騎士団長と首席未満




「申し訳ありません。アレクセイ様、もう一度今の言葉、おっしゃって下さいませんか」
「今度、一緒に夕食を食べに行かないか」
「申し訳ありません。アレクセイ様、今の言葉もう一度おっしゃって下さいませんか」
「今度、一緒に夕食を食べに行かないか」
「アレクセイ様、申し訳ありませんが今の言葉をもう一度おっしゃって下さいませんか」
「今度、一緒に夕食を食べに行かないか」
「もうしわ、」
「シュヴァーン。」
男は苦笑交じりにまず名前で相手の言葉を制し、次いで頬をつねった。
「とりあえず、落ち着きなさい」
「もうひわけごひゃいまふぇん」
発音は不明瞭であったが、シュヴァーンの謝罪はきちんとアレクセイに届いた。頬から手が離れる。
「なるべく近日中に実現させたいとは思っている。しかし確約はできない。しばらくそちらの予定を融通できるようにしてくれるとありがたいのだが」
「了解しました。いつでもお声掛けいただけるようにしておきます」
「すまないな」
元気よく答える青年に、男は表情を曇らせる。こちらのわがままに付き合わせてしまって申し訳ないと、口に出されずともシュヴァーンはアレクセイの心中を理解し、とんでもないと否定した。花のように表情をほころばせて青年は言い切る。
「そんな、謝らないでください。当然のことです。団長になられたばかりで、お忙しいにも関わらずお誘いいただけるなんて、それだけでも俺は嬉しいです」
「シュヴァーン、ありがとう」
「わわっ、アレクセイ様!?」
人目もはばからず男は青年を全力で抱きしめた。わたわたとシュヴァーンの肘から下が奇妙な動きをとる。
「おまえら恥ずかしいから廊下でそういうことするのやめろまじで」
イエガーがアレクセイの去ったのち、シュヴァーンに本気で苦言を呈した。
いくら逢えないからといって、たまたま城内の警邏中すれ違ったときに伝言はともかく抱き合うな。ていうか手紙とかそういうのあるだろあの色ボケ団長。
「おまえも頬緩めてるなよ。評議員にでも見られたらどうすんだ」
この馬鹿。
「そんなこと俺に言われても」
同僚に散々罵られ、騎士はむっとしながら答える。反論はできないが、だからといって言われっぱなしでは気が治まらない。
「でもでも、やっぱり予期せず逢ったら嬉しいし、誘おうと思ってたら聞いてみるだろ」
恋人なんだから。
「はははシュヴァーン爆発しろ」
自分で口にしておいて頬を染め「わあ言っちゃった恥ずかしい」と顔を覆っていやいやする同僚に、イエガーが笑顔に青筋を浮かべて呪った。
「おまえが時練爆鐘使えるようになればな」
シュヴァーンもすぐに幸せオーラを散らし、負けじと応戦する。
「あんな陰険な技使えなくたって、俺は一向に構わない」
「はん、陰険が今更陰険要素下げようたって、たかが知れてるっつーの」
「俺のどこが陰険だよ」
「顔が。」
「………………………………………………今度勝手に魔物に突撃してっても、ぜってえ援護してやらねえ」
「任務に私情を持ち込むのは大人気ないぞ」
(今俺がこいつを殴っても、全世界から許されるだけでなく、それどころか祝福される自信がある。有り余る)
「あっ、イエガー待てよ〜」
シュヴァーンより多少大人なイエガーは、一方的に口喧嘩を切り上げすたすたと警備の道順を歩き出した。
「悪かったって、そんなに怒ることないじゃないか」
追いすがるなり、シュヴァーンは謝る。
イエガーは、絶対口に出さないものの、シュヴァーンのこういうところは賞賛に値すると思っている。明るく素直であるということは、それだけで人を惹きつける。さっきのように結界魔導器の彼方までぶっ飛ばしたくなることもあるが。
この騎士団に、いや、ザーフィアス城にあって、彼のようにまっすぐ自身を貫いているものは稀だ。彼はそんなすごいことをしているなんて自覚はないだろう。ただ、自分の心に思ったことを曲げず表に出しているだけだと。むしろ仮面を被れない点において、素直を欠点と思っているかもしれない。
確かに陰謀渦巻く帝国の中心にあって、偽りを持たないことは自身にも周囲にも、様々なことが良くも悪くも波及する。だが彼は自身を貫くことによって発生する事柄に責任を持つ覚悟がある。
彼が不義を見過ごせず糾弾し、とばっちりで同僚の自分まで不当な扱いを受けたこともある。それでまた怒り出したものだから、こっちがなだめすかして気を治めてもらったこともあった。自分にもっと力があったらと、悔し泣きに謝るシュヴァーンに、一週間夕食に一品付けさせておあいこにしてやった。そんなことしょっちゅうだ。イエガーだけでなくキャナリや他の騎士だって、シュヴァーンのとばっちりをうけている。それでも、彼らはシュヴァーンから離れない。
彼がただ我を通すだけではないと知っているから。
自分にはできないことを、代わりに貫ける彼を助けたい。『偽りを持たない強さ』を持てない我々は、だからシュヴァーンに手を差し伸べる。
もっとも、イエガーは羨望九割妬み一割で、絶対に心配していることは口に出さないし、代わりに出すのは憎まれ口と決めている。
「なぁ、いえがぁ〜」
捨てられた犬のような声で呼ばれて、青年は嘆息と共にようやく返事をした。
「別に怒ってない。ただ気をつけてもらいたいだけだ」
