・ ・ ・ 「……なにから話そうか」 ルークはコップを置くと、机の上で組んだ指に視線を落とした。いつも堂々としている彼らしくもない。 「そう、だな。――以前、声が聞こえると言ったことがあったろう」 「はい」 「俺はローレライの同位体だが、そのせいか時々ローレライから話しかれられることがあるんだ」 その言葉を聞いたガイの瞳が、大きく見開かれた。 そういえば、時々なにかに耳をそばだてているような仕草をしているときがあった。あれはローレライの声を聞いていたからなのか? 誰にも聞こえない声が聞こえるなどと、聡い子供であったルークには決して他人には言えなかっただろう。たとえそれがローレライの声であっても、人外のものの声を聞くという行為は不気味だ。 「会話ではない。いつも断片的で、言っている言葉はわかっても、意味はわからない。時々、出来事が終わった後で『ああ、このことを言っていたのか』と思うことがあるくらいだ」 それが、ついこの間会話が出来た。 一息吸って、ルークは神妙に呟いた。自然と声が低くなっていく。ガイは少し身を乗り出した。 「だが、声はローレライではなかった。しかし感じはまったく一緒で、途中で、やっと自分自身の声だと気付いた」 ――もし、望むなら一年間だけ助言を与えよう。ただしそれは預言に反することだ。世界中を敵に回しておまえは世界を救うか、預言に沿ってキムラスカの繁栄の基礎となるか。選べ。 「答えられなかった。預言にはキムラスカの繁栄が約束されているという。だがそれを俺一人の行動で棒に振ってしまうなんて、俺は我慢ならなかった」 たとえ父に道具としかみなされていなくても、公爵の息子として育ち、それが全てであるルークにとって、キムラスカの繁栄はこの身を削ってでもなし得なければならないことなのだろう。 ガイは唇を噛んだ。公爵が、周囲が、そして自分が。ルークをそのように育てた。 「俺の声は、ずっとそれをくりかえす。世界を救うとは、どういことなのか、聞いても選ばなければ答えられないという。言われて動くのではなく、よく自分で考え、判断し、納得したうえで下さなければならない答えだからと。もっともだ。俺は今まで公爵の息子としてしか生きていない。預言に逆らい、祖国に逆らうことなど、世界を救えを言われてもきちんと行動することが出来ないだろう」 ルークは、手から視線をあげ、ガイを見据えた。 「このまま俺はキムラスカの為に死ぬのだとしても」 「――っ」 ガイは息を呑んだ。やはり、聞いてよかった。もしここで聞かなければ、預言に殺されることを知っていてもルークはキムラスカの為に死を選んだだろう。止められるのは、自分しかいない。 「そんなに驚くな、冗談だ」 ルークは苦笑したが、ガイはそれが真実だと知っている。いや、むしろそこまで話していて嘘をついたルークに衝撃を受けた。 「預言はこの世界を動かしている根幹だ。それに逆らうなんて、考えたこともない。一人で世界を救うなんて、俺には……無理だ」 ガイの知る限り、ルークが弱音を吐いたのは初めてだった。ルークは、死のうとしている。国の為に、個ではなく公として自身の命で貢献しようとしている。たった、十七歳の子供が。ずっと死ぬために生かされてきた子供が、文句もなく受け入れようとしている。いや、今、たった独りいるではないか、本当の、小さな一人のルークという少年の心を聞ける存在が。文句なんてないはずがない、だから今、こうやって話しているのではないか! 「無理なんかじゃありませんっ」 「ガ、イ……?」 突然席を立った使用人をルークは茫然と見上げる。 「このまま黙って、貴方は死ぬんですか!」 「ガイ、だからそれは冗談だと」 「嘘です。プライドの高いルーク様が、俺にこんな話をするはずがありません。死ぬとわかっていなきゃ、ルーク様がそのように弱気な発言をされるはずありません」 「買い被り過ぎだ。俺だってたまには気弱いことも言いたくもなる」 「いいえ、俺は十年以上も貴方を毎日見てきました。ルーク様は常に公爵の息子であられた。一度として、先ほどのように『無理』などと言われたことは、ありませんでした」 ガイの気迫に押されたというより、驚いてルークは言葉を失った。ガイこそこの十年ルークに反論したこともなければ、強く出たこともなかったのだから。 それは当のガイにもよくわかっていた。 全部、わかってしまった。 ルークの話しを聞きながら、一度として自分は彼を殺そうと思っていない。むしろ、自分の故郷と同じく預言によって見殺しにされるルークを、救いたいと思っている。 否定しても否定しても、否定しても否定しても。開けてしまった箱は閉じない。たどり着いた答えは消せない。 なぜ、自分はホドを滅ぼした張本人であるファブレ公爵でなく、息子のルークを殺すことにこだわっていたのか。 ルークは自分の映し鏡だ。自分が失ったもの全てを持っていたはずだった。貴族としての責任も、守るべき民も、家族も。だから羨んだ、妬んだ。けれども、ルークは一切を持ち合わせていなかった。羨みも妬みもなくなって、純粋に残ったのはなんだ。 十三年間、毎日、共に過ごした。仏頂面が可愛くないと思っていたのに、笑いかけてくれるようになった。決して人前では泣かなかったのに、朝腫れた眼元を見付けた。 明確な答えはでていたのだ。 なのに、だから、殺すことにこだわったのは、ルークを失いたくないと思うことは、ホドへの裏切りだったからだ。 元凶を消してしまえば、裏切りではなくなる。ファブレ家に復讐してルークが悲しむのを見たくないなら、最初に殺してしまえばいい。許されないことをしてしまう前に。 けれども、ようやく認めよう。 「預言に背くなんて、無理だ」 「いいえ、無理なんかじゃありません」 青年は、力なく腰掛ける少年の隣に立った。 「一人で世界を救うなんて、無理だ」 「いいえ、無理なんかじゃありません」 青年は、力なく腰掛ける少年をそっと腕で包んだ。 暖かい、生きている人間の感触。預言という糸に操られる人形じゃない。ルークは、人間だ。 「預言が貴方を殺そうとしても、俺が貴方を死なせない。ルークは一人なんかじゃない。俺がいる」 ホドを見殺しにした世界が、今度は彼を殺そうというのなら 「俺が必ず、守ってみせる」 ・ ・ ・ |