがなんだろうがやってやろうじゃないお風呂先入るからちゃんと服着て正座で待ってなさいよ!!!」
 虎徹は憤慨しながらどすどすと足音を立てて風呂場へ向かった。


 ここにも、そこにも、あそこにも。
(あのエロガキ! いくつつければ気が済むのっ)
 虎徹は風呂場の鏡で体中に散ったキスマークを確認して大きなため息をついた。幸い、普段はワイシャツをきっちり着ているので人に見られる心配はない。が、それにしたって執拗すぎだ。これじゃあしばらくトレーニング着は着れない。
 といっても、まだまだそれは序の口だ。最大の危険値は中出しされてしまったことである。
「う…く、っふ」
 シャワーを当てながら、指で膣内の精子を掻き出す。一晩立ってしまって気休め程度にしかならない処理に、虎徹は泣きたくなった。
 どうして。
 昨夜からずっとそればかり、答えてくれないと分かってもバーナビーに問いかけている。
 唯一できる反抗は、こうやって『ふつう』を装うことだった。世間一般的に、強姦された相手にとる態度ではない。
 泣いて、罵って、バーナビーを非難し訴えることは、できただろう。けれど。
(そうしてもらいたかったんでしょ)
 ならなおのこと、絶対に。
「あんたの思い通りになんかならない」
 鏡に映る自身をきつく睨みつけて、虎徹は宣言した。
 ――戦争の始まりだ。
 なんでも独りで背負い込めると思うなよ、クソガキ。


 浴室から出ると、バーナビーは言われた通り服を着て正座で待っていた。
 ソファの上で。
「正座っていうのは床の上でやるもんだから」
 腰に手を当てて呆れた態度を隠さずに言ったが、バーナビーはなにも言わず口に手を当てて笑いをこらえる動作をした。そうだ、こちらも言われた通りエプロンいっちょだったのだ。
「そっちがやれっていっといて、笑わないでよ」
「……いえ、よく似合ってま、すよ……くっ」
「肩震わせながら言われても説得力ない!」
 虎徹は持っているエプロンの中から、ふちにこぶりなフリルのあるものを着用していた。パステル調の薄桃色で肌触りのいいコットン生地、両サイドのポケットには右側にだけ花束の刺繍が入っている。新婚時代にうかれはじけて買った黒歴史であるが、裸エプロンにいつも使っているものを使用する気にはとうていなれなかったので、普段は着ないものをチョイスしたのだ。
「本当ですって。痛々しくてお似合いです」
 ビンタの一発でも食らわせてやりたいところだが、弱味を握られていなければの話だ。
「……とにかく、朝ごはんつくってあげるから、そっちもお風呂入ってきなさい」
「いえ、僕は別に」
「入ってこい」
「わかりました」
 苦笑して立ち上がったバーナビーに、虎徹はこぶしをぷるぷると震わせた。
 いちいち余裕を見せつけられて、必死になっているこちらを笑われて。普段からそうだが、今日はやけにその傾向が強い。
「タオルとかはもう用意してあるから」
「ありがとうございます」
 かたちばかりの礼をして、バーナビーは浴室へ向かった。
「十時か。もう朝ごはんっていうよりお昼ご飯つくるつもりでつくろ」
 虎徹は台所に立つと、まず冷蔵庫を開けた。残り物や買い置きは十分だったので買い出しの必要はなさそうだ。夕食があやしいが、だからといってバーナビーが素直に虎徹を外へ出すとは思えない。まあその時はそのときだと割り切り、レタスとパプリカ、きゅうり、人参、紫玉ねぎ、トマト、そして冷凍しておいた魚の切り身を取り出した。
 バーナビーにどんな好き嫌いがあるかは知らないので、ここはひとつ探ってやろうとなるべく多くの食材を使用し、かつなにが使われているかわかりやすい調理方法を虎徹は考える。
(バニーちゃんのことだし、好き嫌いあっても絶対言わないかものすごい要求してくるかの二択だよね。もし黙ってるほうだったら、これから料理つくらされるときは嫌いな物ばっかりにしてやろう)
 食事中は相手を観察してどんな微細な変化も見逃すものかと決意する。
 そんなことを考えながらまずはサラダが完成する。冷蔵庫に器ごともどし、レンジで解凍させたアジを取り出すとワサビと生姜をたっぷりつかって漬けにする。
(ん〜、あと刺激が強くて好き嫌いわかれる調味料とか食材って……あった!)
 納豆の存在を思い出し、虎徹はほくそ笑んだ。
「なに独りでにやにやしてるんですか」
 気持ち悪いですね。
 冷蔵庫から卵を取り出そうと振り返ったとき、バーナビーがちょうど脱衣所から出てきた。
「べっつにー」
 青年の髪型が復活している。朝起きたとき巻きがくたびれていたので、彼が毎朝きちんとセットしていることがうかがえた。
「もし卵焼きをつくるようでしたらチーズと砂糖で味付けしてください」
「チーズない」
「じゃあ砂糖だけで」
「料理和風だから合わないよ?」
「かまいません」
「ならいいけど。もうちょっとでできるから待ってて」
 卵を取り出し、隣で味噌汁ように湯を沸かしながら卵焼きをつくりはじめる。が、一つ気になったことがあった。
「待っててって、言ったけどなにもそこで待ってなくても」
 背後のソファの背に座り、バーナビーはこちらを見つめている。
「料理ができたら運ぶくらいはしますよ」
「いや、うん、手伝ってほしいときは呼ぶから」
「一人は暇なので。先輩見てると飽きません」
「どういう意味ソレ」
 こちらは背面はほぼまっぱなのだ。それを見つめられているのは、恥ずかしい。が、なにを言ってもバーナビーはソファの背から降りようとしない。これはもうちゃっちゃと作ってしまうに限る。
「はぁ」
 バーナビーに聞こえるように溜息をついて、虎徹は卵焼きと味噌汁を完成させた。
「冷蔵庫にサラダと魚の漬け、えーと、マリネみたいなの?が入ってるから、それ出して持って行って。あと飲み物牛乳とお茶があるけど、どっちがいい?」
「牛乳でお願いします」
「ほいほい」
 虎徹は味噌汁をよそい、レンジから温めたご飯を茶碗にうつすしコップを取り出す。戻ってきたバーナビーにそれも持っていくように指示をだし、卵焼きを器によそった。最後に、牛乳と納豆を冷蔵庫からだす。
「はい、朝ごはん兼お昼ご飯、かんせ〜い。いただきます」
「いただきます」
 バーナビーも丁寧に合掌した。青年の白く細い指が、漆塗りの箸に絡み、卵焼きに伸びた。
「ふうん、お箸使えるんだ」
「当然です」
 感心してみれば、案の定かわいげのない答え。
 虎徹はそれ以上なにも言わず、納豆に手を付けた。醤油とからしをつっこみ、ねちねちと混ぜ合わせる。その様子を、バーナビーがじっと見ていた。
「食べたことない? 納豆っていうの」
 ご飯にかけるとおいしいんだよ、と虎徹は茶碗によく混ざった納豆をかけた。
「なっとう?」
 バーナビーも虎徹の真似をして、醤油とからしを入れて混ぜ始めた。
「すごいニオイですね……」
「あんたたちが食べてるチーズだって、すごいのあるじゃない」
 同じ醗酵物なんだから仕方がないじゃんと、虎徹は鼻を鳴らした。
(それにしても最初からからしをあんなにいれて。絶対泣くわこりゃ)
「……うっ」
 想像通り、バーナビーは納豆とご飯を食べるなり口を押さえた。
「どお? おいしい? おいしいよね、あたし納豆大好きで毎朝食べないと一日が始まった気しないんだよねー」
「ま、まいあさ、」
「そう、毎朝」
 虎徹はにやにやと、わざと人の悪い笑みを浮かべて言った。さといバーナビーのことだ、食べられないとはこれで言えまい。
「おい、しい、です」
 言葉とは真逆の表情でバーナビーは言った。
(ふ……勝った)
 やっと一矢報いることができて、虎徹は心の中でガッツポーズを決めた。
「まあでも初めて食べるくせにからし入れすぎだったから。次はもうちょっと少なめにすれば?」
「そうします」
 青年は仏頂面で納豆とご飯を胃に流し込んだ。
 その他の料理については、バーナビーは特になにごともなくたいらげた。生姜とワサビたっぷりの漬けも平気なようだ。
(次、山椒とか茗荷でも食べさせようかな。蓼とかラッキョウもいいかも。あ、パクチー……はあたしも苦手だしなー)
 悪だくみを巡らせつつ、虎徹も完食し箸を置いた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした。不本意ですがおいしかったです」
「不本意は余計」
「あともう少し味が濃くて派手なほうが好みです」
「ジャンクフードに慣れた舌じゃ、和食の繊細な味はわからないんだからね」
「ではもっとその『繊細な味』とやらをご教志願いたいですね」
「バニーちゃんどんだけうち入り浸る気なの」
「さあ?」
 眼鏡を直されて、肝心なときの表情が見えなかった。見えたとしても変わらなかったかもしれないが。
 女は小さく肩をすくめて、片づけのために立ち上がった。青年も、食器をさげるくらいは自分でやるとばかりに皿を重ねて立ち上がる。
 片づけをしている間も、バーナビーは背後で静かに虎徹を見つめていた。



