翼だった。 魔導器 にしては珍しい意匠だ。窓から差し込むダングレストの、日暮れに染まってかすかに紫がかった、黄昏に染まる魔導器。 成人男性の手の平より一回り大きな魔核 を縁取るように、艶のない銀の片翼が開いている。魔核の形は眼のように端のとがった楕円で、見ようによっては翼の中に瞳があるような具合で収まっていた。ちょうど中心あたりが一番碧く光っていて、なおさらそのように見える。背面はぶ厚く張り出しており、装飾性は少ない。元は台座かなにかに設置されていたのだろうか、裏側の下に止め具の跡があった。大きさと見た目の割にはそれほど重くない。うつくしい、魔導器だった。 レイヴンは、両手に持った翼に似たそれをじっと見つめる。長年探し続けていたものだ。命と引きかえに使用者の願いを叶えるという、幻の魔導器。 「レイヴン。あんた、それをどうする気だ」 問いかけたユーリの表情と声音が硬い。返答次第では、すぐにでも取り上げられるだろう。 「俺は、これをどうすると思う? ユーリ」 青年の緊張をやわらげようと男は微笑んだが、逆効果だったようだ。じり、とユーリは腰を低くし、いつでも飛びかかれる態勢をとってしまった。 命と引きかえにしても、叶えたい願い。 ユーリには、レイヴンを心配するだけの理由があった。山ほどあった。この男が後悔してきた数は、それこそ並の人間の比ではないだろう。そんな男の手に、願いを叶えるといわれている魔導器がある。たとえ命と引きかえだろうが、この男は願いのためならば躊躇などしないに違いない。 はたして魔導器は本当に願いを叶えるのか、命を奪ってしまうのか。噂や伝説や言い伝えに過ぎない通り、実は事件とは無関係の、ただの用途不明の魔導器なのか。 けれど、万が一、本当だとしたら? 「どうする、なんて知らねえな。ただ、オレは内容なんて関係なく、あんたを止める」 「それは無理だね、青年。ユーリには止められないよ。ううん、むしろ止めない」 男の目はひどく穏やかで、なにを考えているのかわからない。覚悟したような、悟ったような、凪いだ海の底を思わせる深遠の碧。 ユーリが止めるより早く、レイヴンは己の願いはと口にしていた。 その言葉に、青年の瞳が見開かれる。 「俺は――」 1 無意識に伸ばされた手を、白く大きな手が掴んだ。汗ばみ、互いにしっとりとした肌は、吸いつくように硬く結ばれる。 もう一か所、合わさった部分からは艶めいた水音が溢れ、肌のぶつかる音が絶えない。結合部は何度も吐き出された精で白く泡立ち、遠慮を知らない熱が蹂躙していた。 「っあ、あ…ひ、あああ…ッ」 こんなに激しく抱かれたのは久しぶりだった。もういく度も絶頂を迎えおかしくなった頭に、こぼれてもこぼしても快楽を押し込まれる。 繋いだ手が、繋がれた秘部が、焼き鏝 を当てられたように熱い。それでも青年は離れなかった。離さなかった。 「あ、れく、せい、さま、」 もう片方の手を、男の背に回す。青年自身もまだそんな力が残っていることに驚いたが、男も同様だった。 「シュヴァーン、」 上がった息を無理矢理吸いこんだ音。驚いたアレクセイは、動きを止めた。 「だいじょ、ぶ、です。やめな…で」 平気だと伝えたつもりだが、はたして相手に言葉として意味を持ってきちんと伝わったかは疑問だった。喘ぎ声で擦り切れた喉は、意思を伝達出来ただろうか。 「っふ、く、んぁ、ああ」 再びぐちりと淫猥な音が鳴った。杞憂だったようだ、アレクセイは再度シュヴァーンを求めた。相変わらず強引でまともな思考などぐちゃぐちゃにしてしまうような動作だったが、ほんの少しだけ扱いが丁寧になったような気がした。 「ん、んぅ、」 浅く早い呼吸を繰り返す唇を塞がれる。相手の息と舌と唾液を啜り、互いの躯の中身を入れ替えるかのように角度を変え何度も貪る。