ガイは譜業が好きだった。祖国マルクトは譜術のほうが発達した国だったが、ガイは譜業のほうに興味を持った。譜術は本人の資質が問題だが、譜業は譜術のまったく使えない人間でも扱うことができる。あまり譜術が得意でないガイは次第に譜業を本気で学びたいと思うようになっていった。母であるユージェニーの実家はキムラスカでも力のあるセシル家であったことも幸いし、ガイは留学の機会を得ることができた。 (これをこーして、こうやって) 「できた!」 歓声と腕を上げ、ガイは新しい作品の完成を素直に表現した。それを聞きつけた研究室の仲間がわらわらと集まってくる。 「ガイラルディア、今度は何を作ったんだ?」 「うわ、おすなよ」 「あたしにも見せてー!」 部屋には五人もいなかったのに、なぜか一瞬で倍以上に増えた。自分が多少なりとも評価されていると思うと、異国の人間としては安心する。 次は何を作ろうか、いや確か前に作った譜業の応用を考えておけって言われていたっけ? ガイは学友達と話しながら、次の譜業について考える。 一人、アッシュだけはその輪に入らず、遠くから騒ぎを見ていた。 そんなこんなで、あっという間に一ヶ月が過ぎた。実家から一度帰ってきたらどうかと手紙が来たが、ちょうど大きな企画に参入したところで、心苦しくはあったがしばらく帰れないむねを伝えた。それはそれで、他国の地に馴染んでいるという証拠でもあるので、両親としては嬉しくもあり悲しくもあるのだろう。 「ガイ」 「あ、アッシュおはよう」 このごろガイはめっきり研究室に泊まりこんでいるので、アッシュと朝の挨拶をするのは寄宿舎外になってしまっていた。 「大丈夫か、あまり顔色がよくないぞ。倒れられたら迷惑だからちゃんと休め」 朝の開口一番、今日もアッシュは一言多かった。 「あー、やっぱりちゃんとした寝床で寝てないからなー。今晩は部屋に戻るよ。たぶん」 「『たぶん』じゃないだろ。いいか、今日は絶対戻ってこいよ! 渡したいものがある」 「わかった。必ず戻るよ」 こういうとききちんと答えないとアッシュは引き下がらない。作業日程表でなくスケジュール帳を開いたとき、ガイは今日が自分の誕生日であったことを思い出した。 (あー、だから父さんたちいったん帰って来いって言ってたんだな) アッシュが自分の誕生日を覚えていたことにも驚きつつ、ガイは手帳を閉じた。 夜。予想通り、寄宿舎に帰るとアッシュが誕生日プレゼントと称して細長い小箱を渡してきた。 「おお、アッシュありがとうな! さっそく開けてみていいか?」 「好きにしろ」 子どものように無邪気に喜ぶガイから微妙に視線をはずしてアッシュは言った。これは間違いなく照れている。しかしあえてそこには目をつむり、ガイは小箱のリボンをとき、蓋を開ける。 「これ、は?」 中に入っていたのは、鎖のついた透明な筒だった。筒の中身は空っぽで、直系は二〜三センチ、長さは十五センチ程度。両端は金属で装飾されており、首から下げるには大きいが、なかなかの物だ。 「あんなに奇麗な譜石をただの袋にいれるなんてもったいないからな、それにでもいれろ」 世界が割れる音が、した。 ああ、そうだった。なんてことだろう。忘れていたなんて! 「アッシュ、ありがとう」 唐突に目から液体が零れたルームメイトに、アッシュの方が狼狽した。 「な、何も泣くことはないだろう」 「あ、あれ、本当だ。泣いてる……?」 ガイは目をこすった。しかしあとからあとからそれは溢れて止まらなかった。 思い出した。馬鹿だ。この心地よい世界に酔い、すっかり本来目的を見失っていた。 (やっぱ、いつも俺をひっぱたいて目を覚まさせてくれるのはアッシュなんだな) 涙はなおも止まらない。何よりも残酷なのは、彼に己を閉じ込める檻をつくらせてしまったことだ。ローレライは言っていたではないか。生半可な覚悟では達成できないと。笑っているアッシュに現実をたたきつけ、引きずり戻す痛みを背負うことでしか、今の自分には償えない。 「アッシュ。俺、本当はアッシュをこの世界から奪うために来たんだ。ごめん」 「そうか」 「寝言抜かすなって、言わないんだな」 「いや。」 アッシュは静かに首を振った。 「むしろ安心した。おまえの忘却ぶりといったら、笑えなかったぞ」 「反省してるよ」 「まぁ、俺もな。最初はわからなかったけれど、これが出来上がって、わかった。我ながら都合がいい夢を見る」 青年は自重気味に口角をひきあげる。彼には、そんな笑い方をしないでほしいのに、果たしてそれを伝える視覚が自分にあるのだろうか。 「ほら、失くすなよ。譜石だ」 気付けば手元になかった譜石をアッシュから渡され、ガイは驚く。一体いつの間に手放したのか。本当に自分はどうしようもない。 「何から何まで悪い」 そう思うならもっとしっかりやれ! と怒られながら、ガイは譜石を筒に一つ一つこめる。 「今回は合格点をやれんな。まぁ、こちらも手の内をすべて明かしてはいないから、しょうがないと言えばしょうがない、が」 譜石をこめ終わると、アッシュが手を差し出した。結局一度も取れなかった手。ガイは、今度こそしっかりと握った。 「自力で思い出したから、許してやろう。ぎりぎり及第だが、次もこううまくいくとは限らんぞ」 なにせ、今回俺はアッシュだったからな。 手が触れ合った瞬間、アッシュの姿がかき消える。最後の言葉を言い終わらないうちに、譜石はガイの手の平に収まった。 |