こんなところにライシオが
シオンは悩んでいた。 ライナは、はたして自分のことをどう思っているのだろうか。と。 勇者の遺物探しに無理矢理送り出し、あまつさえ忌破り追撃隊まで差し向け、ローランドに戻ってからは仕事仕事仕事で睡眠時間を奪いまくり。とうとうさっきぶっ倒れたライナは医務室に搬送された。 (たかだか二週間の無眠で倒れるなんて、まだまだだな) って、いや、違う。ライナとは無眠競争をしているわけではないのだ。 シオンとしてはいっときでもライナの傍にいたいだけである。寝ているときは離ればなれになってしまうなら、ずっと起きて一緒に仕事をしていた方がいい。 (あ、しまった。医務室でなくて俺の寝室に運んでおけばよかったな) 後悔するが、今さらである。思考も随分それてしまった。 そう、己の恋慕のためにライナの扱いが酷くしかも日々エスカレートしていっている状態で、はたして彼は自分を嫌いになってしまわないだろうか。 見る限り、ライナはこちらをぎりぎり『親友』として想ってくれてはいるが、シオンとしてはもう一歩踏み込んでもらいたい。 親友以上恋人未満では。 (そのアプローチが、仕事押し付けるっていうのは、やっぱり間違っているよな。いやでも、嫌いな人間から仕事押し付けられて倒れるまで付き合ってくれるわけないし。望みはないわけじゃない、よな) 間違いまくりのアプローチを自覚しているが、シオンはまったく反省していなかった。そんなことより、仕事を押しつけてどこまでライナは耐えてくれるのだろうか、なんてことまで考えが及んでいる。 少なくとも、ライナはシオンを嫌いではない。 では、好きなのか。 (親友として?) 違う。 シオンは書類に目を通しばりばりサインしながら、ライナの気持ちを考え続ける。 ライナはああいう性格だから、たとえ好きな人間がいても自ら好意は告げないだろう。シオンだろうが、他の人間であろうが。 とすると、もうこっちから押せ押せで好きだと伝えるしかない。それで、相手を不幸にするくらいならと離れるライナをがっちり捕まえて、逃がさなければいい。 (ライナは俺のこと好きだよなぁ。好きだといいな、いや好きだ) 悩んでいる割には妙に断言するシオン。 それでもこんなに悩むのは、彼から直接きちんと気持ちを聞いていないからだ。 ライナは、自分を好きだと思う。 思う。思うし、そうだと信じているし、確証はある。だが、それはまだ確認してはいない。 もし。もし違ったら――どうしよう。 シオンらしくない、気弱な考えが頭をよぎる。確証はあっても、色恋とは互いの気持ちがきちんと確認できなければ悩むもの。 ならば、確認すればいい。 (よし) シオンは意思を固めた。 翌日、それでもちゃんと王の執務室に姿を現したライナに、シオンは心の底から安堵した。 「おはよう、ライナ。よく眠れたか」 「ばかやろー、あれは眠るじゃなくて倒れるっていうんだ。それでもちゃんと顔出してやったんだぞ。感謝しやがれ」 「うん、すごく嬉しいよ、ライナ。ありがとう! というわけで、はい。これ」 極上の笑顔で頷くと、王は青年に書類山をどさりと渡した。 「昨日の続きな」 「だぁああああああああああ! ぜんっぜんこいつわかってねぇえええええええええええ!」 ライナが頭を抱えてほえる。 しかし、ライナがシオンの部屋に出向いてくるということは、どんな経緯をたどろうと結局はこうなる運命なのだ。ライナもそれがわからないなんてはずはない。 「いやぁ。毎度ながら我が『親友』の忠心ぶりにはほれぼれするよ。うん」 「おまえの『親友』は『コキ使い要員』と同義語のようだな。この鬼畜国王」 「褒められてもなにもでないよ」 「褒めてねえよ!」 クワッ、とライナが口を開け怒鳴った。 彼は知らないだろう。こうした他愛のないやり取りが、どれだけシオンの安らぎになっているか。いや、知っているからこそ、こうして仕事を押し付けられても押し付けられても文句を言いながら手伝ってくれているのかもしれない。 ライナは一日二十四時間の睡眠でも足りないと言ってはばからない人間だ。それが、脅しもあるとはいえ、いや、素直でない彼のこと、無理矢理こちらが状況を作ってやることで、シオンの隣にいることが出来るようになっている。 と、シオンは激しく前向きな思考で考えた。 そこにあえて一石を投じる。 この心地よい関係を、シオインは気に入っていたし好きだったし、大事にしたいと思っていた。けれども。 (両想い。で、それは不毛だろう) 「じゃあさ、ライナ。今から俺の言う一つのことを聞いてくれたら、今日はもう仕事しなくていいよ」 「え、なんだよ」 に、と悪だくみをする笑みでシオンは言った。 