そういえば、今回初めてキスをされたかもしれないと、シュヴァーンはおぼろげな思考で安堵した。 部屋に呼ばれて、すぐに寝台に引っ張り込まれてしまった。文句を言う間もなく服を脱がされ弱点を握られてしまって、そこで反撃の機会は断たれた。 時々、騎士団長であるアレクセイはこうして突然シュヴァーンを抱くときがある。最初は驚いたが、アレクセイが今にも泣き出しそうな表情 をしていて、シュヴァーンは大人しくアレクセイが乞うまま躯を明け渡した。そして、決まって数日後重大な発表があったりするものだから、シュヴァーンは益々文句を言えなくなってしまった。シュヴァーンがいなかったときいないとき、苦渋の決断を下した場合、彼はどうしていたのかどうするのか非常に心配になる。 泣けない代わりに恋人を抱く男だ。これが精一杯の弱み、というか甘えなのだろう。はた迷惑ではあるが、自分という存在がアレクセイの安定剤になっているのであれば、もう、それでよかった。ただの平民出の平騎士が、騎士団長に貢献出来ることなんてそうそうない。早く小隊長になって隊長になって、上へいってアレクセイを助けられるようになりたい。握る手に力を込める。もっとと口付けをねだり腰を振った。 とはいっても躯のほうは限界だったようで、達したときにはシュヴァーンの意識は落ちてしまった。 翌朝、といってもまだ日も昇りきっておらず薄暗い時分にシュヴァーンは起きた。眠りから目覚めたというより、気絶から回復したような感覚で、ぱっかりと目が冴え寝ていた気がしない。頭も冴えわたっているのに身体だけは酷く重くて、腰が痛く寝返りをうつのも億劫だった。 隣には健やかとはいえない寝息をたてて眠るアレクセイがいる。眉間にしわを寄せ、険しい表情で眠る騎士団長。シュヴァーンはあまりアレクセイの寝顔を見たことはないが(大抵アレクセイはシュヴァーンよりあとに寝て、シュヴァーンより前に起きる)、さらに穏やかな寝顔を見ることはまれだった。今回も多聞にもれず男はいかめしい顔をしているわけだが、シュヴァーンはその表情を見ながら今度はなににこの人は押し潰されそうになっているのだろうかと心を痛めた。 そっと指先で秀でた額にかかる髪をかき上げ、こめかみを伝い頬をなぞる。シュヴァーン自身も疲れてはいたが、どうしようもなく目の前の男が愛おしくて仕方がなかった。そっと口付け、夢の中に届けばいいくらいの気持ちで青年は囁く。 「貴方が想いを言葉に出せずとも、受け止めます。世界中を敵に回しても、私が最後の一人になってでも、アレクセイ様のお傍におります。この世の誰よりもお慕い申し上げております。貴方の力になりたいんです。だから、せめて私といるときは安らいでください」 祈るようなキスをすると、どういうわけかなりを潜めていた睡魔が姿を現した。心なしか、アレクセイの表情も柔らかくなったような気もする。 青年は今度こそ普通の眠りについた。 次にシュヴァーンが目を覚ますと、隣にアレクセイはいなかった。散らばっていた衣類はきれいにたたまれ、乱れたリネンも整っている。いつものことだ。気恥ずかしさと申し訳なさに突き動かされて、軋む身体を誤魔化しつつシュヴァーンは起き上がる。思ったより日が高い。今日は非番だが随分寝坊してしまったようだ。心の中で一言断ってシャワーを借りると、着替えたシュヴァーンは寝室から続くアレクセイの書斎の扉を開けた。執務室兼応接室として機能している部屋だ。思った通り、アレクセイは黙々と書類を片づけていた。 「おはようございます」 「ああ、おはよう。昨日は無理をさせてすまなかったな。……よく眠れたか?」 シュヴァーンに気づいたアレクセイが手を止め、挨拶と謝罪をした。 「はい。