ラブラブラ!

※今気付いたんですが章番号の振り方間違ってましたorz
本書には2がないですが、間違って3ってふっちゃっただけで2章が消えたわけではありません。






レイヴンは以後大人しく食事をとり、部屋はカロルと一緒だったためユーリはレイヴンの「青年がいい」発言について追求することはできなかった。
しかし、翌日になると相変わらずの態度でレイヴンはユーリにべたべたと――そう、まさしくベタベタと接してきた。
「せーねん疲れた〜、おんぶー」
「はぁ!?」
言うなり、レイヴンはユーリの背にもたれかかった。テムザ山を登り始めてからまだ一時間も経っていない。話を聞くに、この土地がレイヴンにとって気分のいい場所ではないことは分かるが、成人男性が十四も年下におんぶはないだろう、おんぶは。
回復術はやはり後回しにされていなかったし、戦闘中のやり取りもレイヴンからの熱い賛辞に尽くされた。
寝言は寝てから言え。
いい加減、口に出そうになった文句をユーリは引っ込める。そんなことレイヴンには言いたくなかった。たしかにこの男は軽薄と胡散臭さが服を着て歩いているようなものだが、だからといってこんなあからさまな態度をとるだろうか。
レイヴンは一見人懐こいようではあるが、しかし驚くほど冷たい人間だ。よそはよそ、自分は自分で面倒をみろ、責任をもて。ギルドの幹部らしい表情をダングレストで多く見てきた。
なのにこんなにも必要以上に接触してくるということは、理由があるはず。それに、レイヴンはこちらが邪険にするのを期待してこのような態度をとっている。刺身をやって確信した。
このまま意表をついて了承の返事をするか、彼の望むとおりに断るか。おそらくいいと言っても男のことだ、真っ赤になって、頼んでおきながら遠慮するだろう。以後そのようなふざけた態度はとらなくなるかもしれない。彼の真意をまだ聞いていないので、近づいてくれなくなるのは困る。
結論付けて、ユーリは先ほど飲み込んだ言葉を戻した。
「ははは、おっさん寝言は寝てから言え」
「むー、青年冷たい」
レイヴンは唇を尖らせてふいとそっぽを向いた。だがユーリは見ていた。そらされた碧い瞳が喜色に彩られたことに。
(あんたはなにを考えているんだ、レイヴン)
いまさらながら、男の頭を撫でた手が熱くなった。
感じたことのない血潮の熱。
ユーリは終わりしか与えてこなかった手に、ようやく血の熱さを感じ、ぞっとした。鳥肌が立つ。なのに、笑い出したくなった。
この手でそれでも誰かを救いたいと思える人間だったのだ。
思えて嬉しいのか、馬鹿な奴だと呆れているのか、両方か。甘いのか、覚悟が足りないのか、覚悟してもなお捨てきれない想いが人間というものなか、ただ弱いのか。
レイヴンの頭を撫でた手が、ドンを斬った手が、熱くて仕方がない。



