「ザインが捕まった!?」
シグムント達が再び姿を表したのは、それから数十分後のことであった。そろそろなんの音沙汰もないことに不安を感じたガイが、席を立とうとしたところに、ちょうど彼らはやってきた。そこで、申し訳なさそうにシグムントが切り出してきた。
「すみません、わたし達が不甲斐ないばっかりに」
ローズが頭を下げる。一拍送れてフラヴィオも頭を下げた。ユリアの弟子に謝られ、ガイは手をぶんぶんと振った。
「いえ、そんな」
「そうです、むざむざ捕まってしまったザインが悪いのです。フラヴィオもローズも謝る必要はありませんよ」
優しくさとし、ユリアが二人の表を上げさせた。
「で、どーする。ザイン助けに行く?」
仲間が捕まったにしては、対応が随分と冷たい。シグムントが申し訳なさそうにしていたのも、むしろザインにガイを会わせられなかったことをすまないと思っているようだった。
「仕方ありません。彼なら放っておいても大丈夫ですが、今は状況が違います。歪みが限界を向かえる前に、ガイラルディアをザインに会わせなければ。みなで助けに行きましょう」
「ユリア自ら行かれるのですか?」
自分とシグムントが助けに行くと思っていただけに、始祖直々の救出宣言にガイはおどろいた。
「私が、いえ我々がここにいること自体が歪みなのです。消えてしまう世界だから、消えてしまう世界だけど、最期まで私はできる事を精一杯やりたい」
「そういうことです」
フラヴィオが賛同して頷いた。
「そーそー。やっぱ子孫にはいいとこ見せないとね」
「実践で僕の戦いを見て、学ぶのもいいと思わない?」
「回復なら得意ですから、どんどん突っ込んでいってくださいな」
「あ、僕も後方支援だから」
ギーメル、シグムント、ローズ、オパールも楽しそうに頷いた。
「よろしく、お願いします」
ガイの声が震えた。
いくら彼らが蜃気楼のような幻でも、今、ここで、目の前で息をしている。アッシュは自ら分裂した。それなのに、自分のエゴで、彼らを消してまでやらなければいけないことなのだろうか。
「ガイラルディア、迷ってはなりません」
するとユリアが、まるで心をよんだかのようにさとす。
「言ったでしょう。私はアッシュを知っている。アッシュがあなたに集められることを望んでいると知っている。我らは星の記憶の一つです。消える事を悲しまないで」
「ありがとうございます」
あれいらい、すっかりタガが緩んでしまったんだろうか。ガイは熱くなった目頭を押さえた。


国境ぞいにあるザインが捕らわれている砦についたのは日が落ちた頃合だった。夜は奇襲にもってこいだ。時間的にもちょうどいい。
「作戦はありません。皆で豪快にやっておしまいなさい。とりあえず、私が譜術で壁に穴を開けますから」
無茶苦茶な指示だが、彼らは心得ているようで、力強く首を縦に振った。フラヴィオがこっそりガイに「誤解しないで下さいね。ユリア様は、普段はもっと綿密に行動を計算される方です」と耳打った。
「では行きます。――魔を灰燼と成す激しき調べ、ヴァ ネゥ ヴァ レィ ヴァ ネゥ ヴァズェ レィ ジャッジメント!」
轟音と共に雷がレンガを砕き砦の壁に大穴を開ける。一気に突撃し、にわかに騒がしくなった砦を、牢屋目指してガイ達は走りぬけた。
先導するフラヴィオの槍が兵をなぎ倒しガイとシグムントの剣がなお向かってくる兵を昇天させる。オパールの支援譜術で身体も軽い。シルフの力を振るうギーメルは、目にも止まらぬ速さで敵を沈黙させている。傷を負ってもすかさずローズの譜術が癒し、まとまって現われた敵にはユリアの強力無比な譜歌で活路を見出した。
「こっちです、ガイラルディアさん!」
フラヴィオが鉄の扉を切り捨て、牢の並ぶ地下に躍り出た。
「ザイン、無事か!?」
「なんだ、意外と早かったな」
続いてきたガイの叫びに、落ち着いた声が廊下の奥から聞こえてきた。
「敵は我々が食い止めるよ。ガイラルディア、ザインを助けてやって」
シグムントが新手を切り伏せ、ガイに微笑んだ。
「ありがとうございます!」
ガイは走る。牢の入り口に全員で立ち塞がり、皆そのときを待っていた。
「ザイン、いや、アッシュなんだろう」
鉄格子を壊し、ガイはとうとう最後の七賢者と対面した。
赤い髪。碧の瞳。配色以外はまったく似ていない青年が、ゆったりと牢の中でくつろいでいる。
「そう、私はザインでありアッシュであり、ローレライだ。ザインはなかなか曲者でね。アッシュは怒るけれど、君を試したかったんだよ」
緩慢に立ち上がり、赤い髪の男は両手を広げた。
「試す?」
「私の行動は歪みを加速させた。つまり制限時間が縮まる。だが、見事君は限界の前にここにたどり着いた。私の夢であっても、いまここに生きているユリアたちを殺す事を選んだ。なによりがむしゃらに、私を求めてくれた。合格だ」
「随分俺は見くびられていたとみえる」
「そう怒るな。つまり、それほどの覚悟がなければこの先やっていけないということだ。引き返すなら、今のうちだぞ。ガイラルディア・ガラン」
「寝言は寝てから言ってくれ」
「上等だ。この先いくつもの邪魔が入るだろう。今回は私が押さえてやったが、次はそうもいかない。これからの世界に、私はいない」
「邪魔?」
この世界に干渉できる人間など、いるはずがない。ガイの行動を阻むものは、それこそ今のザインのように、ローレライそのものだ。もしくは、あまり考えたくないがアッシュ当人というのも考えられる。初めてアッシュ二人にあったときのように。
ガイの疑問には答えず、ザインは微笑んだ。
「では。 私の同胞 ( アッシュ ) を頼んだぞ、ガイラルディア」
この世界に飛ばされたときと同じように、ガイの身体を熱のない炎が包む。ザインの腕が炎を割り、ガイの前に突き出された。手の平の譜石を受け取り、ガイは大きく頷き、肯定した。



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