pele-mele

再録

  • However
    三部開始前。一ヶ月ニートしてたルークが外へ出るきっかけの話
  • Call me ☆ Darling
    現代パロ。アッシュとルークがカメラ付携帯電話で(以下略
  • マリオネットラヴァー
    アッシュがルークを操って(以下略

書き下ろし

  • 便利連絡網の憂鬱
    突然アッシュが見えない・聞こえい状態になったルークの話。


『便利連絡網の憂鬱』
一瞬視界がブレたかと思うと、金属を無理矢理締めたような痛みが脳内を走る。世界はノイズまみれに気味悪く変色し、頭痛の度合いに反比例して次第に平常になる。しかし、どこか水の中から眺めるような、現実味のないものだ。
脳の代わりに不快が頭の中にあったら、こんなふうになるのかもしれないと、ルークは顔をしかめながら思った。
だがこの苦痛を耐えなければ、アッシュの声は聞こえない。
異変に気付いたパーティーが、街を歩く足をとめ、少年を気遣わしげに見やる。おぼつかない足取りでニ、三歩くが結局膝を折った。
――おい、
鼓膜を震わさず伝えられる声は、機嫌がよかったためしがない。それでもルークは健気にも一語一句聞き漏らさぬよう、自分と同じ、けれども違う音に集中する。
初めは声に出して受け答えしていたが、そのようなことをしなくても考えればその通りに伝わると知った今は、話しをしていても、一見気分がすぐれず座り込んだようにしか見えない。判明する以前は一人で空中に向かって言い争っていたりと、はたから見れば『頭おかしい奴みてぇ』だったので、随分ありがたくはある。
だが、たとえ頭蓋骨にドリルで穴を開けられる気分を味わおうが、周囲に奇異の目で見られようが、声を聞ければルークはどうでもよかった。
会えること自体が少ないのだ。それが声だけでも伝わるのだから、贅沢など言っていられない。
いくつか連絡事項を伝えられ、繋がったとときと同様、同調は唐突に切れた。
甘い言葉も、気遣いすらも、ない。
それでも少年は満足だった。
少し前までは、確かに。いや、違う。何を言っている。今もそうだ。自分は、喜んでいるのだ。
「宝珠は見つからなかったのか?」
「うん。また空振りだから、他の場所を探しに行くってさ」
ガイの問いを、ルークは立ち上がりながら肯定する。脂汗を滲ませた額に、ティアがそっとハンカチを押し当てた。
「ちょっと早いけど、今日はもう宿をとりましょう」
「えっ、大丈夫だって。それにまだ買い物も終わってないだろ。俺のことは気にしないでさ。むしろアッシュと話せて嬉しいくらいだし」
ルークはぐっとこぶしを握った。
「ここのところ、ずっとアルビオールで行動していましたし、無理はよくないですわ」
「ええ、年寄りには堪えますから、早く休みたいものですね」
王女の言葉に、死霊使いも便乗する。
「さんせーい。アニスちゃんのかわいい足が、むくんじゃって超ヒサーン」
「みんな……」
ルークはくしゃっと表情を丸めると、仲間の言葉に甘えることにした。

*   *   *

夕食もそこそこに、寝台に倒れるようにして横になると、ずしりと四肢が沈みこむのがわかった。いきなり鉄に変った腕や足が、体の自由を奪う。もう指先すら動かしたくないというのに、ルークは体が軽くなるのを感じだ。
同室のジェイドとガイも、久しぶりの柔らかい寝床に頬がゆるんでいる。
「じゃあ、明かりを消すぞ」
ガイが音素灯を切ろうとスイッチに手をのばした。返事をするより先に、ルークの意識は眠りの淵に沈んだ。
なのになぜか、音素灯の切れる音が、やけに大きく頭に響いた。
――ぶちん■



ルークが起きたのは、朝というには随分遅い時間だった。当然、他の二人は隣で寝ているはずもなく、少年は改めて自身のいぎたなさにため息をつく。
寝台から降りると、昨日は丸太だった足が柔軟に体重を受け止め、しっかりと床に立った。
服を着て顔を洗い部屋を出る。仲間を見つけようと宿の中を歩き回っていると、カウンターの前で宿屋の主人に呼び止められた。
「おはようございます。お連れの方でしたら、街に出ておりますよ。お昼には戻るそうです」
少年は一言礼を言うと、もと来た道を引き返した。彼らが戻ってくるまであと一時間もないだろう。ならばむやみに探しに行くよりも、部屋で大人しく待っていたほうがいい。腹は減ったが、今すぐ何か買いに行きたいというほどでもない。
(まぁ、俺が寝坊して朝食いっぱくれたのが悪いんだし)
少年は、備え付けの水差しからぬるくなった水を注ぎ、テーブルの上に置いた。そしてイスを引こうとしたとき、それはやってきた。
「っ、」
部屋が曲がる。足元が揺れて、手をかけていたイスごと少年は倒れた。神経がヤスリをかけれられ、きりきりとほつれていく。痛いというより、熱い。いや、冷たい。
体は不調を訴えているのに、反対に心は比例してほてっていく。
(痛いのに嬉しいなんて、俺ほんと変態みてぇ)
自嘲気味に笑うと(実際は細く息をはいただけであったが)ルークは耳をそばだてた。
――■■■、■■■。
視界も思考も音もノイズだらけのなかに、一箇所だけ空白がある。
――■■。■■■■、■■!?
静かで心地いい。無音は、知っているリズムでルークの脳を過ぎ去る。
ああ、そうだ。これはアッシュだ。
でもどうして、ちゃんと音として聞こえないのだろう。
――■■■■■■、■■■。
最後に何事か無音が言って、同調は/ぶちん/切れた。
(あれ、またあの音だ)
音素灯が消える音とともに、ルークは気を失った。