すみません、寝坊してしまいました」 男が皮肉を言ったわけではないとわかってはいたが、青年は居心地悪そうに謝った。ここまで寝過してしまったのは初めてだ。それに、実は前々から、こうして起きるとアレクセイが全て整えて自分の目覚めを待っているという状態も心苦しかった。気遣いは嬉しいが、恥ずかしくて仕方がない。 「もっと眠っていてもよかったのだぞ。気にするな」 「ありがとう、ございます」 「なにか食べるか? メイドに持ってこさせよう」 「い、いえ、そんな。俺が直接食堂へ食べに行きますって」 慌てて断ったが、アレクセイは許可しなかった。 「取りに行って、戻ってきてここで食べなさい。今日は君といたい」 少々ぶっきらぼうな物言いだったが、照れているだけだ。昨夜あんなことをしてしまったのに、さらに厚かましい願いをする、そんな己が恥ずかしいのだろう。だが青年は男の言葉が嬉しくて、素直に頷いた。昨日と違って、アレクセイの機嫌は悪くはなさそうだ。シュヴァーンは心の中でほっと息をつくと、食堂へ行きサンドイッチとコーヒーをもらって戻ってきた。 こうして仕事をするアレクセイの横で軽食を取るのは、なにも今回に限ったことではない。シュヴァーンが非番でも、アレクセイが休みのときは圧倒的に少ない。いや、騎士団長が休暇申請をしない限り、ないといってもよかった。なのでこうしてシュヴァーンが非番のときは、仕事をするアレクセイの部屋で食事をしたり本を読んだり、話し相手になったりと、城内で過ごすことがほとんどだ。城外へなど、滅多に出ることはない。 アレクセイから傍にいて欲しいと頼まれるのは、何度聞いても嬉しかった。必要とされている、大きな役にはたっていないけれども、彼の望むことをしてあげられるのは嬉しい。 シュヴァーンはゆっくりとサンドイッチとコーヒーを胃に収めていった。男が時折サンドイッチを頬張る青年を見ては、また書類に視線を落とす。窓を開けていても、耳をこらさなければ聞こえてこない城下の喧騒と、静謐な城内。今、この世にはアレクセイとシュヴァーン、二人だけになってしまったような錯覚におちいってしまう。 ・ ・ ・ 「そう、だな……なぁ、シュヴァーン。実際もし願いが叶うとしたら、命を失っても、私はなにを望むのと思う?」 男は席を立つと、ソファに座る青年の元まで近づく。がたがたと震えだしそうになる身体を、シュヴァーンは必至で押さえる。怖い。なぜか怖いと感じる。アレクセイの手が、すっと青年の頤 を捕えた。もう逃げられない。 「あれく、せ……」 捕まえた手の指が、青年の唇も抑えた。するりと親指が官能を呼び覚ますようになぞり、恐怖とは違う類いの震えがシュヴァーンを痺れさせた。 「俺には、わかりません……」 感じたことを悟られたくなくて、青年は男から視線を逸らす。拍子に指が唇から離れた。 「ふむ、そうであろうな。ではもう一つ質問しよう。君なら、なにを望む」 予想外に、アレクセイはシュヴァーンの答えを非難しなかった。かわりに、さらに質問を重ねる。 「そんな。俺に望みなんて、」 「シュヴァーン」 思わず逃げ腰になり浮いた状態を、アレクセイが押さえつけた。ぎしりとソファのスプリングが不吉に鳴った。そのまま視界が垂直に流れ、シュヴァーンは男に押し倒された。 「その呪われた生を捨てるか?」 喉に手をかけられ、シュヴァーンは首を振った。絞められながらも必死で青年は否定する。 「いいえ」 「もし、現物を見つけても、変な気を起こさぬことだ」 シュヴァーンの答えに満足したのか、アレクセイは手を離した。むせる青年に浮かんだ生理的な涙を男は唇でぬぐう。覆いかぶさられ、進退は窮した。 「あ、の……アレクセイ、様、」 「少し黙れ」 「んっ」 角度を変えながら深く口付けられて、シュヴァーンの息が詰まった。