さっきも言ったように、いつどこで評議会に足元をすくわれるかわからない。対立しているあちら側にとっては、小さな過失も命取りだ。
現にイエガーは、職務時間中廊下で私語をしたというだけで、たまたまいた貴族にねちねちねちねち嫌味を言われた騎士を知っている。平騎士でもそれだ。団長ではいったいどうなることやら。
「好きあうなら節度を保て」
「なんかイエガー、お母さんみた――あでっ!? ちょ、殴ることないだろ」
「おまえ、団長のことになると周り見えなくなりすぎ。自重しろ」
あとそう閣下にも伝えとけ。もちろん俺が言ってたことは内緒で。シュヴァーンがそう思ったから伝えたことにしておくように。じゃないと俺とキャナリから鉄拳をもれなく二発贈呈。
「うー。わかった」
今すぐ殴られるわけではないのに、シュヴァーンがさっと頭を手で庇いつつ了承する。これが自分だけからの鉄拳制裁であれば、シュヴァーンはなんと答えただろうか。
「キャナリの名前出すとすぐ納得するおまえに、俺は友達冥利につきない」
「だってキャナリはイエガーと違って色々相談に親身になってくれるし」
「俺の彼女とるなよ」
「だったら俺の話聞けよ」
「誰がおまえの砂糖ぶちまけおのろけ話に付き合うか」
「俺はイエガーのキャナリとの砂糖ぶちまけおのろけ話に付き合えるけど?」
「はははシュヴァーンやっぱり今すぐ爆発しろ」
友人をかっ攫われた上優先順位を繰り下げられて、騎士団長にイエガーはあまりよい良い感情を持てていない。シュヴァーンはそんな、優先順位だなんて、思ってもいないし彼の中でイエガーもキャナリも変わらず大事な友として心に在るのだろう。
だが、彼がそうでもこちらの受け取り方が違えば、それはもう以前の関係ではない。
シュヴァーン泣かしたらシメる。
キャナリがアレクセイにそう言ったことを、シュヴァーンは知らないし、また知らなくてもいいと思う。
「ともかく! 気をつけろ、おまえだって団長の枷にはなりたくないだろ。帝国騎士団長と繋がってるおまえの影響力、なめんなよ」
「うん、わかった。ありがとなイエガー。ついでにアレクセイ様から誘われたとき、俺に仕事入ってたら代わってくれ」
「 人 の 話 聞 い て た か 」
晴れやかに言い切った同僚に、イエガーは本気で泣きたくなった。俺、なんでこんなやつの友達なんてやっちゃってるんだろう。誰かこの恋は盲目、いや、これは好きになった相手に対する言葉だから、周囲が見えないとは意味が違うな。ああ、もう、とにかくこのうかれぽんちをどうにかしてくれ。








「私が恐ろしいか? シュヴァーン」
なんと心細い声音だろう。
アレクセイは再びシュヴァーンの瞳を見つめた。両頬に男の手の平が添えられる。嘘偽りなく答えて欲しいと、その赤い目が言っている。
「――恐ろしいです。」
青年の答えに、男の瞳が揺れた。
「だろうな」
諦めに呟いた声。
そんな悲しい気持ちに、もう二度とはさせない。
「アレクセイ様でなく、自分自身が」
弾かれたように見開かれた赤に、シュヴァーンは微笑みかけた。
「心からお慕い申し上げるアレクセイ様を、そのような気持ちにさせてしまった俺を、俺は恐ろしいと感じます。あなたを誰よりも幸せであって欲しいと願う俺のせいで、アレクセイ様のお心をかげらせてしまうなんて、耐えられません」
「シュ、ヴァー…ン」
青年は呆然とする男の背に腕を回した。
「俺はアレクセイ様のためなら、アレクセイ様のお心を満たすためならなんだってします。だから、どうかもう俺のために悲しまないでください、憤らないでください。俺はアレクセイ様に喜んでいて欲しいんです」
あなたを愛しているから。
「ありがとう、シュヴァーン」
青年もまた、強く男に抱きしめ返される。
ようやく、今、触れ合っていただけの二人の心が重なった。そして、心だけでなく体も自然と重なる。
「ふ、ん…」
深く口付けられて、シュヴァーンは瞳を閉じた。言葉の変わりに、舌が雄弁に気持ちを語る。胸元に差し入れられた熱い手も同様だ。二ヶ月ぶりに肌を合わせた悦びに、シュヴァーンは打ち震えた。
「は…ぅ、んう…むっ」
もっと欲しいと青年は自らも舌を絡ませた。深くなるよう角度をかえ、餌をねだる雛鳥のように咽喉を反らす。少しばかり苦しいが、そんなことはどうでもよかった。今はただアレクセイに愛されていたい。それだけしか考えられない。
「…っ、ふぁ…アレクセイさま?」
と、突然合わさっていた唇が離れた。
「そう急ぐものではない」
悪さを叱るような口ぶりも、顔が笑っていれば説得力がない。
「わわっ」
アレクセイはシュヴァーンを軽々と抱き上げた。そのまま隣の寝室まで移動すると、青年を寝台に横たえる。ぎしりとバネが軋んで、男がその上に覆いかぶさった。白く長い男の指が、青年の上着を開く。すでにシュヴァーンの肌は、期待にその濃い肌を高揚させていた。
「君は心だけでなく躯も素直だな」
感嘆と共に呟かれて、シュヴァーンは羞恥に男から視線を反らした。
「恥ずかしがることではない、褒めているのだから」
「そんなところ褒められても、嬉しくな――ひゃ…ッ」
まだ平らな胸の先端を押し出すように摘ままれて、青年は悲鳴を上げる。思った通りの反応だったからだろう、男がくつくつと押し殺した笑いをもらす。