めんどくさパワーを思い知れ!
「だぁ〜駄目だ! 殺すっ、とりあえず殺す! そして俺がこの国に平和を取り戻してやる!」 雄たけびと共に、ライナの手が目の前に座すシオンを掴む。勢いのまま国王は寝台に押し倒された。 白い天井。 真剣な、青年の表情。 シオンの視界にはその二つしか映っていない。 ライナの表情は、ついさっきまでお互い久しぶりのやりとりを楽しんでいた様子とは、うってかわっていて。 「シオン、」 「ん?」 ライナの複写眼の透ける瞳が、怖いくらいまっすぐにシオンを見つめていた。 「おまえ疲れてるな」 「そうかな?」 見下ろすライナの目に映るシオン。 英雄王、シオン・アスタール。絹のような銀糸の髪。強い意志を秘めた金の瞳。国を導く、凛とした面持ち。絶対に間違わない王。完璧な王。誰もが望む、理想の王。 だが、ライナにとってシオンはそうではない。極悪非道の、いじめっこだ。だから、こらしめる。そう思ってこうして待ち伏せしていたのに。 「ああ、そうだよ」 ライナには、わかった。シオンは笑っている。けれどもライナにはわかる。シオンはひどく疲れている。疲れて疲れて、だからこんなふうにして、ライナと笑っている。笑えたことが嬉しくて、笑っている。 (なぁ、おまえが最後に笑ったのは、いつだ?) 見透かした視線からシオンは顔をそむけ逃れる。そして押しのけるように、起き上がろうとした。 「でも、もう大丈夫だよ。今、横になったからな」 「駄目だ、言ったろ。俺は真理を見つけたの。シオン・アスタールを殺すって」 素早く腕を取り上ると、片手で持って頭上で両の腕をひとくくりにし、再びライナはシオンを押し倒す。 「うわっ」 あらわになったシオンの脇の下に向かって、ライナは手を伸ばす。 「ちょ、なにす、ライナ!?」 「覚悟!」 制止の声は、ライナによってすぐにとって変わられた。 盛大な、笑い声に。 「っく、あっはははっは、やめっ、やめろって、ライナ!」 「おまえを酸欠で笑い殺してやる!」 容赦なくライナは脇の下をくすぐる。シオンは体をよじらせて、どうにか逃れようとするが、笑いのため力が入らずうまくいかない。 「やめっ、ライ…ナッ。っるし」 「死ね死ね死んじまえ。俺は、そんなおまえの笑った顔なんか見たかねーんだよ」 「ほん、と…や、ぁ…っく、ふ……ッ!」 笑い過ぎてもはや声すらたてられず、金の瞳は滲み、酸欠のためか白い頬が赤らんだ。 「っは…ふんぅ、っん…」 滲みは盛り上がり、決壊した水滴が染まった頬の横を濡らす。 「らぃ…なぁ…っ」 「シオン……」 切羽詰まった吐息混じりの懇願に、ようやくライナは手を止めた。しかし呼吸を整えるのに精いっぱいで、シオンは文句も言えない。 だが、それはライナも同様だった。名前に続けてなにか言いかけて開いた口をつぐみ、ぐ、と引き結ぶ。 「……」 「……」 「……らいな?」 いぶかしんだシオンが、非難のかわりに首をかしげて問うた。瞬間、ばっと青年は王から顔をそむける。 「……悪かった」 目を合わせずに謝罪したライナは、拘束していた腕をほどいた。なかば覆いかぶさっていた上体を上げ、シオンの体からどこうとする。 「待てよ」 それをシオンは阻止した。肩をつかみ、ぐい、と力任せに引き寄せた。予想外の対応に、バランスを崩したライナは完全にシオンの体の上に乗る。 「俺、まだ死んでないんだけど」 至近距離で呟いた唇は、笑みに彩られている。金の瞳が、悪戯を思い付いた子供のようにきらりと光った。 「なぁ、俺を殺すんだろ? ライナ」 「――っ!?」 言いざま口付けられ、ライナの瞳が驚愕に見開かれた。 「シオ――んっ」 なんとか一度は離れたが、許さじと相手の両腕が頭に伸びがっちりとつかまれた。呼吸ごと塞ぐように唇を合わせられる。抗議の声を上げようとした隙間にぬるりと舌が滑ってきて、絡め取られた。 粘膜がこすれ、唾液の混ざる淫蕩な音が響く。息が出来ない。なのに、苦しいのに、背筋を回避したかった感覚が走り抜け腰に絡みついた。 「〜〜〜〜シオンッ!!!」 ライナは持てる力の全身全霊でもって相手をはぎ取った。先ほどとはまったく立場が逆転している。上になっているのはライナなのに、下敷きのシオンが主導権を握っている。 「仕返しにライナを窒息させてやろうと思ったのに。残念」 先ほどまで密着させていた唇をシオンはぺろりと舐めると、心底嬉しそうに言った。 「おまえ……っ」 今度こそ、ライナはシオンの上からどいた。シオンも止めず、愉快そうにライナの反応を眺め、起き上がる。 「よし、復活!」 「復活、って、おま……」 そのままライナは絶句する。宣言通り、本当にシオンから疲れの陰がなくなっていた。 「さて、と。じゃ、そろそろ仕事の話をしようか」 「はぁ? ちょ、おかしいだろ、それで疲れとれてるとか」 こちらは酷く動揺しているというのに、シオンはまったく普通に接してくる。 「すごいだろ? いつもこんな早く復帰するわけじゃないんだが……きっとライナのキス効果だな」 あまつさえ、大真面目にそんなことを言って、笑う。 ライナは酷く顔をしかめて、シオンをくすぐったことを心底後悔した。 「うっわ、なんかすっごい嫌な効果なんだけど」 「だなぁ。自分で言って後悔したよ」 そのライナの酷い顔がいたく気に入ったのか、言葉とは裏腹に、シオンは至極嬉しそうに、笑った。 「で、仕事の話なんだけど……」 「いや、だから俺は、ここんとこ労働し過ぎで死にそうだからやめてって言いに来たのに……」 シオンが、笑う。いつものように無理難題を押し付けて、極悪非道の国王として、ライナに、楽しそうに。 それをよかったと、思ってしまったと同時にライナは大切ななにかを指にひっかけかけて、こぼしてしまった気がしてならなかった。 だが、それを考えてはいけない。 シオンが、そうして笑ってくれれば、いい。 みんなが笑って暮らせる世界であればいい。 ◆ 『醜い化け物が……どんな叶わぬ夢を見ていた?』 「……そうか。そうだよな」 自覚した瞬間、叶わぬと絶対的に決められた運命を目の当たりにして、ライナは手紙から顔を上げると、悲しく微笑んだ。
おわり
C78にて無料配布したコピ本の再録。[ 初出:2010/08/13 コピ 8P 無配 ] |