「うぅううううーーーーーーーん」
シュヴァーンがわざとらしく唸ると、隣で夕食を食べていたイエガーがそそくさと席を移動しようとした。
「おい待てよ、親友がこんなに悩んでる様子をみせてるのに、逃げようとするとはなにごとだ」
がっちりと袖を握り阻止すると、心底面倒くさそうな顔が見下ろす。
「はぁ? 親友って誰のことです」
「おまえ」
「残念。ここにおまえという人物は存在しません」
「だぁ、もう待ってくれよう、ほんと後生だから! 俺の相談にのってくださいイエガー様!」
「一ヶ月間オレの夜警肩代わり」
「のった!」
イエガーはそっとカレーの乗ったトレイを置いてから席についた。
「実はさぁ。もうすぐアレクセイ様の誕生日なんだよ。プレゼント、いったいどうすればいいか迷ってるんだ」
「自分の体にリボン捲いて『プレゼントはわ・た・し』とかしてればいいんじゃないんですか?」
至極どうでもよさそうにイエガーは答えた。
「あーも、違うってそういうのじゃない! もっとアレクセイ様をあっとおどろかせるようなもんだよ!」
「別に団長閣下なら、シュヴァーンのくれる物ならなんでもいいでしょう」
「それじゃあ俺が納得しないの!」
イエガーの顔に「めんどくせえ」という文字がありありと浮かんだ。
「あのですね。そもそもプレゼントというものは、相手がもらって喜ぶ物を贈るんでしょーが。あなたが納得するしないって、おかしくありませんか? ただの自己満足で好意のおしつけでしょう。そいういの、よくありませんよ」
「ぅぐっ」
まさに正論を言われ、シュヴァーンは押し黙った。確かに、自分だってアレクセイからなにをもらったって嬉しい、
「けどさぁ、アレクセイ様ってば俺の誕生日に高級レストランでディナーとか、高そうなプレゼント贈ってくると思うんだよ。それなのに俺全然金持ってないから、申し訳なく思うっていうか」
「あー、まぁ、言わんとしたいことは、わかります」
「だろー」
ようやく己の気持ちを理解してもらえて、シュヴァーンは大きく嘆息した。
「だからさー、お金かからなくてもその『高級ディナー』とか『高いプレゼント』に釣り合う誕生日を、俺も祝ってさしあげたいんだ」
「格差カップルは大変デスネー」
「格差……!? おま、ちょ、ひどくね?」
おもいっきり他人事のように――事実そうであるが――言われ、シュヴァーンは心をグッサリとえぐられる。
「どうせ、どーせ俺だってアレクセイ様に釣り合うとは思ってませんよー。こんなぺーぺーぺーーーーの平騎士が!」
シュヴァーンは食べかけの夕食にぐさぐさとスプーンを刺した。イエガーの眉が寄る。
「食べ物を粗末にしちゃいけないって、親から教わりませんでしたか?」
「オソワリマシタ」
青年騎士の夕食への攻撃が止まった。しかし表情は大変やさぐれている。そうなのだ。そこが、今回、いやアレクセイとの関係全般におけるシュヴァーンの杞憂の種である。常に、なぜ、どうして自分のような人間がアレクセイのような立派な騎士団長に愛されているのか。シュヴァーンにはわからない。負い目ができる。不安になる。けれども、だからといって、そんなことは訴えられないし聞けない。答えを聞くことが恐ろしい。それに、聞けたところで納得できるとは思えない。
アレクセイはいつもシュヴァーンに囁いてくれる。「好きだ」「愛している」。その言葉を聞くたびに、至福と恐怖がシュヴァーンの心をいっぱいにする。
付き合い始めて、一カ月。
自身の叶いっこないと思っていた気持ちが通じて舞い上がった気分が、冷静になってすこーんと地上に落ちてきた。ここのところ朝から晩までシュヴァーンは不安定だ。
「ああ、でもその通りだよな。どうして俺なんかが帝国騎士団団長と両想いになれたんだろう。おかしいよな、ほんとおかしい。格差カップルかぁー。ははは、まさにそうだな」
「いまさらなに言ってるんです。そんなの最初っからわかってたでしょうが」
「でも、わかってたけど……それでも好きな人と一緒になりたかったんだ」
力なく呟いたシュヴァーンに、イエガーはこれみよがしにため息をはいた。
「そこまでです。続きは夕食が終わってからあなたの部屋でしましょう。いい加減冷めてしまいますよ」
「うん」
もっともな提案に、シュヴァーンは以後静かに食事を口に運び続けた。

夕食後。自室の部屋のノックの音を聞いて扉をあけると、そこにはイエガーともう一人、キャナリが立っていた。
「えっ、ど、どうして」
「ここへ来る途中、ばったりでくわしました」
「なによう、私がいちゃ悪い?」
「うー、」
キャナリが腰に手を当てて憤慨する。申し訳ないが、『悪い』から困っているのだ。キャナリも大切な友人の一人であるが、イエガーと違って乙女のさがというか、コイバナが大好きなのだ。ああ、イエガーとキャナリを足して二で割ったくらいで対応してもらえたらいいのに。シュヴァーンは心の中で肩を落とした。
「じゃあ、とりあえずどうぞ」
シュヴァーンは二人を自室に招き入れた。部屋には椅子が二つしかないため、シュヴァーンは寝台に腰かける。イエガーとキャナリの座る前には、二人分のお茶が用意してあった。自分の分を追加で淹れようとは、シュヴァーンはもう思わなかった。
「えっとそれじゃ、」
「はーい、それじゃあ第一回、シュヴァーンのアレクセイびっくり感謝大作戦の会議を始めたいと思います」
シュヴァーンの言葉を遮って、キャナリが場違いなほど明るく声を張り上げた。
「び、びっくりかんしゃだいさくせん!?」
「うん、びっくり感謝大作戦」
目を白黒させるシュヴァーンに、キャナリはなにか問題があるのか、わからないと首をちょこんとかしげた。