「さて。」
 テーブルをはさんでソファに座ったバーナビーが言った。
「どうしましょう」
「それはこっちの台詞だし」
 虎徹は正座で床に座っているので、自然バーナビーを見上げる姿勢になる。足を組み、その上に組んだ指を置く青年の姿は家主より尊大だった。
「いえ、僕としても予定はあるんですが、ちょっとまだそれには早いというか。スポンサーにお急ぎ便で荷物頼んでおいたのが、届いてからじゃないと」
「はあ」
「僕名義だと、すごく早いんですが、やはりあなたの名義じゃそれほどでもありませんね」
「ちょ、勝手に人の名前使わないでよ!」
「僕じゃあなたの家にいることがばれちゃうじゃないですか」
 そもそも宅配便がきても受け取りにでれないですし。
「あのねえ」
 代引きにしておきましたから、届いたらこれで払っておいてくださいと、バーナビーがクリップでとめた札束をテーブルに置いた。しれっと言ったわりには、どうもバーナビーらしくないというか、遠まわしな表現と方法だ。
「バニーちゃん、荷物、なに頼んだの」
 青年は虎徹の視線から、すっと瞳だけずらした。
 二人の間に、微妙な沈黙が横たわる。
(まさか。というか。まさに)
「……いかがわしいもの頼んだんだ」
「バレちゃあ仕方ないですね、ええ、そうですね」
 両手を広げて真顔かつワントーン高い声で青年は言った。
「開き直った! 開き直ったよ!?」
「すいませーん、鏑木さんにお届け物です」
 ちょうどそのときだった、玄関のチャイムが鳴り宅配便が来たことを告げる。
「は、はーい、ちょっと待ってください今出ます」
 虎徹は急いでクロゼットを開け、エプロンの上から適当な服を引っ張り出し身に着けた。
「代引きで二百十二シュテルンドルになります」
「あ、はい」
「ちょうどお預かりしますね、ありがとうございましたー」
 やたらでかい段ボールを受け取ると、業者が去る。
「はい。バニーちゃんご所望のいかがわしい荷物、届いたよ」
 宅配員から見えないようにソファの裏に隠れていたバーナビーへ、段ボールを差し出す。
「ありあとうございます」
「笑顔怖いから」
 鼻歌を歌いださんばかりの勢いで開封する青年に、女は逃げ腰になる。ハンドレッドパワーで窓の外の遠くのお空に投げられたらどんなにいいだろう。だがそんなことをすればあの写真を娘に見られてしまう。
「ではあなたが開けますか?」
「お断り」
「それは残念」
 なにが“残念”だ。ちらりと視線を上げて笑って言った言葉に、虎徹は憤慨して腕を組んだ。だが次々と箱から取り出されるいかがわしい商品の数々に、虎徹はしかめっ面を崩していく。
「思ったんだけどね」
「なんですか」
 納品書と現物を比べるバーナビーはこちらを見ない。
「昨日は、まあ、うん、置いといて。今日はあたしがバニーちゃんに襲われる理由、なくない?」
「なにを言い出すかと思えば、そんなこと。言ったでしょう、あなたが二度と僕以外の男に色目を使わないよう、じっくり躯に教え込む、と」
「い、色目なんて使ってない! そもそも昨日ので十分懲りたし! 教え込まされましたから!」
 そもそも昨日とちょっと台詞違うような気がする。色目を使うなんて古式ゆかしい言葉、聞かされただろうか。
「よくもぬけぬけとそんなことが言えますね」
「きゃ……っ」
 突然左手首をつかまれて、虎徹は悲鳴をあげた。痛い。折れそうなほど力をこめられて、バーナビーが怒っていることにようやく気付いた。彼の地雷が自分の想像の及ぶ範疇外すぎる。
「スカートのくせに立ち振る舞いを気にしない、すぐ人にべたべたくっつく、極めつけに『脱がせろ』。アントニオ先輩と違って僕は若いですから、」
「ちょ、ちょっと待った! 仕草がガサツなのも、コミュニケーション過多かもしれないのも、それは認める。でも、アントニオには確かに潰れちゃったときとか毎回迷惑かけてるけど、脱がせろなんて言ったことないっ」
 恐ろしい誤解をしていると、女は青年の言葉をさえぎって訴えた。
「じゃあ、昨晩はなんだったんです。どうして僕にそんなことを言ったんですか」
「ちょっとからかっただけだったの。本当にごめん」
「へえ、からかった“だけ”ですか」
「っあ、痛、いっ……! ごめん、あやまるから離して! 折れちゃう……ッ」
 さらにバーナビーの握る力が強くなって、骨がきしむ激痛に虎徹は喘ぐ。
「そうですよ、その気になれば僕はあなたの手首くらい能力を使わなくったって折れる。華奢な手首ですねぇ。僕が握って、ほら、親指が中指の第二関節まで届きますよ」
「っ、」
 握る力はそのまま、バーナビーは虎徹の薬指を舐めた。
「確かに、一般的な男性はあなたに勝てないでしょう。訓練された相手でも、能力を使えば肉弾戦においてほぼ無敵といってもいい。ですが、僕はあなたと同程度に鍛えてますし能力も一緒だ。戦闘経験は浅いのであなたが勝つかもしれませんが、純粋な力比べなら僕は負けません。なぜだかわかりますか?」
 嗚呼、そうか。そういうことだったんだ。
 虎徹は、ようやくバーナビーの言わんとしていることを理解した。疑問の答えを見つけた。けれど、それは一番に除外した答え、だった。
「あたしが、女だから」
 そしてバーナビーが男だから。
「ご名答。根本的な性差は、乗り越えられない。そう、あなたは女で、俺は男なんですよ。“虎徹さん”」
「――っ」
 薬指を根元まで含まれて、噛まれた。指輪に歯があたってガチリと鳴る。
 かわりに手首の拘束は緩まったが、動くことができない。
 熱く、厚い舌が指に絡まる。舌先が腹を嬲って、痛覚はむずがゆい感覚にとってかわられる。
「う…ふ、ぁ」
 バーナビーの片方の手が腰から脇腹を撫で上げた。スカートをずり下ろされる。青年の指がエプロンの間に滑り込み、直接肌に触れた。
「ひ…あ…」
 指をしゃぶられて、なんども腰のラインをなであげられて、足から力が抜けていく。
「バニーちゃ、もう」
 立っていられない。そう訴えると、青年は女を抱えソファに横たえさせた。
「男とすら認識していなかった相手に、いいようにされる気分はどうですか」
「どう答えても、バニーちゃんは満足も納得もしないでしょ」
「なんともあなたらしい、卑怯な答え方だ」
 青年の歪ませた目元は、怒っているのか泣くのを我慢しているのか笑いを堪えているのか、全部かもしれない。
(ばかなこ。なんであたしなんか好きになっちゃったの)
 一番に除外した、答え。
 バーナビー・ブルックス Jr.は、鏑木・T・虎徹に恋慕の情を抱いている。
 そう考えると、彼の行動すべてに筋が通ってしまう。
 目のやり場に困るような所作で隣にいて、叩いたり抱きついたり、からかったり。
 己の今までの行動の罪深さに、虎徹は胸を痛めた。
(青少年の純情、踏みにじりまくりだね。最低)
 だから、これは罰なのかもしれない。
 相棒だって、散々言ってきたのに、全然わかってなかった。
 こんな行動を起こさせるほど、追い詰めてしまった。
 虎徹は再び脱がされ己の手首が拘束されていくさまを、黙って受け入れた。
 あっけない敗戦。もっとも、勝手に戦争だと思ったのはこちらだが。
 負けた側が不平等条約を結ばされるのは世の常だ。
「抵抗しないんですか」
「したら、楓に写真見せられちゃうでしょうが」
 方便だ。彼には自分を酷く扱う権利がある。こう言ったほうがいい。
「……ああ、そういえばそうでしたね。そうでした」
 案の定、バーナビーはどこか安心したような表情をした。
 ――そうだ。だから、遠慮なんていらない。
 青年の瞳に昏い炎がともる。
「ただ寝転がっているだけで済むなんて思わないことです。せいぜい僕の機嫌を損ねないよう、頑張ってください」
「――か、っは」
 言うなり、バーナビーは虎徹の足を開き、ローションで濡らしたシリコン製のバイブレータを突き立てた。
 まさか最初からこんな扱いをされるとは思ってもみなかった虎徹は、衝撃で呼吸が突っかかる。
「わざわざローションを使う必要もなかったですね。指をしゃぶられて腰を撫でられただけで、こんなに濡らしてるなんて」
「ひぃ…っ」
「どれだけ淫乱なんですか、あなたは」
 冷えた塊が動き出して、虎徹の腰が跳ねる。バイブレータの電源を入れられたのだと、一瞬遅れて理解した。
「そのまま起きて、床に座ってください」
 バーナビーは虎徹を無理矢理起こした。
「やっ、おく…ッ」
 上体を起こしたことで、バイブがさらに深く埋まる。とてもではないが、自力で移動して床になんか座れない。
「まったく、世話の焼けるひとだ」
「だ、って…んぁあッ」
