アルビオールが完成したと報告を受けたのは、さらにその三ヶ月後だった。それまでのあいだ、ガイはティアやらナタリアやらにこき使われ――ようするにマルクトとダアトとキムラスカのあいだをとびまわっていた。各国の要人と面識の高いガルディオス伯爵は、結局休暇をもらう以前とあまり変らない三ヶ月であった。 『ガイさん、ティアさん、お久しぶりです』 シェリダンで一番に出迎えてくれたのは、ギンジとノエルだった。ロケットエンジンを搭載したアルビオールのメインパイロットと副パイロットを二人は任されている。 ギンジがガイ達を宿まで案内する道すがら、興奮気味に話す。 「先週のロケット完成の報告は読みましたよね? あれからすでに二度ほど高度三百キロメートル近くまで到達しています。第七層なんて余裕ですよ。アストンさんもスピノザさんもニコルさんも――あ、ニコルさんっていうより、ロケットお爺さんのほうが通ってますね、お三方はもちろん、シェリダンの技術者全員ディストさんに対抗意識メラメラ燃やして、でも、協力し合って完成したんですよ」 「ああ、俺も開発現場を見たかったよ!」 音機関好きの血が騒ぐのか、ガイはとても悔しそうだ。人通りが多いため、何度かぶつかりそうになっている。しかし、女性だけはかすりもしないのがガイらしい。 「音譜帯から見るオールドラントは、それはキレイなんですよ」 隣では、ノエルがティアに身振り手振りを交えて、地表の様子を説明していた。 「とりあえず、今日はゆっくり休んでください。一応、アルビオールの中は地上と一緒の環境に保つよう設計されてるんですけど、明日から二日間、ちょっと訓練を受けてもらいます。三日後が本番です」 ロビーでギンジが声を張り上げて今後の日程を知らせる。あの戦いの後、アルビオールは一般公開され、さらに成層圏を突破する乗り物まで完成したシェリダンは、観光客で溢れていた。街も宿も人でごったがえしている。 「ああ、でも休む前に一目ロケット搭とアルビオールが見たいんだけど。あと、ディストの様子も見てこいって言われてるんだ」 「わかりました。ティアさんはどうしますか?」 「そうね、じゃあ、私もついて行くことにするわ。だって、ガイのことだもの。私が注意しなくちゃ、そのまま帰ってきやしないわよ」 少女の言葉に、パイロットたちは苦笑するしかなかった。 四日後、パイロットスーツに身を包んだ四人は、緊張の面持ちでアルビオールの艦橋にいた。 「では、ヘルメットをかぶってしっかりとめてください。ベルトはきっちり固定されてますか? ゆるいと発射のとき吹っ飛んじゃいますからね」 恐ろしいことをこともなげに言って、ギンジがガイとティアに最終確認をしていた。 ローレライに接触するため、まず、アルビオールで音譜帯の第七層まで上がる。そこでティアが大譜歌を歌い、ローレライを召喚。うまくいけば、ガイがローレライと話をする。 最終確認が済み、アルビオールがロケット搭のレーンに装着される。垂直になった世界が、眼前に広がる空が、ガイとティアの鼓動を加速させる。 『それでは発射までのカウントダウンを始めます』 通信装置から、メインパイロットのくぐもった声が聞こえる。どんどん小さくなる数字と、反比例する高揚感。 『サン、ニィ、イチ、ゼロ――アルビオール、発射!』 轟音が耳を覆った。押し付けられる身体が重い。理解するより先に空が近くなって、ガイは知らずのうちに歓声をあげていた。 横目で隣に座るティアを見ると、きつく目をつむり手すりをこれでもかと掴んでいた。安定軌道にのれば、アルビオールは今までガイ達が乗っていた感覚と一緒になるそうだが、やはり発射のときだけはどうしても負担がかる。 ガイもそろそろ耐え切れなくなったころ、ようやく穏やかな声がした。 『お疲れさまでした。メインエンジンをシフト、これより第七層を航空します。さぁ、いつでもいいですよ』 ギンジの言葉と同時に、機体が地表と水平になる。 眼前に広がる空と海の青。 オールドラントの緑。 譜石の光。 大譜歌。 ティアはさっきまで歯の根も合わないほど怖がっていたことなど、みじんも感じさせぬ声を響かせた。 紛れもない、歓喜の歌だった。今まで聞いてきたどの譜歌よりも感激に満ち、ガイの鼓膜を震わせた。 歌い手の感動をそのまま増幅したような音素の震えが、同心円状に広がる。 こんな恍惚が、この世に存在したのか。 ――レィ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レィ レィ そして、最後のフォニスコモンマルキスが響きわたったとき、それは起こった。大気が振るえ、第七音素が渦をまく。やがて可視できるようになったそれは、うつくしい焔だった。 「ローレライだ……」 自身の声で、ガイは我にかえった。 アルビオールと相対速度を保ちながら、それは言った。 《待っていたぞ。ユリアと、そしてシグムントの子孫よ》 「教えてくれ、ローレライ。アッシュはどこにいるんだ!?」 ガイは思わず立ち上がりかけて、前面で固定したベルトに阻まれた。ティアも、ギンジも、ノエルも、固唾を呑んで事態を見守っている。 《シグムントの子よ、心配するな。汝の持っている譜石が知らせてくれよう。だがすでにこの時にアッシュはいない。私が、アッシュのいる場所まで届けよう》 「待て。ローレライ、それはどういう――」 アッシュの居場所は譜石が知らせてくれるが、この時間にはアッシュがいない? 混乱するガイの周囲を突然焔が渦巻いた。 『ガイ!』 『ガイさん!?』 伸ばされたティアの手が熱を持たない焔に阻まれる。 その光景を最後に、ガイは意識を失った。 暁のオルビタ2 |