ぞろりと咥内の鋭敏な部分を舐られて、甘い疼きが腰に広がった。 「ふぁ…むぅ、んッ」 唾液を吸われ、注がれて粘着質な水音が口周りを汚した。飲み込みきれない液が顎を伝い喉に達する。その感覚にすら感じて青年は身をよじった。 「昨日あんなに可愛がってやったというのに、足りないとみえる」 「あ、違いま、ひゃうぅっ」 服の上から勃ち上がりかけた雄芯を押し潰されて、青年は悲鳴を上げた。 「どうした、昨夜のように浅ましくねだってみせろ。うまく誘えれば私の願いを答えてやろう」 知りたいのだろう? 男は口角をつり上げて言った。明らかに、アレクセイは状況を愉しんでいる。青年の服をたくし上げ、露わになった肌に白く長い指を這わせる。胸の頂に咲く小さな赤い突起を押し出すように摘まみ、こねくり回す。 「っひ、ァア…ゃめ、ぁ、」 もう片方の頂は、唇を押しつけ甘噛む。こりこりとした食感を味わうように、執拗にぷくりと晴れたそこを歯で薄く擦った。 「はぅ、うぅんっあ、やぁ、だめぇ」 身体を捩じって逃れようにも、男がしっかりと鳩尾を抑えており果たせない。無理に逃げようとすれば容赦なく殴られるだろう。 乳首への刺激は、性器への直接の刺激と違って甘く、鈍く、じれったい。腰がうずき、たまらず振れそうになるのをシュヴァーンは必至で我慢していた。今にも下のほうを触って欲しいと卑しい願いが口から飛び出しそうになってしまうのを堪え、代りに飛び出す己の嬌声に嫌悪した。 「んん、やぁ、も、あれくせぃさまぁ…っ」 確かにアレクセイの願いは知りたかった。だがその為に男に向かってねだることは嫌だった。それに、命令通りにしたからといって、素直にこの男が教えてくれるとも限らない。そういう男だ、今のアレクセイは。 だからシュヴァーンは出来うる限りで抵抗した。未だ被服の中にある欲望は、窮屈そうに主に狭さを訴えているが無視した。うずく腰も、胸をいじられただけでとろけそうな脳の誘惑にも、シュヴァーンはあらがった。決して、自分からは乞うものか。 「強情だな。面白い、いつまでもっていられるか試させてもらおう」 男の言葉に、シュヴァーンは絶望した。逆に火に油を注ぐ結果となってしまった。いつものアレクセイなら、反抗するシュヴァーンに苛立ち、殴ってこんな下らない児戯にも等しい行為は終わりになるはずだった。なのに、男はなぜかこのときばかりは青年を陥落させようとさらにあやしく指先と舌を蠢かす。 布の上から太ももをそっとなぞり、へその窪みを舌先が抉った。新たに与えられた快楽に、じくりと腹の奥が収縮する。ぎり、と奥歯を噛みしめて青年はそれをやり過ごそうとした。 男もそれがわかったようで、いやらしい笑みを張りつけたまま、青年を拘束し、服をむき全裸にさせた。 「心臓魔導器の鼓動が速いぞ、シュヴァーン。肌もしっとりと汗ばんで赤く血色がいい。感じているのだろう」 青年はなけなしの力でぶんぶんと首を振って否定した。実際、己の躯がそうなっているのはわかるし純然たる事実だ。だが、だからといって肯定するわけにもいかなかった。 「ここも、こんなに張りつめて。さぞつらかろう」 「はひっ」 ぴんと、指先で勃起したペニスの先端を弾かれて、青年は悲鳴とも嬌声ともつかない高い声を上げた。それきり、アレクセイはもう屹立した雄には触れることはなかった。あくまで、シュヴァーンの口から言わせるつもりなのだ。 ・ ・ ・ ――あのひとの考えが知りたい。 亡くなってしまった今、唯一確かめられるあの人の想い。 「よし」 そうと決まれば寝てもいられない。ダングレストの朝は遅いが今さら二度寝する気にもなれなかった。 寝台から降りるとレイヴンは身支度を整え部屋を出た。 今回の件、ただの噂だけが頼りというわけでもない。このところダングレストでは、不審死が増えているのだ。