 軽々と抱えられて床に座らせられるが、上半身をまっすぐに保てずソファに額をあずけた。それをまたぐようにしてバーナビーがソファに腰かける。
「口でしてください」
 青年は命令とともに女の顎を掴んだ。虎徹はファーの手錠で繋がれた腕を震えながら持ち上げる。バーナビーはベルトから虎徹に外させるつもりだ。うまくいうことを聞かない手首から先は、通常の何倍もの時間をかけて青年のズボンをくつろげる。
「んぅ、」
 ようやっと、下着から取り出したペニスを虎徹は口に含んだ。
「は…ふぁ、んん…」
 口淫が苦手なわけではないが、バイブを挿れられたままというのは初めての経験だった。緩急をつけて犯してくる振動に気を取られて、集中できない。
「フェラチオも満足できないんですか、あなたは」
「んむぁ…だって、」
「誰がしゃべっていいと言いました」
「ぉぶッ」
 後頭部を押されて、喉の奥まで凶器が入り込んだ。
「んぐッア」
 咽頭で締められたせいか、バーナビーのものが大きくなる。それで喉が閉まりえずいた拍子にまた肥大して、虎徹は苦しさのあまり凌辱する器官を吐き出してしまった。
「が…ァ、っは、ァ…っは」
 ぼろぼろと涙がこぼれて、せき込んだ。
「か、ッは…っあ、ああ…んうッく、」
 せき込むたびに、腹筋が締まって奥まで銜え込んだバイブに犯される。
「まったく、本当にあなたってひとは」
 バーナビーは大いに嘆息すると、手に持ったバイブのスイッチを一気に最大にまで押し上げた。
「ひぎぃァんッ」
 一瞬で目の前が真っ白になる。
 背をそらせて、いやらしいイキ顔をバーナビーに晒しながら虎徹はオーガズムを迎えた。
 そのまま倒れる躯をバーナビーが支える。脇の下に腕をいれて膝立ちまで持ち上げると、バイブを抜かれた。
「んぁッ」
「さあ、これで集中できるでしょう?」
 虎徹は余韻がくすぶる躯で、再びバーナビーのものを咥えさせられる。
「ぉッぶ…むぁ…」
 容赦のない仕打ちに、虎徹はあふれる涙を止めることができない。物理的に苦しいから泣いているのか、心理的にきついから泣いているのか、いや、両方か。
 先端を舐める舌先に苦みを感じて、さらにつらくなる。どんどん溢れる先走りが、飲み込めない唾液と混ざってじゅぽじゅぽとはしたなく鳴った。
「はむ、ぅんう…」
 唇の端を汁が伝い喉をなぞる感覚にすら、感じてしまった。咥内はいまやはちきれんばかりの雄でいっぱいいっぱいだ。だが、同時にそれは解放のときが近いということでもある。早く楽になりたくて、女は舌を絡め、吸い上げ、懸命に奉仕した。
「そろそろ……」
「ん、ぷぁ、ふぁ…んぅ」
 苦しそうなバーナビーの息遣いが聞こえて、いっそう虎徹は加える刺激を強める。
「くっ」
「ふゃッ」
 バーナビーは射精する寸前、虎徹の頭をつかみ口淫をやめさせた。びゅくびゅくと散った白い欲望が、虎徹の顔を穢す。
「うぅ…ひどぃ…」
 どろどろと熱い粘液が皮膚を伝い流れていく感覚と、青生臭さに虎徹は顔をしかめた。
 粘液は顎の先端までたどり着くとそのまま首筋をすべらず、重さではたはたと見事に張り出した乳房に落下する。
「よくお似合いですよ」
「こんな姿、褒められたって嬉しかな、ぃ――」
 虎徹は途中で口を噤んだ。眼前の光景がそうさせたのだ。つい今しがた逐情したばかりのペニスが、再び勃ち上がり始めていた。
 閉じた虎徹の唇に、バーナビーが満足そうな笑みを浮かべて指先を当てた。
「淫らで」
 ぬるり、と指先は顎から喉元へ。
「いやらしくて」
 喉元から胸の谷間へ。
「本当に、お似合いです」
 バーナビーは印をつけるように、精子を胸の間になすりつけた。嗜虐心に満ちた瞳が、虎徹を見下ろす。
(喰われる――)
 言い知れない、うすら寒い感覚が女の背筋を震わせる。
 こうなるしかなかった、ならなかった、なれなかった。けれど、決定的に間違っていることには変わりない。虎徹は今更ながらに己の決断に疑問を抱いた。
「さあ次は自分でまたがってください」
 青ざめた女のわきに手を入れて、バーナビーは虎徹を膝の上に乗せる。
「ちょ、ちょっと待って」
「おや、抵抗しないのでは?」
「違う、そういうわけじゃない。ちゃんと言われた通りにはする。けど、せめてコンドームはつけさせて」
 いくらバーナビーに従うとしても、そこだけは譲れなかった。泣きはらした顔に断固とした意思を表しバーナビーを見る。だが、青年は小馬鹿にした表情で言った。
「なんだ、そんなもの。どうして用意する必要があるんですか」
「どうしてって!? だ、だって普通、」
 驚愕する虎徹に、バーナビーは醒めた視線を送る。
「普通? この状況からして、すでに普通じゃないでしょう。それとも、あなたにはこれが普通なんですか」
「そんなわけないでしょ!? 問題をすり替えないで」
「まったく、ごちゃごちゃとうるさいですね」
「きゃアッ」
 いきなりソファに押し倒されて、虎徹は悲鳴をあげた。そのままバーナビーは有無を言わさず足を持ち上げる。
「だ、だめッ。バーナビーやめ――ッ」
 制止などきくはずもなく、バーナビーは硬い楔を突き刺した。
「ひぃッん」
 つい先ほどまで挿れていたバイブレータのせいで、難なく最奥まで受け入れてしまった。無機物とは異なる熱い熱に、抵抗がぐずぐずと溶かされていく。
「いや、ぁ…なっにこれぇ…」
 おかしい、こんなに逃げたいのに躯がいうことを聞かない。バーナビーの牡を包む肉襞が意志に反し蠕動して快感を引き出しむさぼろうとする。
 虎徹はあられもなく喘いだ。
「んぁっあ…ひぅあ、ッん」
「興奮剤入りのローションですよ。よく効いているようですね」
「そん、なッア、はぁ、あっ」
 どうしてもバーナビーの動きに合わせて腰が揺れてしまう。頭のてっぺんからつま先に至るまで甘い痺れが支配して、ただただ悦楽を享受することしかできない。なにも考えられなくなる。
 そんな虎徹を現実に引き戻したのは、電話のベルだった。
 ディスプレイが故障しているせいで相手がわからないが、徹の携帯ではなく家にかけてくる人物は限られている。
「電話、でないんですか?」
「なっ…むり、に…きま、て」
 とんでもないことを言い出したバーナビーにぎょっとする。その表情を見て口角を上げた青年に、虎徹はしまったと後悔した。
「や、やめ…ッ」
 予想通り、バーナビーは隣のテーブルに手を伸ばし受話器を取ると虎徹の耳に当てた。
『――し、もしもし?』
 回線の向こうから聞こえてきた声に、虎徹は絶望した。
『もしもし、お母さん?』
「かえ、で」
 応えというより自身に理解させるために呟いた言葉だった。
『お母さん、どうしたの? なんか元気ないよ』
「ごめ…ちょっと…二日酔い、で…」
 きちんと答えられたのは、我ながら奇跡だと思った。バーナビーに無理矢理犯されている最中に、我が子と通話しているなんて、そんな、信じたくない。息が、胸が詰まって、重い。全身からどっと汗が吹き出る。行為による汗ではない、冷たい、冷や水を浴びせかけられたような皮膚の感覚。なのに下腹部だけいやに熱くて、逆にその落差が比較されいっそう感覚をはっきり突きつけられる。
『もおー、いくら今日が休みだからって飲みすぎだよ。あ、でもそうるすと無理かな。あのね、今日スケートの先生のお子さんが熱を出しちゃって、急にお休みになっちゃったんだって』
 楓はなんの疑問も抱かず話を続ける。だがほっとしたのもつかの間だった。
「――ッ」
 動きを止めていたバーナビーが、平静を装おうとする虎徹の努力をあざ笑うように腰を動かした。なんとか声は抑えることができたが、これでは会話は無理だ。
『だから今日学校終わったら一緒にお夕飯くらい食べられるかなって電話したんだけど』
「っう、ん…」
『その様子じゃあね』
 はあ、と大きくため息をついた音が聞こえて、虎徹はいたたまれなくなった。
(ごめん、ごめんね楓。母親失格だね)
 唇を噛みしめて、虎徹は嗚咽と嬌声をこらえた。
『じゃあ、またねお母さん。しっかり養生するように! ばいばい』
 楓はあっさり電話を切った。いつもは寂しいはずの不通音がこんなに喜ばしく聞こえるなんて。虎徹は安堵と己が不甲斐なさに泣き出した。
「うまくやりすごせたようで、よかったですね」
「酷い…こんな…」
 わざとらしさを隠そうともしない物言いに、虎徹は脅しも忘れて憎しみのこもった目でにらんだ。しかし、バーナビーはそれをとても好ましいとでもいうように笑顔で受け止める。
 どういうことなのか。怪訝に思った虎徹に、バーナビーは最高のタイミングで最悪の言葉を伝えた。

