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2011/10/11
ミラ様はじめてのおトイレ
タイトル通りの酷い内容。頑張れ、ジュード……。
[ 初出:2011/09/18 コピ 4P 無配 ]
産まれて初めて、食事というものをした。
「とても、おいしかった」
ミラは呟いた言葉をなぞるように、そっと唇に指先をあてた。ジュードは、確かマーボーカレーと言っていたか。空腹という絶望にさした一筋の希望の光。大げさな例えだが、あまり負の感情を体験してこなかったミラにとって空腹は目の前が真っ暗になるような事態であり――事実、くらくらしすぎて倒れた――それを救ってくれたジュードの食事は、まさに希望だった。
疲れる、という感覚もきっと初めて実感した。それで今日は腹が満たされると机に突っ伏して眠ってしまったが、眠りというのも初めてだった。あの満腹という幸福に付随して強烈に引き起こされた感覚。あれが睡魔というものだろう。抗えなかった。そうして、気づいたら宿の寝台に眠っていた。運んでくれたのはアルヴィンだろう。ジュードを抱えてあの跳躍。なれば、この身一つ寝台へ運ぶなど造作もない。
「ふぅむ」
そして、今感じて起きた身体の妙な落ち着きのなさも、産まれて初めてのものだ。てっきり朝までぐっすり眠れるものだと思っていたが、やはり本で読んだ知識より実体験は勝る。現象を理解できても感覚は理解できていなかった。
なので、このもぞもぞむずむずする、いてもたってもいられない感覚がなんなのかわからない。
「仕方がない」
ミラは寝台から起き上がると、そっと寝静まる宿の廊下へでた。いったんフロントへ降りてジュードの部屋の場所を聞く。きっと寝ているだろうが、こちらもむずむずもぞもぞを解決しないことには眠れない。人間は疲労を睡眠で回復させるという。精霊の力がない今、この体は人間のそれだ。明日ニ・アケリアへ行くのに眠れず疲労が溜まっていたら困る。
(許せ、ジュード)
ミラは心の中で一言謝罪すると、ノックをする。控えめにしたつもりだったが、夜の静まり返った廊下に意外と高く響いた。
「はーい、どちらさまですか」
さらに意外なことに、中から応答があった。
「私だ、ジュード」
「え、み、ミラ!? ちょ、ちょっと待って」
なにやらごっとんがったん音がした後、ジュードが扉を開いて顔をのぞかせた。
「すまないな。寝ていたのだろうが、どうしても君に聞きたいことがあってきた」
「ううん、まだ寝てなかったから大丈夫。気にしないで。それより聞きたいことって、ええと……な、中入る?」
「うむ、そうしてくれるとありがたい」
上目使いでうかがうように聞いてきたジュードに、ミラはなんの気負いもなく答えた。
「じゃ、じゃあどうぞ」
ジュードに案内され、ミラは部屋に入る。椅子は一つしかないので、ジュードは寝台に座るとミラに椅子をすすめた。しかし、なにかこのむずもぞは下腹部から発せられているようで、座る気にはなれずミラは断った。
「どうしたの、ミラ」
落ち着かない様子にミラにジュードが心配そうに尋ねる。
「うむ、実はな。どうも体がむずむずするというか落ち着きがないと言うか、いてもたってもいられなくて、寝ていたのに起きてしまったのだ」
「えっ、そうだったの。どうしたのかな。ええと、熱はないようだし……むずむずするって、体全体が?」
ミラが身体の不調を訴えるなり、立ち上がると医学生らしくジュードは額に手をやったり他に異常がないかミラを診てまわる。一周されて、正面に立ったジュードに、ミラは指をさして答えた。
「このあたりが特にむずむずする」
「えっ。」
指をさした箇所に、ジュードは瞠目する。
「あ、あの、さ、ミラ。聞きにくいんだけど、いいかな」
「なんだ。かまわない。人間の病気について君は詳しいだろう。私の体の異常は使命の遂行に関わる。忌憚ない意見、質問をたのむ」
ジュードは驚くなりすぐにうつむいてしまって、ミラからは表情が見えない。ただ、声の調子が本当に気おくれしていて、なにか悪い病気なのかとミラは考えてしまった。
「あ、あの、それじゃあ聞くけど、怒らないで、ね」
「ああ」
怒る? ミラは首を傾げたが、とりあえず返事した。すると、ジュードは面をあげる。どうしたことだろう。彼の方が熱があって具合でも悪いのではないのだろうか。顔が真っ赤だ。
「ミラってさ、お手洗い行ったこと、ある?」
「オテアライ? 手を洗ったことならあるぞ」
「そ、そういう意味じゃなくて!」
「ジュード、どうした。君こそ熱があって具合が悪いのではないか? 耳まで赤いぞ」
「僕のことはいいから!」
指摘すると、ジュードは声を荒げた。これが逆ギレというものだろうか。医者の不養生とはいったものだな。などとミラは見当違いのことを考える。
ジュードは何度か唇を開いては、閉じる。それが十数秒続いたのち、きゅっと唇を引き結ぶと覚悟を決めたように眦を釣り上げ、ジュードは叫んだ。
「ミ、ミラは今までおしっことかうんこしたことあるかって聞いてるの!」
「おお。ないな」
あっさりと。あまりにもあっさりと葛藤なくミラは答えた。
「そうか、なるほど。これが尿意というものか」
「わかったなら! すぐトイレに行ってッ、我慢するとそれこそ本当に病気になっちゃうから……」
感心し、むしろ感激すらしているミラに対して、ジュードの叫びはだんだん尻すぼみになっていく。なぜか目じりには涙が浮かんでいた。そんなジュードに追い打ちをかけるように、ミラは言う。
「教えてもらって助かった。だがもう一つ問題がある。トイレの使い方を教えてくれ」
「え、えぇえええええ!!!?!」
ミラのとんでもない申し出に、ジュードは再び叫んだ。
「みみみみみみみみらなにいってるの」
「仕方ないだろう、食事風景は見たことがある、つまり食べ方は真似ができた。が、こっちは見たことがない」
「そ、そうだけど、で、でもさすがにそれはできないよ!」
「無理か? おかしいな。確かに私は女で男の君と体の造りは多少異なるが、医学を学んでいたジュードにはきちんとした知識があるだろう。用具の説明さえちゃんとしてくれれば、私は大丈夫だ」
「へ? あ……あっ!? そ、そうだよね!」
ミラの言葉に、ジュードはほうける。だがそれも一瞬のことで、ジュードは途端平静さを取り戻した。
「う、うん。そう、そう、そうだよね。うん」
ミラへ問いかけるというより、必死に己に言い聞かせる呟きに、ミラは怪訝そうに眉を寄せた。
「ジュード?」
「だっ、大丈夫、大丈夫だからなんでもないから! え、ええと、じゃあとりあえずこっちきて説明するよ」
逃げるようにトイへ向かったジュードの後にミラは続く。
これがトイレットペーパーだとか、終わったらレバーを引いて水で流すだとか、いっそ事務的ともいえる口調でジュードは一通り説明する。
「ふむ、助かった。じつはもう限界なのだ。部屋へ戻る時間が惜しい。借りるぞ」
「ちょ、待って、うわあっ」
止めようとするジュードを小さな個室から追い出して、ミラは鍵をかける。
数分後、トイレから出たミラは部屋の隅にしゃがんで耳を覆い小さくなっているジュードを発見するのだった。

おわり
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