「俺にキスしてくれれば、今日の仕事はナシ」 「――な、」 突然の思いもよらないお願いに、ライナの表情が強張った。 「さあ、どうする?」 「ど、どうするもなにも。シオン、」 ずい、と上半身を折りこちらを見上げるように顔を近づけてきたシオンに、ライナは一歩後ずさる。 ここで、シオンの表情が先ほどのまま企んだ笑みであれば、ライナも冗談と笑い飛ばすことができただろう。だが、今のシオンは真剣そのもの。国政を見定める鋭い金の瞳が、ライナの複写眼を射るように見つめる。 「キスするか、仕事するか。おまえが選べよ、ライナ」 「シオン――」 ライナの手を掴むと、シオンは自身の頤へ導いた。そのまま青年は目蓋を閉じる。金の眼光が閉じられて、形のよい唇が、にっと笑った。 「嫌なら、仕事しろ」 「シオン!」 ライナの非難がましい叫びに、とうとうたまらずシオンは目を開けて大声で笑いだす。 「あははははは! うろたえて、そんなに俺とキスするのが嫌だった?」 「ああもう、おまえなぁ!」 結局仕事からは逃さないぞって、言ってるようなもんじゃないか。 嘆息して、ライナは空いている反対側の手でがりがりと頭をかいた。 そうやって、無防備になった瞬間。 「――っ」 シオンは、そのまま下からライナの唇を奪った。 ライナの瞳が驚愕に見開かれる。 「いいよ、仕事しなくて」 シオンが言った。固まるライナの手を顎からはぎ取り。何事もなかったかのように。 「おまえ、倒れたし。さすがに俺も反省したかな。でもそのまま休ませるのも癪だし、理由やらないといけないから」 だからキスをした、と悪戯が成功した子供のように、シオンは笑いかける。 「んー、でも昼寝大好きライナ君なら、サボるためにならこれくらいのこと、躊躇しないで欲しかったんだけどな。けど、つまりおまえは自分より俺を取ってくれたってことだ。嬉しいね」 勝手に一人で納得して、うんうんとシオンは頷く。 「今日はゆっくり休んで、明日また来いよ。来なかったらフェリスの剣で首と胴が離婚だからなっ」 ライナは硬直したままだ。だが、その顔は茫然としたまま耳まで赤い。これは想定外の反応だ。恥ずかしさか、怒りかどちらだろうと思いながらシオンはしゃべり続ける。 「なんだよ。人形みたいに動かなくなっちゃって。おーいライナー」 青年の眼前で手を振っても反応はない。 「今から三秒以内に返事しなかったら、ライナにもっぺんキスする」 「シオン!」 間髪いれず、ライナが声を張り上げた。 「なんだ、ちゃんと聞こえてるじゃないか」 「お、お、おおお、おまえなんてこと……っ」 「なんて、って。別に、ただちょっとキスしただけじゃないか」 ちょっと白髪があったのを抜いただけじゃないか。そう、まるでたいしたことじゃないとシオンは言い放つ。ライナがどうしてそんなに動揺していうのかわからない、と。 不思議そうに瞬く青年に、ライナははぁー、と深くため息をついた。 「もう、いい。わかった。じゃあ俺は帰るぞ。そんで三百時間くらい寝る! 明日来てやっから、おまえもちゃんと休め、シオン。っていうか今すぐ寝ろ」 だからそんな奇行に走るんだ。 びしっと人差指で国王を指さしたのち、部屋の扉を勢いよく閉めてライナは出て行った。 「……純情だなぁ」 憤って退出していった青年に、シオンは苦笑する。 仕事をだしにしたのは、失敗だったかもしれない。そうだ、ライナは繊細だったのだっけ。こういうことを、取引のようにするのは彼の純粋な気持ちに反することだ。仕事と引きかえにキスをするなんて、嫌がらないほうがおかしい。 (またアプローチの方法、間違えたな) 明日は別の方法を考えよう。 ライナが逃げられないように、じわりじわりと退路は全て断ちつくそう。彼が人を好きになる気持ちを受け入れざるをえないように。化け物でも、その手を取り合った相手と幸せになれることを教えよう。 「俺だけだよ。俺だけなんだよ、ライナ。この世でおまえを助けることができるのは、この俺だけだ。ライナ」 ライナ。 ライナ。 ライナ。 寂しがりの悪魔。 そうでなくても、自分が狂った勇者でなくても、王立特殊学院にいたときからずっとずっと好きだった。 その瞳が。 その態度が。 その考え方が。 愛おしくて愛おしくてたまらない。 ああ、早く抱きしめてもらって、その口から甘い言葉を囁いてほしい。キスしてほしい。 ライナの全てが、全部欲しい。 さあ、次の退路の潰し方はどうしよう――? 触れあった唇をそっとなぞり、シオンは微笑した。
おわり
C78にて無料配布したコピ本の再録。[ 初出:2010/08/13 コピ 8P 無配 ] |