「これで、あなたは身も心もけがれました」

 嬉しそうに、本当にうれしそうに、バーナビーが笑う。
 瞳を細め、口角を歪め、こんなに純粋で美しく醜悪な笑み、みたことがない。
(嗚呼、)
 虎徹は縛られた両手で顔を覆った。
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
「これでもう、あなたには俺しかいなくなりました」
 左の薬指にはまる誓いを、バーナビーは抜き取った。
 寝ているときも、入浴しているときも、どんなときも、ずっとつけたまま一度も外したことはなかった。もう体の一部だと思っていた。なのに、こんなに拍子抜けするほど、簡単に、あっけなく――外れてしまった。
「虎徹さん」
 バーナビーは手をどかし、虚ろに喘ぐ唇をふさぐ。新しい契約を結ぶかのようなバーナビーの口付けに、虎徹は瞳を閉ざした。心の風景と視界が合わさる。真っ黒で、なんにもなくなってしまった。守りたかったものも、守りたいものも、全部消え失せた。バーナビーですら、そこにはいない。いや、バーナビーがその黒い空間自体となった。彼を守ることができずに、虎徹ごと彼の孤独に飲み込まれた。相棒ひとりも満足に助けられないなんて、ヒーロー失格だ。
「虎徹さん、虎徹さん、」
 躯中にキスをしながら、バーナビーは虎徹の名を呼ぶ。その声はとても穏やかで優しく、いつくしみのこもったものだ。
「虎徹さん、虎徹さん、虎徹さん、」
 けれども絶対にバーナビーは言わない。好きだなんて、愛してるなんて絶対に言わない。
「虎徹さん、虎徹さん、虎徹さん、虎徹さん、」
 爪先までキスをして、青年は大切な玩具を箱にしまうように女を抱きあげた。
「あなたの笑顔もいりません。あなたの優しい言葉もいりません。ただ、あなたが独りぼっちになって、俺にしかすがる相手がいなくなれば、それでいい」
 ロフトをあがったバーーナビーは、ベッドに虎徹を横たえる。
 愛を打ち明けるよりも熱烈な告白をして、きつくきつく女を抱きしめた。
 バーナビーは目的のほとんどを達成したといってもいいだろう。虎徹にはもうなにもない。ヒーローを続けていく誓いすら。
 あんなに簡単に指輪が外れてしまったことが、あんなに簡単に指輪を外させてしまったことが、あんなに簡単に指輪を外されるようになってしまったことが、ショックで仕方がなかった。
 くすんで焦点を逸した山吹色の瞳をバーナビーは覗き込む。べろりと舐めると、女はかすかにうめいた。バーナビーは瞳といわず己の生乾きの精子ごと虎徹の顔すべてを舐める。その間にも青年は女の股間に手をやって、ぬるまりにそぼる陰唇をいじった。
「…あ、ぁ…ああ、」
 心とは切り離された躯が、また強制的に高められていく。バーナビーの昂ぶりが欲しくてしょうがなくなる。
 火照る頬を青年の白い指がなでた。
「大丈夫ですよ、今日はまだ長い」
 濁った虎徹の眼に、微笑みかけるバーナビーが映った。
 