世界の吹き溜まりたるダングレストの路地裏に死体が一つ二つ落ちていようが日常茶飯事、気にもされないが、それが外傷もなく満足げな死に顔をしていれば話は別だ。ここ数日、そんな死体が発見されているとユニオンでは問題になっており、最後に魔導器の噂。関係ないと考えるほうが、無理な話だった。 レイヴンは薄暗い死体発見現場を巡りながら、今後の指針を練る。とりあえず、ハリーに言って詳しい資料をもらうのと、魔導器についてならリタに聞くのもいいだろう。手が足りなければ凛々の明星 にユニオンを通して依頼してもいい。従来の自分ならば、全て独りで片づけようとするだろうか、もうなりふり構っていられなかった。他の誰かが魔導器を手に入れて隠してしまう前に、自分の物にしなければ。 現在地上に出ている魔導器はすべて魔核が精霊化され機能していない。そのため、新たに発掘された魔導器は帝国がすべて引き揚げ精霊化させているものの、裏の世界では高く取引がされている。リタの造ったエアル探知機のおかげで魔導器を使えばエアルが乱れ尻尾が出てしまうが、それでも小さな魔導器をほんの少し使うだけならば気づかれない。また、魔核が貴重となったことで、美術品的価値も出てきた。つまり、魔核付きの起動する魔導器というだけで価値があるのだ。たとえ願いが叶うという話が嘘でも、あるだけでその魔導器は狙われる――。 知っている限り全ての現場を検分したが、取りたてて目ぼしい手掛かりは見つからなかった。日も高くなってきたし、レイヴンはユニオン本部へ向かった。 「やっほー。ハリーいるー?」 「なんだ、また厄介事じゃないだろうな」 ひょっこりとハリーの使う仕事部屋に顔を出したレイヴンに対し、部屋の主たる青年は表情を険しくした。大抵レイヴンがこうして現れるときはギルドや帝国のやっかいな問題と一緒である。自然、声もとげとげしくなるというものだ。 「んー、厄介は厄介だけど、今回は俺のほうでなんとかしたくてね。資料だけもらいにきたのよ。ほら、例の連続不審死のやつ」 「ああ、なんだ、あんたが担当することになったのか。それならあそこの引き出し、上から四番目の右だ」 「違う違う。ってかまだ担当者決まってなかったの? そりゃ好都合。そのまま俺に全権委託してくれる? どうせ帝国がちゃちゃいれてきそうだからめんどくさがって誰もやろうとしなかったんだろうけど」 レイヴンが棚を漁りながら言うと、ハリーが嘆息した。 「ああ、その通りだよ。でも大丈夫なのか? 騎士団からも色々押しつけられて、レイヴン、最近休んでる暇もないじゃないか」 「それが半年もたつとねー、サボり方もわかってくるし、おっさんなんていなくても、どーにでもなるようになってくるのよ。フレンちゃんは優秀だしね。お、あったあった」 レイヴンは目的の物を発見すると、用は済んだとばかりに扉へ足を向ける。 「ったく、相変わらずだな。じゃあ連続不審死の件は任せたからな」 「おう、あんがとさん。あ、それともし今噂になってる『願いを叶える魔導器』についても、なんかわかったら知らせてくんない? 関係ありそうなんでな。それからカロルが戻ってきたら俺が仕事頼みたいって伝言しててくれ」 「わかった。くれぐれも無理すんなよ」 「うん、ありがとうね」 背を向けたままひらひらと手を振って、レイヴンは部屋を出た。遅めの朝食を取りながら自分の幹部室で書類をめくる。被害者は全部で五人。多くはないが、少なくもない数だ。彼らの共通点もこれといってなし。とりあえず所属するギルドの被害者の知り合いに当たり、ひっ迫した事態がなかったか、また魔導器を手に入れた話をしていなかったか聞き込みをすることにして、レイヴンは部屋を出た。 だが――。 「全部空振りとか。