フェアリィハント 〜 はっぺーが目標のユリデュ合同誌

目次
04〜「恋愛相談室」長月亜稀-羊堂
13〜「無制限幸福譚」 ヨスガラヒネモス-Littera



「恋愛相談室」



日が傾いた頃、デュークが戻ってきた。扉の開く音で目が覚めたユーリが、緩慢な動作で身を起こす。
「おかえり」
「……ただいま」
戻ってきたデュークの声は、決して明るいものではなかった。いつも明るいのかと言えばそうではないが、今のは明らかに暗かった。
「どうかしたのか?」
「いいや」
短く返され、ユーリは困ってしまう。言葉が短いのはいつもなのだが、以前ならそれに付随する何かを感じることができた。疲れているだとか、お腹がすいているだとか、そういう「何故暗いのか」という理由を推すための何か。
「そうか。だったらいいけど」
次の一言が、続かない。ユーリはすぐに言葉を探すことを諦めてしまう。無言が漂う、最近の定番だ。
「(これじゃあいけない)」
ユーリは慌てて、眠りに落ちる前に考えていたことを思い出す。デュークにここに住むための役割を与えるということだ。
「なあ、デューク。家事手伝ってみる気ないか?」
「家事?」
「そう、今俺が全部やってるだろう。だから、お前もやってみないか? って」
「私が、か」
「俺が俺に「家事やってみないか?」なんて問うわけないんだからお前しかいないだろう」
「それもそうか」
「で、返事はどうなんだ?」
「……考えさせてくれ」
「そうか」
デュークにしては回答の歯切れが悪い。二か月前のからの変化に関係あるかは推せないが、先ほどまでの外出では何かが起こった。ユーリはそう思い、なにがあったのかを考える。本人に聞けば早いとわかっているが、それをしないのがユーリのデュークに対する遠慮だろう。
「(誰に会ったのかを訊くのは、心の狭い男だと思われる。何をしてきたのかを訊くのは、デュークを信用していないと思われる)」
「ユーリ? 黙り込んでどうした」
「いや……」
「何もないようには見えないが、言いたくないのならば仕方ない。無理に訊くことはしない」
ユーリがデュークに問うことをしないように、デュークも深く問うことはない。だがそれはユーリのような遠慮ではなく、深く問うことでユーリが言いにくくなることを知っているからだ。言葉を濁すときは、大抵言いたいことが言えないということぐらい、デュークだって知っている。本当に言いたいことならば、待っていればユーリがお決まりの言葉と共に言い出すことも。
デュークは、ユーリの隣に座る。
「やっぱり」
隣に座ったデュークとは目が合わないよう、ユーリはうつむいてボソリと続きを口にする。
「ちょっと、訊きたいことがある……お前は、俺にどうしてほしいんだ?」