> 虎兎
虎兎
 
> 虎兎 > 【R18】本当に僕のことをおもっているのなら、抱いてください。
【R18】本当に僕のことをおもっているのなら、抱いてください。
 
> 虎兎 > 【R18】本当に僕のことをおもっているのなら、抱いてください。 > 【R18】オレがいなければ、生きていけない体になればいいのに
2011/05/11
【R18】オレがいなければ、生きていけない体になればいいのに
「あっ…は、あぁ…」
膨張した自身が流すつゆが、しごく指に絡まりぬちぬちといやらしい音をたてる。
この指は、自分の指ではない。骨張って、荒れた、男の手だ。うつ伏せになった背後から彼の手が伸びて、張り詰めた肉茎を握っているのだ。
『バーナビー』
「っあ…ふ、ぁア…こて、っさ、」
かすれた低い声が、耳元で名前を呼ぶ。いつもはバニーちゃんなんてふざけた呼び方をするくせに、こういうときだけきちんと言う。
「も、ぃ…く、あ、あぁ…」
バーナビーは右手で中心を握ったまま、左手の指を後孔にうずめた。青年の細く長い指は、熱く太い楔に脳内で変換される。
「っく、ん…ぁ、こて、つさ、あ、アアッ」
前立腺を押し上げ、バーナビーは男の名前を叫びながら吐精した。
「…は、あ…は、ぁ」
荒い息を吐きながら、バーナビーはベッドに沈んだ。
虚しい。
虎徹に抱かれる想像をしながら何度己を慰めてきただろう。そのたびに、言いようのない空虚をバーナビーは感じた。
低い声も、厚い胸板も、力強い腕も、すべて妄想の産物だ。
本物が欲しい。熱く滾る塊に貫かれ、愛されたい。
だが、それは所詮かなわない願いだ。
彼には、愛するひとがいる。
左手の薬指に必ずはまっている指輪が視界にはいるたび、バーナビーはどうしようもなく苦しくなる。
絶対に両想いにはなれないとわかっているのに、虎徹はずかずかとこちらのテリトリーに入り込んできて、心を乱すだけ乱して本当に欲しいものはくれない。
最近は、もう恋しいというより憎いとすら思うようになってきている。
あの人が困ればいいのに。
あの人が悲しめばいいのに。
あの人が後悔すればいいのに。
泣いて、懇願して、悪かったと土下座して、どうか許してくれと地べたに額を擦りつけて詫びればいいのに。
どうしたら彼を改心させられるか、そればかり考えている。考えていないと、身が持たない。

(オレがいなければ、生きていけない体になればいいのに)

ぜんぶ、ぜーんぶつくえのうえのえそらごと。


「よう、おはようバニーちゃん」
「バニーじゃありません、バーナビーです」
おはようございます。
出勤してかわされるのは、いつものやりとり。訂正しつつも律儀に挨拶をかえす後輩に、虎徹は嬉しそうに笑う。
その憎たらしい顔に爪をたてて、二度と人前には出れないような顔にしてやりたい。どれだけ胸がすくだろう。自分だけしか、彼は会えなくなってしまえばいいのに。
今日も報われない一日が始まる。
[newpage]
[chapter:次回予告]
「おせっかいなんていらないんですよ! 僕が本当に欲しいのはあなただ」
 
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その他
 
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2011/07/06
美しい白
最期のともえが虎徹に呪縛をかける話。 7/18「GO NEXT!」新刊の兎虎本の前半ですが、どうしてもこの部分だけネットに公開したかったので全文あげました。
※7/27追記:漢字、巴じゃなくて友恵でしたね。 公開前の妄想なので、許したってください……。
「あなたは私を愛するがゆえにヒーローでなくなり、
 ヒーローとして生きたかったゆえに後悔し、
 なによりそんな自分を許せなくなるでしょう。
 好きな人のためと言いながら、結局は後悔している自分はなんて身勝手なのかと」


ヒーローをヒーロたらしめている理由。鏑木・T・虎徹にとって、それは二つある。
一つ目は、彼のNEXTとしての能力 。
二つ目は、家族。
このどちらが欠けても、彼はヒーローたりえない。しかしそれを一番理解していなければならない本人は、まったく理解していなかった。いや、正しくは認識していなかったというべきか。彼は明確にその二つ理由に従って行動してはいたが、彼の中で確立し明文化されてはいなかった。
『己のNEXTとしての力をヒーローとして人々を守るために役立てる』漠然としていて、それでいて確固たる信念はその二つの理由によるものだとは、彼は認識していなかった。
よって、彼の妻が死んでしまったとき、彼はヒーローではなくなってしまうところだった。
だから、鏑木巴は最期に魔法をかけた。むしろ呪いであるとわかっていても、彼を不自然に縛るとわかっていても、鏑木・T・虎徹をヒーローたらしめるために、魔法 をかけた。
誰かが解いて、くれると信じて。





病院独特の消毒の匂いは、病室に入った瞬間霧散した。個室の開いた窓からの風が、部屋の主の長い黒髪をゆるりとかきあげる。カーテンをひかないため直射日光が寝台に大きく白い影を引いていたが、虎徹にはその光より彼女が輝いて見えた。
「よお、巴。具合どうだ」
「いらっしゃい、あなた。見ての通り、今日はとっても気分がいいの」
虎徹が花束を持った手を上げると、巴はにっこりと白い顔を笑みに形作った。消毒の匂いがしないのも道理だろう。鏑木巴の病室は、虎徹が見舞いのたびに持参する花束で埋もれていた。別に手ぶらでいいのにと妻に言われたが、虎徹はがんとして聞かなかった。
『家じゅうの花瓶どころかコップまでなくなっちまうよ』と安寿に言われたため、最近は花瓶も一緒に買ってくるときもある。今日は前に枯れたものを安寿が処理したものが一つあいているので、花束だけだ。
虎徹は巴に白い花々を差し出した。
「きれいなカサブランカ」
花瓶にいけられる前に、こうして必ず巴は香りをかぎ、花弁や茎や葉を愛でる。実はその様子を見たいがために虎徹は花を持ってきていた。
彼女のその優しい笑顔が、二人の娘である楓に接しているときと一番近いのだ。楓はまだ四歳で、滅多に母である巴の見舞いには来ない。以前は頻繁に見舞いに来ていたのだが、院内でたちの悪い風邪をうつされてからは二週間に一回ほどの頻度になっている。
実際に娘と会わせているわけではないから、所詮は自分のエゴだと虎徹はわかっていた。わかってはいたが、虎徹自身も楓と会えないのが辛かった。擬似的にでも三人でいる表情を巴に見せてもらって、虎徹は寂しさを紛らわせているのだ。
虎徹は娘である楓と一緒に住んではいない。
仕事の都合で、母である安寿に楓を任せ、シュテルンビルドの最下層に独り居をかまえている。
楓が生まれたときに話し合って決めたのだ。家族がなによりも大切だから、別居しようと。子供が産まれた早々別居などと聞こえは悪いが、それが虎徹の職業にとっては最善だった。
虎徹の仕事――つまり、ヒーローにとって。
「ね、さっきテレビで見たわ。五人も一気に強盗犯を逮捕するなんてさすがMVP。今期も最初から気合入っているわね」
カサブランカを花瓶にいける虎徹に向かって、まるで自分のことのように巴が声を弾ませて言った。
「ま、まーな」
一方虎徹はとっくにいけ終わったカサブランカを、無駄に位置を調整しながら言った。視線を落とし、真っ赤になった顔を巴から隠す。
「もう、なに照れてるの。私にとってワイルドタイガーが活躍してくれることは、なによりも嬉しいんだから」
もっと堂々としなさい、ヒーロー! バシッと背中を叩かれて、虎徹は小さな悲鳴をあげた。
「ったってよ……」
ヒーローはシュテルンビルドの平和を守る、司法局から認可され企業をスポンサーに持つNEXT達の総称だ。虎徹はTOP MAG所属のワイルドタイガーという名で活動している。
虎徹も巴もヒーローが好きで、それが縁で結ばれている。二人にとってヒーローは特別だった。だから巴は夫がヒーローとして前期のMVPになったことをなによりも喜んでいた。熱が出て病状が悪化し三日三晩寝込んでしまうほどに。
しかし、虎徹は己がMVPになったことを純粋には喜べなかった。自分が人助けをしまくって、結果一位になったのなら、虎徹は素直に喜んだだろう。だが、違うのだ。前期、ワイルドタイガーはポイントを得るために人助けをしていた。そして、今期も。
「ポイントの為に、人助けして……こんなのヒーローじゃ」
「ワイルドタイガー!」
「は、はいぃ!」
突然巴にヒーロー名を鋭く呼ばれ、虎徹は反射的にきをつけをした。
「タイガー、あなたはなんのためにヒーローをしているの?」
巴は腕を組み、キッと虎徹を睨み上げた。反射的に、虎徹は視線を反らし足元を見る。
「人助けのためです」
「人助けをするとどうなるの?」
「ポイントが入ります」
「タイガーはどうしてポイントが欲しいの?」
「MVPになって、年俸をあげるためです」
「どうして年俸をあげたいの?」
「……巴の治療費が、必要だから、です」
「私を助けることは、人助けじゃないの?」
「……」
黙ってしまった虎徹に、巴は優しく声をかけた。
「顔を上げて、こっちを見て。虎徹」
ゆっくりと面をあげて視線を合わせると、巴はにっこりとほほ笑んで手を差し出した。おずおずと、虎徹はその白い手のひらに自分の手を乗せる。温かく、柔らかい感触が虎徹の手を包んだ。巴の両の手が、虎徹の手をぎゅっと握りしめている。
「巴……」
「大丈夫。なんにも引け目を感じることなんてないわ。あなたは立派にヒーローとして活躍してる。その行動が、ポイントシステムに反映されているだけ。ポイントのためにあなたは働いてるんじゃないわ。ポイントがあなたによって表層化されているだけなの。あなたは最高のヒーロー、ワイルドタイガーなんだからね! このヒーローマニアの鏑木巴が言うのよ」
だから安心してヒーローしていなさい。
「そうだな、その通りだ。ありがとな、巴」
虎徹は包まれていないもう一方の手を、巴の手の甲に乗せた。
白くて華奢な、手。
そうだ。この手のぬくもりを守るために、俺はヒーローをしているんだ。