「眠れないのか、おっさん」
「青年こそ」
フィエルティア号の甲板で、再びユーリはレイヴンを見つけた。前回と違い、海の上でなく空の上であるか。時折バウルの高い声が夜の澄んだ空気を貫いていた。
「明日フェローに会うと思うと、ちっとな」
「あら珍しい。青年でも怖気づくことなんてあるんだ。意外だね」
「嫌味かよ」
レイヴンは船のヘリに日本の腕を重ね身体の正面から寄りかかっていた。ユーリも同じ姿勢で並ぶと、くるりと身体を反転し、肘と背中でヘリに寄りかる。
二人の視線の先は、真逆の景色だ。
「素直な感想だって。だって、青年はたとえそう思っても表には出さないでしょう?」
「それはお互い様だろ」
「えー、俺様自分の感情に超素直よ? どうしてそう穿った見解もっちゃうの」
最近の若者は素直でないねと男はぐちる。そのまま、肘を下ろし寄りかかるのをやめ行ってしまおうとするレイヴンを、ユーリは止めた。男が文句を言おうと口を開くが、掴む肩に力をこめて封じる。
「待てよ」
「おっさんお手洗い行きたいんだけど」
「下手な嘘ついてんじゃねえよ」
だから離してと、ふざけた調子を崩さない男に対した声音は、ユーリ自身も少し驚いたほど苛立ちに満ちていた。いや、だからなんだというのだ。ここまできて引き下がるわけにもいかない。
「周りはあんま突っ込まねぇけど、だからっていいもんじゃねえし、そもそもオレが一番対応に悩んでんだ、ちゃんと答えを聞くまで離す気はねえ」
「あーら、俺が思ってたより、青年は随分繊細なのね」
軽口を叩きつつも、男は再びヘリによりかかり態度で逃げないことを示した。ユーリもその手を離す。それでもきちんと答えなければ、返す気はない。
「ああ、最近の若者は繊細なんだよ。どういうことだ、レイヴン。人前じゃああんなにオレに好意を向けておいて、こうして二人になった瞬間態度を裏返しやがる」
だがそんなユーリの切羽詰った問いかけに、男はあっけらかんと答えた。
「そりゃあ、俺が青年を好きで、でも青年には俺を好きになって欲しくないからよ」
「は?」
今なに言ったんだこのおっさん。好き? レイヴンが? でも好きになって欲しくない?
理解不能。ユーリの顔にはっきりとその文字が浮かび上がる。
「うん、だから。俺はユーリのことが大好きなんだよ。でも別にユーリには好きになってもらう必要なんかないし、むしろ嫌いになってくれたほうが助かる。俺は勝手にユーリといちゃつきたいだけだし。それでユーリは俺を嫌いになってくれれば一石二鳥じゃない?」
俺様ってば天才!
得意げな表情でうんうんと頷く男に、ユーリの理解不能値がとうとう弾けた。というか、二十一にもなって男の身でありながら自覚して恥ずかしいことこの上ないが、まさに純情が汚された。ふつふつと怒りが湧き上がる。
「なんだよそれッ」
ユーリの繰り出した拳を、レイヴンはひらりと一回転バックステップをして避けた。
「馬鹿ね、青年。一度は納得してたでしょうよ。そのままなにも聞かないで、寄りかかる俺を適当にあしらってくれればよかったのに」
まるでユーリが悪いとでもいうような口ぶりに、ますます青年は感情を乱される。
「そんな自分勝手な言い分で、はいそーですかって納めるわけねえだろ」
「知ってるさ。怒ったでしょ、厭でしょ……嫌いになる、でしょ?」
嫌いになってよ、俺のこと。
好きになってよ、俺のこと。まるでそう聞こえそうなほど晴れやかな笑みで男は言った。
「レイ、ヴン……」
対して、ユーリは男の笑みに戦慄した。理論的にも感情的にも、男の言っていることは理解しかねる。
「明日も、俺の態度は変わらないよ。青年のこと好きだから。でもいつもどおりあしらってね。今の話のことひきずってちゃ駄目だぜ、他の仲間が心配しちまう」
ひらひらと手を振って、男は船倉へ消えた。
「……んだよ……なんなんだよ!」
こちらはまだ納得していない、いや、そもそも納得などできるのか、だが問題はそこではない、ユーリは悪態をつき木目に拳を叩きつけた。



言葉通り、翌日もレイヴンはユーリユーリとかしましかった。ユーリも同じくあしらっていたが、その動作には邪険という言葉が似合うようになった。
――いや、レイヴンも挙動は多少いつもと違っていた。エゴソーの森で親衛隊と相対する彼は時折苦しそうにしていた。ユーリが心配して声をかければ
「青年は優しいね。大好き」
と屈託なく言い放ちこれ以上の追求を逃れる。
確かにあんなおっさんのことなど知るかとは思った。だが、本当にそのまま放っておけるはずもない。時折胸を押さえて屈みこんだり、帰る場所がないと、死人であると呟いたり、どんどん不安が大きくなる。
昨日が、最後の機会だったのではないか。昨日から事態が急に加速しているように思われる。世界も、自分達も、もう戻れないところまできている。焦燥は不安を呼ぶのか、思い過ごしであればいいと、楽観視するのは逃げなのか心を潰さないための自衛なのか、それでも表情にはおくびにも出してはいけない、こんなときだからこそ。
ミョルゾへの道を開く。
鐘を鳴らした。