無制限幸福譚

凛々の明星にお化け退治の依頼があったのは、星喰みの脅威が去ってひと月もたたない頃だった。
依頼主はハルルの村長。近頃亡霊がハルル一帯、復旧作業中のアスピオやエフミドの丘で目撃されるらしいとのこと。白くもやもやした血塗れの人影がふらふらしているのを、もう何人も見ているらしい。
「よう、エステル。元気か?」
まずハルルに到着した凛々の明星は、村長に会い正式な依頼を受けた後、同じくハルルに居を構えるエステルを訪ねた。
「ユーリ! ジュディス、カロル、それにラピードも。今ちょうどリタも遊びに来ているんですよ。さぁ、どうぞ上がって下さい」
玄関先で元気良くエステルが一行を迎える。皇女という身分ではあるが、質素で小さな家だ。入ってすぐ、居間のテーブルセットにリタが座っていた。互いに軽く挨拶し、席につく。
「新しくお茶をいれてきますから、ちょっと待ってて下さい」
「手伝うわ」
ジュディスが席を立とうとするが、エステルはすぐだからと断り奥の台所へ消える。
そして言葉通り、一分もしないうちに盆へカップとポットとクッキーを乗せて戻ってきた。
「まだ蒸らしている途中なので、もう少し待って下さい。先にお菓子をどうそ」
「ほんじゃ、お言葉に甘えさせていただきますかね」
皆がエステルの手作りであろうクッキーに舌鼓を打つ。旅を始めた頃より、随分腕が上がった。エステルもそれは重々自覚しているようで、美味しいと口々に褒めるかつての仲間に嬉しそうに笑う。
「それで? あんた達のことだから、ただ遊びにきたわけじゃないでしょ。何の用」
リタはクッキーを充分食べていたのか、新しく注がれた紅茶を一口飲んだだけで、まだ相伴に預かっているユーリ達に質問する。つっけんどんな言い方は相変わらずだが、別に邪険にしているわけではない。証拠に、彼らの誰とて不快に受け止めた者はいない。むしろ、クッキーにうっかり用件を忘れていたようで、カロルはそうだったと慌ててエステルとリタに向き直る。
「実は、最近この辺りで目撃されるお化け退治の依頼があったんだ。ねぇ、二人とも何か心当たりない?」
お化け。その単語を聞いただけでリタの眉間にシワが寄る――はずだった。が、彼女の口から出たのは失笑だった。
「リ、リタ……?」
少年が恐る恐る、笑う少女に呼びかける。
「馬鹿ね、お化けなんているわけないじゃない」
非現実的なことは認めない、とまだ言うかと思いきや、続けられた言葉に一同は目を点にした。
「デュークよ、それ」