「巴っ、しっかりしろ巴!」
握りしめた華奢な手。青い血管が浮き上がる、白くて冷たい手。馬鹿だ、なにを勘違いしていた。自分の手じゃ、彼女を守れない。ヒーローじゃ彼女を守れない。――ヒーローでなくても、彼女を守れない……っ。
『手は尽くしましたが、非常に不安定な状態です。もしこのまま目覚めなければ――』
出動中、犯人確保まであと一息というところでワイルドタイガーにプロデューサーから通信が入った。病院からの連絡で、鏑木巴の容体が急変し意識不明の重体だと。
ワイルドタイガーは現場を放棄。すぐに病院へかけつけ、医師から絶望的な言葉を告げられた。
マスクから漏れる酸素の音。感覚の遅い心電図の音。死の音だ。ここには今静かに死が沈殿していき、愛する人を沈めようとしている。
「ママッ」
「巴さん……!」
楓と安寿も到着した。四歳でも、母親がなにか大変なことになっていることぐらいわかる。楓は声こそあげなかったものの、ボロボロと涙をこぼしてベッドのシーツを掴んだ。
「楓、」
虎徹は優しく娘を抱き上げて、楓が母親の顔を見れるようにする。最初は安寿に頼んで別室で楓を寝かせておこうかとも思った。だが、意識がなくとも声は届くという。ならば
「楓、これからパパと、ママの目が覚めるように応援しよう」
「おう、えん?」
「そうだ。ママはな、本当は今すごく起きたいんだ。起きて、楓をぎゅって抱きしめてやりたいんだ。でも起きられない。だから、ママが起きられるように二人で頑張れって応援しよう。な?」
落ち着いた声で語りかけると、楓は泣きやむ。「わかった」きゅっと表情を引き結んで、楓はうなずいた。
「ママ、がんばって! かえでのこと、だっこしてほしいよ」
虎徹は椅子に座ると、片方の手で娘を支え、片方の手で妻の手を再び握りしめた。
「母さん、母さんも頼む」
「もちろんさ」
安寿もパイプいすを出すと、虎徹の隣に座った。
「巴さん、しっかり。楓がね、逆上がりができるようになったんだよ。見たげておくれよ」
「そうだよ! まだともだちでも、だれもできないんだよ。わたし、いちばんにできるようになったの!」
瞳をきらきらさせて自慢する少女の瞳には、もう憂いはない。ただ母親に起きて欲しい、ほめてほしい、抱きしめてほしい。その純粋な想いだけだった。
「そうかあ、そりゃあすごい」
「ママがおきたら、パパもいっしょにみてね」
楓はしゃべり続けた。逆上がりはできるようになったが、まだ逆立ちができないこと。自転車に乗る訓練を毎日していること。育てている花が咲いたこと。転んでお気に入りのブラウスを破ってしまったこと。そうしたらパパが新しいお洋服を買ってくれたこと。
少女が一生懸命語りかける話は、特別でもなんでもない、たわいのない出来事だった。けれども、そのひとつひとつは、彼らにとってかけがえのない大切なことだ。
「ママ、いまいったことぜんぶ、ママと、それからパパといっしょがよかった」
あんなことがあった、こんなことがあったと嬉々として話していた楓の表情が、突然曇った。
「ママ、どうしておめめさましてくれないの」
「楓……。」
とうとう泣き出した娘を、虎徹は両手で抱きしめた。
「ぱぱぁ!」
楓は父親の厚い胸板にすがって、わんわん大声を上げた。虎徹はいさめるわけでもなく、静かに娘の背中を撫でる。楓が、安寿がいなければ、情けないことにもしかしたら自分も泣いていたかもしれない。そして、その涙を受け止めてくれる人はいない。
けれども楓には、まだ、自分がいる。娘には感情を殺して欲しくはなかった。こんな気持ち、小さな子供に抱えさえるには重すぎる。
しばらくして、疲れたのか眠気に抗えなくなったのか、楓は泣きやむと船を漕ぎはじめた。そのまま眠ってもらうよう、虎徹は背を撫で続ける。
「虎徹、」
「ん、ああ、ありがと」
すっかり寝入ったのを見計らって、安寿が楓を引き取った。そのまま虎徹残し、安寿は退出する。
病室に、ふたりぼっち。
「巴、聞こえてたろ。楓、たった数カ月しか俺達と離れてないのに、ずいぶん色々あったろ、できるようになったろ、俺達がいないのに、成長しちまうんだなって、思ったろ。俺も、最初そう思った」
ぎゅっと、血の気のない手を握る。白い手。いつも自分と娘を繋ぎとめていてくれた手。叱ってくれた、優しい手。
「けど、やっぱ違うんだ。だって言ったろ、楓は俺達と一緒がいいって、言ったろ」
だめだ、どうしょもなく、一人で、独りで、声が、震える。泣きたくない、受け止めてくれる人のいない涙は、己を溺れさせる。
「俺達のために、あいつ頑張ってんだ。だから俺達もガンバらねえと、なあ、巴」
なあ。
なんで目、開けてくれねえんだ。
なんで手、握り返してくれねえんだ。
なんで名前、呼んでくれねえんだ。
「巴……っ」
きつく握りしめた冷たい手。白い手。愛おしいはずの手。それが、恐ろしい。恐ろしくてたまらない。けれども、それで、手を離して、しまったら、二度と戻ってきてくれない気がして、握り続けるしかない。
呼吸の音。
心電図の音。
自分の、嗚咽。
「とっも、えッ」
死ぬな、おまえに置いていかれたら、ヒーローなんてできなくなってしまう。だって、こんな誰も守れない手じゃ、ヒーローなんてできやしない!!
それは嫌だ。おまえの好きな、ヒーローでいられなくなってしまう。そんな自分は許せない。それじゃあ永遠に、離ればなれになってしまうではないか。
「俺は、おまえがいなきゃ、」
駄目なんだ――。
そう、訴えようとした声は、虎徹の喉へ引っ込んだ。
「え……」
今、動いた。
動いた、確かに動いた勘違いなんかじゃない、握りしめた白い、手、が、かすかにだが、ほんのかすかにだが、動い、た――動いた、気がする。
「巴っ」
虎徹は両手で白い手を握りしめて叫んだ。
すると、今度は閉じられた目蓋が、薄く震えた。見間違いなんかじゃない、勘違いなんかじゃない。
「巴っ」
虎徹は叫んだ。
「巴っ」
その名を呼ぶたびに彼女がこちら側に近づいてくる気配がした。
「巴!」
「……こまったひと」
蝶の羽根が震えるより儚い声だった。しかし、虎徹の耳にはしっかり届いた。ついで、薄く開かれる、目蓋。
「――っも、え」
ゆっくりと開かれていく瞳に、ぐちゃぐちゃになった顔の虎徹が映りこむ。
「巴、巴……っ」
「もう、なんて顔してるの」
女は虎徹の手を握り返した。それはとても力弱かったけれど、虎徹には充分だった。満ち足りた。
世界に、光が戻った。