もう骨折り損のくたびれもうけじゃない」 昼下がり、レイヴンは天を射る重星のテーブルにぐったりと顎を乗せた。そこへウエイトレスがやってきて注文をとっていく。昼には遅いが夕食には早い。そんな微妙な時間帯で彼女たちも暇そうだ。 さっきまであたっていた五人がそれぞれ所属するギルドは、みなダングレストに本拠地を置いており、レイヴンだったという理由もあってか、比較的スムーズに事情聴取を進められた。しかし結果はどれもみな白。ひっ迫した事態もなければ魔導器を手に入れただの景気のいい話は一つもなかった。そもそも、おいそれと命に代えても叶えたい願いなどと、簡単には口にしないだろう。 「はい、レイヴンおまたせー。煮獅子定食ね。なんか疲れてるみたいだけど、これ食べて元気だしてね」 「ありがとー」 馴染みのウェイトレスがレイヴンに食事を運び去っていく。とりあえず腹が減った。レイヴンは定食を口に運びながら次の手を考える。 人の足取りが追えないというのなら、魔導器のほうを調べてみるしかない。リタに聞くのが一番だろう。わずかなエアルの乱れを調べるのは骨が折れるだろうが、今はそれしか方法が残っていない。 次の犠牲者が出る前に、もしくは誰かの所有物となり表に出てこなくならないうちに探し出さなければ。 「あ、いたいた! レイヴーン」 もくもくと遅い昼食を食べながら考えに没頭している男へ、明るい声がかけられた。 「おろ、カロルじゃない。それにユーリにラピードまで」 声のした方向を見ると、元気よく腕を振り駆けてくる凛々の明星の首領 と、悠然と歩きながらあとをついてきたギルド員の青年と犬がいた。 「ハリーから聞いたよ。僕達に頼みたいことがあるって」 「そーなのよ。ありがとうね。こんなにすぐ来てくれるとは思わなかったわ。で、ジュディスちゃんは?」 「おいおいおっさん、ご挨拶だな。ジュディなら別の仕事中だぜ」 むっとしたユーリに慌ててレイヴンは言葉をつけ足す。 「至急リタっちのところまで届けて欲しかったんだよ。二人には別のことを手伝ってもらおうと思ってるんだけど、それはリタっちの話次第だし」 「ふーん……」 納得し足りないユーリに変わって、カロルがレイヴンのテーブルの席に座りながら言った。 「詳しく話してよ。ジュディスもその間に帰ってくると思うから。ノールまでだから、すぐだよ」 アレクセイに関わることはあまり話したくなかったが、協力を仰ぐ上ではそうも言ってはいられない。ユーリが席に着いたのも確認すると、レイヴンはダングレストで起きている連続不審死について説明した。 「で、それがどうしてリタに会いに行くことになるんだ」 「ちょっとね、魔導器が関係してるかもしれない」 魔導器。その単語に質問したユーリの片眉が上がる。レイヴンはアレクセイに願いを叶える魔導器の探索を命ぜられていたこと、その魔導器が命と引きかえ願いを叶えること、ダングレストではその魔導器の噂がまことしやかに囁かれていることを話した。 「俺は、どうしてもあの人が願いを叶える魔導器を欲しがった理由が知りたいんだよ」 「レイヴン……」 気遣わしげに名を呼んだ少年に対し、青年はひどく不機嫌そうな表情をしている。 「知っての通り、魔導器は発見され次第魔核を精霊化するために帝国にやらないといけない。これ以上被害が広がってしまわないように、悪用される前に探し出さないと」 「ま、それもそーだわな。オレ達はそういう名目で仕事とらしてもらう」 「ハリーから、ユニオンの仕事として今回任せるって聞いたしね」 「あんがとさん。ところで二人ともお昼は食べたの?」 まだなら一緒にどうかと誘われて、しかしもうすんでしまったという返答と、結果かわりに運ばれてきたデザートに、レイヴンは聞かなければよかったと後悔した。 ・ ・ ・ |