振り向きざまにみた、その涙にすら感慨が抱けなくなっていたことに、小さな安心と深い絶望を感じた。もし、昔の自分ならあんな姿を見れば身の危険を顧みず助けに走ったというのに。
こんなにもアレクセイを止めなければといい続けていたのに、結局止めることはできなかった。いや、世間一般的には倒したとして――止めたことになったのだろう。だが星喰みは復活し、
「ユーリは、行方不明」
口に出した途端それをさらうように風が強く吹きぬけた。
ここはザウデの頂上だ。大半の瓦礫は片付けられたが、堕ちた巨大魔核だけは片付けることができずそのままになっている。
遺体すら、回収できない。
レイヴンは無理矢理思考からユーリを追い出した。追い出そうと、した。だが無理だった。なにせここにはユーリを探しにきているのだ。
生きている生きている生きている死ぬはずがない生きている生きている絶対にまたあえる生きて生きて生きて生きて生き生き――
なぜなのだ。どうしてアレクセイは死んでユーリはおらず、自分がここに立って瞬き息をして卑しい心臓を動かしている!?
そもそも死ぬべきは自分なのに、死んでいたのは自分なのに、アレクセイは死ぬはずではなかったのに、ユーリもちゃんといるはずなのに!
これは、選ぶことを先延ばしにしていた罰だ。
生きることから逃げてきた罰だ。
自分から決めなかったのに、後悔して、なんておこがましい。だから、これは、その罰なのだ。
ユーリだったら、ジュディスを助けてくれた、自分も助けてくれた、だからアレクセイも助けてくれるし、もちろんユーリだってそこにいてくれるはずだった。ユーリに全て預けたくせに、自分の望みを丸ごとかなえさせようとした、その、罰なのだ。
なにもかもユーリに押し付けていたことをレイヴンは今更悔やんだ。
けれども、本当に今更だ。
今更生きようとしてなんになる。
今更考えようとしてなんいなる。
ユーリのいない世界で、ユーリが隣にいなくて、どうなる。
残念なことに、本当、自分はどうしょうもない駄目な人間で、生きる意味すら自分から見つけられない。ユーリが生きる意味になりかけていたのに、アレクセイが死んで、もう、駄目になってしまった。
ユーリ、あんなにアレクセイを止めたがっていた自分を、さぞ怪訝に思っていたに違いない。たとえ未練があると誤解されようが、でも本当の理由は言いたくなかった。そしてユーリなら勘違いしたその思い込みでも、納得してくれると知っていた。
ユーリには嫌われたくない。こんなにどうしようもないところをみせてばかりだが、それでも、これだけは、アレクセイを助けたい理由だけは知られたくない。
だって、アレクセイが助からなければ、自分が安心して助かれない。あの人が赦されなかったら、自分を赦せない。アレクセイに負い目があるわけではない。ただ、己より罪深い人間が赦された、その事実が自分の心を軽くするのだ。
自分は赦されてもいい人間だと!
最低も最低、外道もいいところだ。魔核の下から、アレクセイの笑い声すら聞こえてくる気がする。やはり道具は道具。考えることは、生きようとすることは無意味だったのだと、はやく地獄へこいと手招きされているようだ。
これから自分は、生きる屍としてダングレストに身を置くか、今すぐこの頂上から飛び降りるかの、二択で、どっちにしろ心が死ぬことにかわりはない。
「ユーリ、助けて」
懇願しても、当然ながら答えはない。
「俺を嫌いにならないで」
当人がいなければ、その願いも届かない。
「ユーリ、ごめん、俺本当に酷い人間なんだよ。でもユーリが好きなんだ」