容体を持ち直した巴をいったん医者に預け、虎徹は急いで安寿と楓の元へ向かった。楓はぐっすり眠っていたので安寿だけに次第を伝えると、彼女は心底ほっとした表情を浮かべた。最初、入ってきたときあまりに息子が急いでいたのでもしやと思ってしまったではないかと、思い切り背中を引っ叩かれてしまった。
ひりひりする背中をさすりながら、虎徹は眠りについた。

翌朝、三人は改めて巴の病室に訪れた。
微笑む母親の姿に娘は輝かんばかりの表情で手を握り合った。今度来たら抱きしめてもらう約束をして、安寿に手を引かれ楓は幼稚園へ向かった。
再び二人きりになったところで、虎徹も妻の手をとろうと腕を伸ばした。ところが。
「あでっ」
ぺしっと小気味のいい音を立てて、日焼けた男の手は叩き落とされてしまった。
「と、巴さん?」
思ってもみない妻の行動に、虎徹は目を白黒させる。妻の表情は娘に見せていたものとは一変、いや、笑顔は笑顔であったが、目が笑っていない。背筋にうすら寒いものを感じて、虎徹は無意識に一歩退いた。
「ね、虎徹」
ああ、妻に名前で呼びかけてもらえることの嬉しさが、その凍った声音で相殺される。彼女はまさに確実に絶対に怒っている。ものすごく、怒っている。
(俺なんかした?)
心当たりがなさすぎて、夫は妻の出方をみるしかない。へたにどうしたのかなどと聞けば、なぜ分からないのかと返されるのは目に見えていた。
「これはいったい、どういうことかしら」
巴は、さっきからニュースを流していたテレビを指さして言った。視線を移すと、なんとなく見覚えのあるガラの悪い男が映っている。そうだ、思い出した、昨日虎徹が――ワイルドタイガー達ヒーローが追いかけていた犯人だ。ニュースキャスターが緊迫した面持ちで読み上げるニュースに、虎徹はさっと血の気が引いた。
その犯人が現在人質をとって籠城しているというのだ!
「すすすすまん、確かに取り逃がしたというか直前でおまえが危篤だって連絡が入っていてもたってもいられず帰っちゃったていうかその」
虎徹は一気に状況を理解した。
鏑木巴は大のヒーローマニアである。その彼女が、自分のせいでヒーローが犯人を逮捕できなかったなんて事態、あってはならぬことである。ゆえに、
「言い訳無用! 説教はあとでします、とっとと犯人捕まえてこい!!」
「はいぃッ」
病室の扉をびしっと指さした巴に、虎徹は弾かれたように部屋を飛び出した。

虎徹が再び巴の病室を訪れたのは、それから五日後のことであった。本当はもっと早く来たかったのだが、度重なる出動要請に機会を逸してばかりだったのだ。
「さて、虎徹さん」
「はい、巴さん」
天下のヒーロー、ワイルドタイガーは、妻の養生する寝台の隣のパイプ椅子に、肩を縮ませ小さく座り込んでいた。ここが自宅だとしたら、きっと正座していたであろう。まるっきり、叱られる子供のそれである。膝の上で握った拳を見下ろしながら、虎徹は断罪の言葉を待つ。
「私は、とても怒っています。なぜだかわかりますね」
「はい、わかります。俺がヒーローでありながらその勤めを放棄してしまったからです」
よくわからない敬語で答弁が始まったが、いつもの事である。巴は本気で怒ると気持ちを落ち着かせるために、こうしてゆっくり丁寧に話すのだ。つられて、虎徹も敬語になる。
「その通りです。よろしい、しっかり理解し、反省しているようですね。では二度とこのようなことは起こさないと、誓いますか」
「はい、誓います」
嘘だ。もしまた彼女が倒れれば、自分はすべてを投げ出して彼女の元へ駆けつけるだろう。たとえそれで、ヒーローをやめさせられたとしてもかまわない。
こうして怒られるのだって、彼女が生きているから可能なことだ。だったら、何度でも自分はヒーローとして過ちを犯すだろう。
「ですが、もう一つ、私はあなたに言いたい。虎徹さん、手を出してください」
「えっ、あ……」
どういうことなのか、今までにないパターンだ。今までは反省し、二度としないと約束すれば、それで終わりだった。
虎徹はそっと面をあげた。男の眼に、今にも泣きだしそうな妻の姿が映った。
「と、巴!?」虎徹は立ち上がると両手で巴の手を握りしめる。
「私がいなくちゃ、ヒーローできないなんて馬鹿なこと言わないで」
「聞こえて、たのか」
意識が戻る前に語りかけていた言葉でも、伝え聞いた通り確かに本人に届いていたらしい。
「当たり前じゃない。だから、こうして私は戻ってきたのよ」
よかった。諦めず呼び続けて本当によかった。でなければ、今、彼女とこうして話してはいられなかった。
「虎徹、お願いだから思い違いをしないで。あなたの力は人を助けるためにあるわ。けれども、私は助けられない」
「と、もえ?」
なにを言っているんだ、現に彼女は自分の呼びかけで戻ってきたではないか。
「私を助けることができないと、嘆いていてもそれは当たり前のことなのよ。あなたの能力は病気を治すものじゃないもの。だから、自分を絶対責めたらだめ」
「な、なんだそのことか」
内心ぎくりとしながらも、虎徹はそんなことはわかっていると答えた。だが、ふるふると巴は頭を振った。
「違うわ、全然わかってない。あのね、私はね、虎徹がヒーローでなくなられたら、嫌なの。それが一番、あなたが傷つくことだから」
「俺が一番、傷つく?」
「そうよ。私のために、ヒーローでなくならないで」
鏑木巴のためにヒーローをやめるな。
妻の言葉に、虎徹ははっと息を飲みそうになった。さっきの答弁で見透かされていのた。彼女は、虎徹が自分のためならヒーローでなくなったって、いいと考えていることを見抜いている。
「ねえ虎徹。私を『ヒーローじゃなくても鏑木虎徹を愛している』なんて言える人間だと思わないで。いいえ。そんなことを思う人間を、妻にしたいと思っているの? 『あなたのヒーローへの想いを誰よりもわかっている私』を好きなあなたを否定して、あなたはどうやってこの先生きていくの? ヒーローでないあなたは、どうやって生きていくの? ヒーローであることでしか、生きていけないあなたが」
「あ、お、俺は……」
巴の言葉だけが実体化し、この身を打ちのめしたかのような感覚に、虎徹は瞠目し息を詰めた。
「私は嫌よ。あなたは絶対に後悔する。私のせいで、ヒーローをやめたことを、あなたは一生悔いる」
「そんなはずないだろ!」
否定した言葉に、巴ははっきりと首を振った。
「あなたは私を愛するがゆえにヒーローでなくなり、ヒーローとして生きたかったゆえに後悔し、なによりそんな自分を許せなくなるでしょう。好きな人のためと言いながら、結局は後悔している自分はなんて身勝手なのかと」
巴の言葉は、虎徹の深淵を暴き立てた。今は、逆に虎徹の手が巴に握り返されている。
「そんな想い、虎徹には絶対にしてほしくない、ううん、絶対にさせない」
巴の白い頬に、一筋想いが伝った。
「ありがとう」
虎徹はそれしか言えなかった。
自分の見たくない愚かしさも、彼女は見透かし、それでも愛してくれているという事実に心が震えた。己が浅ましさに嫌悪しながらも、それすら愛してくれる存在があることに、虎徹は感謝した。
「ごめんな。ほんと、こんな馬鹿な男でよ」
「ばかね、そんなあなただから、私は好きになったのよ」
だからこそ、あなたはヒーローを捨てるでしょう。私の最期を看取るために、世界の裏側からでも駆けつけるでしょう。たとえ、ヒーローでなくなるとしても。
ごめんなさいね、そうよ、わかってるんだ。私、死んじゃうの、この先も一緒にいられないの、あなたの恨みを受け止めてあげられないの。だから、これから私はあなたがヒーローを続けてもらえるようにしないといけないの。あなたの声を聞いて、このままじゃいけないって、最期の力を振り絞って戻ってきたの。
ごめんね、虎徹。ごめんね、ワイルドタイガー、私の、ううん、みんなのヒーロー。
鏑木巴は、虎徹が去ってから病室にあらわれた夫の上司に、白い手を差し出して微笑んだ。
「初めまして、Mr.ベン。夫がいつもお世話になっています。ワイルドタイガーの妻、鏑木巴です。あなたにお願いしたいことがあって、ここに来てもらいました」

