「おまえが残ってくれると思ってたよ、アッシュ」
「ガイ……」
最後のレプリカ信託の盾騎士を倒したのを見計らい、閃光のガイラルディアはアッシュの前に姿を現した。
手を叩きながら揶揄する男を、肩で息をつき、満身創痍のアッシュは、しかし膝を付くような無様な姿はさらさなかった。
エルドラントに乗り込んだアッシュとルークにローレライの鍵を完成させつつも、二人を分断する。ガイラルディアは自分の計算どおりに運んでくれたと、至極嬉しそうにアッシュを見る。
「俺を殺しにきたのか」
「ああ」
「そうか。よかった。殺したければ、殺すがいい」
「そう言ってくれると思ってた」
ガイラルディアは刀を抜いた。その表情に特別な感慨はない。アッシュもまた、冷静に迫りくる死を見つめている。
思ったより、軽い手ごたえだった。
仰向けに倒れる様子が、ゆっくりとうつる。
最期に笑って何か言おうとしたが、アッシュは咳き込み血を吐いた。
「馬鹿だな、切られる前に言う暇はあっただろ」
汚れた口元を、ガイラルディアは手袋でぬぐう。輝きを失った碧の瞳をそっと閉じた。

そして、絶叫が世界を揺らした。

『ようやく気づいたか』
(アッシュッ、アッシュ……!)
我を忘れて叫ぶ頭の中のもう一人の自分に、ガイラルディアは呆れと驚きにため息をつく。完全に同化したと思っていたのに、まだ在った。煩わしい。
「結局、おまえは何も出来なかった。残念だったな。早く消えろ」
これが悪い夢ならば、
(――ある。ひとつだけ出来ることが)
瞬間、膨大な第三音素が発生し、濃度と圧力にガイラルディアは耐え切れず方膝をつく。
(シルフ!)
「な、に!?」
呼ばれた第三音素意識集合体の名と共に、それは具現した。少年の姿をしたそれは、今までガイを助けてくれたものとは同一と思えないほど、威厳に満ち溢れている。
伝説といっても過言でないほどの存在を前に、ガイラルディアは動けない。
「願いは」
(俺を、殺せ!)
風が、吹いた。



ガイ、ガイ、

誰かが、俺を呼んでいる。

ガイ!
懐かしい声だ。
最後に呼ばれてから、もう一年以上たっている。
そうだ、この声は

「アッシュ!?」
どういうことか、死んだはずのアッシュがガイを揺さぶっている。
「なんてことをしてるんだっ、このっ大馬鹿者がっ!!!」
血まみれで言われても、説得力は皆無だ。
「一体全体、どういうことだ」
あれ、俺今喋ってないのに俺の声が聞こえた。
ガイが声のした方向に視線を巡らすと、自分がうろたえている姿が目に入った。
「あ、れ。分離した、の……か……?」
どういう仕組みかわからないが、ガイは自分の体を手に入れた。六神将のガイもそれはなんとか理解したようで、次にもっと不可解な現象に視線を移す。
「アッシュ、どうして生きている」
「いや、アッシュは死んだ」
本人が言って、一番説得力がない。
「馬鹿にしてるのか」
「言葉が足りなかったな。さっきまでここにいたアッシュは死んだ。俺は、別のアッシュだ。ちょっとこの体を借りているだけだ」
「ようするに、もう一人の俺みたいなもんか
「ああ」
飲み込みが早くて助かるなと、アッシュは変なところを褒めた。
「どうして、俺まだ全部譜石を集めきってないのに」
ならば、別の疑問が今度はガイに浮かぶ。
「いいや、もうそろっている。ただ、おまえが気づいていないだけだ。まったく、このままじゃ一生気づかないみたいだったし、なんか死のうとするし、仕方がないから出てくるはめになっちまったじゃねえか」
さすがにガイラルディアもこの言葉は理解できず、完全においてきぼりだ。ガイもガイでアッシュの言葉の真意を測りかねている。とりあえず、後半だけは理解できるが。
「譜石がもうそろってるって、どういうことだ? アッシュは死んでしまって、もう……あ」
言いながら、ガイは気づいた。
この世界の創造主であるアッシュが死んだなら、何故この世界は崩壊しない?
「ようやく気づいたか」
「じゃあ、本当のアッシュはどこにいるんだ」
「それも、ちゃんと考えればわかる」
譜石であるアッシュは別にいることは、わかる。だが、それは誰だ? 譜石は惹き合う。今まではそれでアッシュの検討をつけたので譜石を入れたケースをガイは見る。
「あれ」
中はもぬけの空だ。そのかわり、さっきから胸が熱い。ここに最後の譜石があると知らせている。
「まさか、六神将の俺とかじゃないよな?」
「あてずっぽうで物事を考えるな。もっと頭を使え」
確かに、ガイラルディアの中にいたとき、譜石の反応はあった。だからそうなのかもしれないと思ったが、あえなくアッシュに却下された。
「ああもうどうしてここまできておまえはわからんのだ!?」
「まさか、俺?」
「もう一声」
ならば、答えはひとつしかない。
「俺が、最初から持ってたってことか」
「ようやく気づいたか」
光が、世界を満たした。
「なんだ!?」
光が去っても、眩しさに潰れた目が視力を取り戻すまでに時間がかかった。ガイラルディアが見たのは、動かなくなったアッシュを寝かせるガイの姿。
「頭が冷えたら、俺気づいたよ」
ガイは立ち上がると、静かにガイラルディアに向き直る。
「違いがないというのなら、おまえだって俺と一緒で今すぐにでも復讐を止められるはずだ」
一枚の紙の表と裏のように。二人は同じ。結果は違った。それは、なぜか。
「だが、おまえは復讐をやめなかった。当たり前だ」
あんまりにも単純すぎて、忘れていた。
「おまえはおまえで、俺じゃない」
「やっと気づいたか」
ガイラルディアは笑う。
「俺は、自分の手で世界が滅ぼせるか賭けてたのさ。レプリカでさえ、ぬるい。完全な消滅。けど、ルークは賭けに勝った。あいつなら俺を倒して世界を救える」
落ち着いた声音からは、落胆しているのか安心しているのか判別できなかった。
「ちょっとだけ、おまえの記憶が見えた。それで、アッシュにルークが勝った時点で、もう俺の腹は決まったのさ」
だから、被験者を越えたことを確認して、アッシュを討った。
「もうすぐ、ルーク達はここへくるだろう」
ヴァンの名は出ない。
「おまえ……」
「もう行け。おまえがここに止まる意味はない。むしろ、早く行ったほうがいいぞ。ルークに俺を殺させる気か?」
「っ、」
自身が夢を具現させている今、この世界からの離脱は任意だ。
「結果は出ている。だから、俺は満足だ」
ガイラルディアの言葉に、ガイは眉をひそめた。
「俺は、おまえになんて言っていいかわからない。ただ、二度と逢いたくないことは確かだ」
「俺は逢えてよかったよ。じゃあな」
ガイラルディアが手を振る。
ガイは夢から覚めるために目を閉じた。