半刻程して、落ち着いたデュークはユーリの胸にうずめた体を起こした。といっても、ユーリは腕を解いておらず、二人の距離はごく近い。
「みっともないところを見せてしまったな」
「気にすんなって」
そのまま離れようとするのなら、ユーリは大人しく解放するつもりでいた。が、一向にデュークはユーリに抱きしめられるがままになっている。いや、むしろ。なんと抱きしめ返されたではないか! 背と、反対側のため足りずに脇腹どまりの腕。
今まで取り立てて意識していなかったのに、急に目の前の存在感が膨れ上がった。洗い立ての香る髪。シャツ二枚で隔たれた肌。なによりその、すぐそこにある、顔。
「おまえとこうしているのは心地がいい」
(うわ)
摺り寄せられた頬に、ユーリはすっかりのぼせあがった。もとから早鐘を打っていた心臓は相変わらずだが、体温が急激に上がった気がした。きっと今、自分の顔は赤い。手の平は汗をかいて、呼吸が少し速まる。
ユーリ・ローウェル二十一歳心も体もまっとうな健全男子。好きな相手とこんな状態になってしまって、我慢できているのは奇跡としか思えない。己の性格なら、すぐにでも押し倒しているはずである。
だが、ある一つの理由から行動を起こすまでにはギリギリ至らない。
「俺もデュークとこうしていられるのは嬉しいけどな。俺、まだあんたから肝心の言葉聞いてねーんだけど」
耳元で拗ねたように囁くと、男が笑った気配がした。
「   」
重低音が、かすかに鼓膜を震わせた。ユーリ以外には誰にも聞かれたくないとでもいうように、小さく、けれど大切に込めた一言。
「やっと聞けた」
ユーリは摺り寄せられた頬からこちらの頬もずらし、代わりに唇をあてがう。片方の手を、長い銀糸の髪をかき上げて頭に添えた。デュークは逃げない。青年は一旦顔を離し、男を見つめた。
このまま触れ続けてもよいのだろうか。確たる気持ちを聞いたのに、まだ迷っている自分にユーリは驚いた。
見つめ返される赤い瞳に、自身の顔が映っている。そのまま、ずっとその瞳に自分を映し続けて欲しい、むしろ自分以外は映さないで欲しい。唇に乗せる名は己が名前だけであって欲しい。触れるのも、聞くのも、感じるものは全て。
一つ満たされれば、叶えられれば、もっともっと欲しくなる。やはり人間は愚かだと彼は言うだろうか。
「デューク、」
平静を装うことは出来なかった。発した声が震えていた。
「どうした。ユーリのしたいようにすればいい」
デュークは首を右に傾ける。
「でも、そうするとあんたに嫌われるかもしんないんだけど」
そんな事も無げに言われても。この男はこれからされることをわかって言っているのか。確かにデュークにあれそれしたいが、嫌われてしまうようなら我慢できる。
「おまえは私が嫌うようなことをしたいのか?」
今度は左に傾けた。ちくしょう、いちいち可愛い。おかげでよけい言いにくくて、言葉を濁す。
「デュークの嫌がることはしたくないけど……」
「ユーリらしくもない。言え。具体的にどうしたいのだ。おまえが悩んでも仕方ない。嫌かどうかは私が決めることだ」
「いや、まぁ、それもそうなんだけどな」
確かに、言っていることはもっともだ。が、直球で『デュークとセックスしたい』と伝えられるわけがない。『セックスとはなんだ』なんて、聞き返された日には目も当てられない。
(やべぇ。嫌われる以前に、むしろそっちの可能性の方が高い気がしてきた)
ありえる。大いにありえる。どうしよう、なんだか泣きたくなってきた。
(ははは、むしろそれなら『実地で教えてやるよ』とかどうだ。って馬鹿か俺は。かえって来いユーリ・ローウェル)
一人ボケツッコミが虚しく心を張り倒す。ああもう、本当に泣く。青年は熱くなる目頭を押さえた。
すると、なかなか口を割らないユーリに、なぜそこまで悩むのか理解できないとデュークは呆れたように呟いた。
「もし私と生殖行為がしたくなったというのならすればいい。遠慮する必要はないぞ」
今、何か口に含んでいたら、それはもう華々しく噴出していただろう。ユーリは目をひん剥いてデュークを注視した。
「なんだ、違ったか」
「違わない」
ぶんぶんと頭を振り、ユーリは否定する。
「デュークがそういうこと知ってるうえに、かまわないなんて言って、ちょっとびっくりしただけだ」
「そこはかとなく失礼だな」
「すまん」
だが本当に意外だったのだ。知っていたまでは、まぁよしとして、推奨(?)されるとは思ってもみなかった。
さて、これで本当に「遠慮する必要」はなくなったわけであるが、
(やっぱ無理!)
躊躇する要因は全て取り去られたというに、まだユーリは行動に移れない。なんというか、降りたての白い雪原に足跡をつけるような、うつくしいものを汚してしまう罪悪感があるのだ(むしろ汚すことに快感を覚える感性の持ち主でなくてよかった)。
(大切だから手が出せねぇってか。俺も随分純情になったもんだな)
「ユーリ?」
再び考え込む青年に、男は心配の色が滲む声をかけた。
「いや、うん、確かにデュークとはしたい……んだが、あんたを俺の欲望で汚すようで、デュークのことは大事にしたいから、つか、あー……そう言えば聞こえはいいが、要するにかっこわりぃけど尻込みしてんだ」
「ユーリ……」
また呆れられるかと思ったが、ふわりと眼前を覆った顔と唇の感触に、ユーリは固まった。
「ありがとう」
ほんの一瞬しか触れていない唇に、まだ甘い感触が残っている。礼とともに微笑んだデュークに、ユーリの何か色々抱えてた面倒くさいことが、異次元の彼方へすっぱりさっぱりきれいに消えた。
「デューク!」
「!?」
ユーリはデュークの肩を掴んでいた手で、そのまま男を押し倒した。白いシーツに銀糸の髪が広がる。はっと見開かれた赤い瞳が青年を瞬きせず見上げていた。
「好きだ! あんたは俺が幸せにするって約束するっ」
「やく、そく」
「ああ、そうだ。約束だ。もうあんたを縛る約束は、俺との約束だけにしてくれ」
肩の手を頬に移動させる。自分は、きっとものすごく必死な顔をしているに違いない。けれども、腹をくくった気持ちを伝えたい。
「わがままな男だ。だが、悪くはない」
頬の手に手を重ね、デュークは頷く。
ユーリは顔を近づけ、とうとう己からデュークの唇へ重ねた。