   §   §   §

信じられるわけがなかった。
だって、そんな、昨日会ったときは笑っていた。一緒に笑ってくれた。
握った手の柔らかな感触でさえほら、変わらない。
なのに、どうして彼女は息をしていない――?
「パパァ」
現れた父親に、まっさきにしがみついた娘は、抱きしめ返すだけでなにも言わない虎徹の胸板に顔を沈めた。男はただ、その小さな背を撫でることしかできない。なんて無力な両手だろう。泣きはらして、涙と鼻水でぐしょぐしょに濡れた顔面は、母親がもう二度と目覚めないことを理解していた。
妻の白い、白い、白い手を離し、男は両腕で娘を抱きしめる。安寿が寝台の脇で静かに嗚咽をもらしている。自分が来たことでようやく泣けたのだと、虎徹は理解した。
医師も看護師もいない、三人と一人だけの病室。
そこに、二人で、ずっと二人で虎徹を待っていた。
「巴さんが頼んだんだよ、あんたを呼ばないでくれって」
巴が息を引き取った時刻を聞いて、虎徹は唇を噛んだ。ちょうど、ヒーローTVが生放送で銀行強盗犯を捕える様子を放送していたときだ。もちろん、ワイルドタイガーは真っ先に犯人を捕らえ、最終的に一番多くのポイントを得ていた。
「巴さんね、テレビであんたの活躍見ながら、嬉しそうに逝ったよ。ほら、よくみてごらんなさいよ。なんて幸せそうな顔して、眠ってるようにしか見えないよ」
寝台に横たわる、微動だにしない妻の体は、確かに眠っているようにしか見えない。けれども、楓ですら起きることがないと分かる、その、絶対的な死の感覚。
「ママ、もうおきられないんだって」
「ああ」
父親の胸で散々泣いて少しは落ち着いたのか、楓が呟いた。
「ママとやくそくしたの。ママがゆっくりねていられるように、ゆびきりげんまんしたの」
「なんて約束したんだ? パパに教えてくれるか」
右手の薬指を、楓は立てて言った。
「しあわせになる」
「そうか、」
虎徹は、目を細めその小さな細い、妻によく似た白い肌の指に自分の小指を絡める。
「よし、ならパパも約束するぞ。ママがゆっくり眠れるように」おまえを、絶対しあわせにする。
楓はこくりと頷いて、約束の言葉を歌った。
「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたらはーりせーんぼんのーます、ゆびきったっ」




虎徹へ

この手紙を読んでいる頃には、もう私はいないでしょう、ってすっごい本の中の言葉みたいだね。まさか自分で使うことになるとは思ってもみなかった。
ええと、虎徹に沢山、伝えたいことがあります。
まず初めに、もし虎徹が私の死に目にあえなかったら言いたいことが一つ。私が危篤になっても、あなたを呼ばないように安寿さんと病院の人と会社の人に頼んだのは私です。だから、みんなのことは恨まないであげてください。
あのときの犯人確保ができなかったせいで、ワイルドタイガーへの世間の評価はガタ落ちです。もう一回やったら解雇だってありえたの、わかってたよね。たまたま運悪く取り逃がした犯人が、さらに犯罪を起こしたからそんなことになっちゃっただけだと思ってる? あまーいっ、もしそうならなくても、私は出動中に死にそうになっても、虎徹を呼ばないように頼んでた。
ああ、でも恨むっていっても、虎徹の性格ならまわりを恨むより、自分を恨むんだろうなって思って、すごく胸が痛いです。いくら仕方がないことなんだよって言っても、虎徹は納得しないだろうから。でも、言わせてもらいます。
たとえ私が危篤だって聞いてここにきても、あなたの力では、私を助けられない(実際、助けられなかったでしょ?)。
そんなことよりね、私は、あなたの力で助けられるものを助けてもらったほうが、幸せ。
はい、この二行最低十回は読んで!
私は、虎徹がヒーローしてる姿を見ると、幸せなの。わかる? 私を助けられないって嘆く虎徹なんか、見たって私が悲しくなるだけなの。そんなことより、虎徹がみんなのために活躍してる姿を見るほうがどれだけ幸せか! わかる? つまり虎徹は私をちゃんと救ってくれてるんだよ。お見舞いに来てくれた途中で出動要請があって、ごめんなって言いながら走っていくあなたを見るの、好きだったんだぁ。
私は幸せでした。鏑木・T・虎徹の、ワイルドタイガーの妻で、幸せでした。
私がいなくなることで、虎徹がヒーローでなくなるなんて我慢できないくらい、私は幸せでした。
むしろ謝りたいのは私のほうです。
虎徹をヒーローとしか生きさせられなくてごめんね。私と楓だけのヒーローにさせられなくてごめんね。
もしもずっと一緒にいられたら、虎徹がヒーロー引退しても、ヒーロー一筋の虎徹が抜け殻になんかならないよう、私が虎徹と新しい人生歩めるようにしたんだけどな。
だから自分が死ぬんだなって悟ったとき、本当はあなたをヒーローとして縛るんじゃなく、今すぐいろんな選択肢を選べるように解放してあげたかった。けれど、こんな時間のない私じゃ、できるわけなくて。
かといって、私が死んだらなんにも手につかなくなっちゃうのもわかってるんで、虎徹はヒーローとしてもっと縛られてください。こうしてしまえば、あなたは絶対にヒーローであろうとするのをわかって、あえて言う私を許してね。
私はあなたがヒーローとして生きることを望みます。
どうかお願い、私の最期の願いを叶えて。

 
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