「おかえり、ガイ」
「ルーク!?」
第七音符帯に戻ると、出迎えたのはルークだった。
「伝言、頼まれてくれるか?」
そのために待っていたと、ルークはさびしそうに笑う。
「ティアに、大譜歌を歌ってほしいんだ」
「わかった、必ず伝える」
「ありがとう。帰りは送ってくよ。っても、目を閉じて一瞬だけどな」
少し名残惜しそうな親友に、ガイは力強く返答する。
「そうか。じゃあ、またな、ルーク」
またな。
その言葉に、ルークははじかれたようにうつむきぎみだった顔を上げる。
「ああ、ガイ。またな!」







ガイは走った。一刻も早く伝えたかった。
「ティア!」
ノックもまどろこしいと開いた扉の先には、驚く少女の顔。
「ちょっと、そんなに急いでどうしたのガイ?」
ガイが戻ってきたと報告を受け、応接室で到着を待っていたティアだったが、女性には礼節を重んじる青年のらしくない行動に目を白黒させる。
「歌ってくれ、大譜歌を! ルークが伝えてくれてって、俺にそう言ったんだ」
「ルークが……!」
その名にティアは思わず腰を上げた。
「なら、明日みんなでタタル渓谷へ行きましょう。ルークの誕生日を、祝って」
「そうだな」
折りしも明日はローレライデーカン・レム四十八の日だった。まるで図ったように帰ってきたガイに、ティアはそう提案する。
急な申し出であったが、まるで最初からその日はタタル渓谷へ行く予定だったとでもいうように、全員が渓谷へ集まった。
優しい満月の明かりに照らされてそよぐセレニアを、いにしえの契約の歌が優しく包む。


そして、ルーク・フォン・ファブレは帰還した。


暁のオルビタ

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帰ってきたのは、ルークの記憶を持ったアッシュという新しいルーク・フォン・ファブレです。
ガイアシュですが、今回ガイとアッシュはわざと「好きだ」とか「愛してる」とは明言しないように書きました。なんというか、ガイとアッシュを繋いでいるのは、まさしく愛なんですが、恋愛の愛でなく、お互いの存在すべてを受け入れた本当に「愛」っていう、愛。うーん。つまりあれですね

萌え

ですね。……あれ、すごく的確なのに、すごく間違ってる気がする!
ヨスガラヒネモスは愛が大好きです(ヱヱ顔)。

長い間お付き合いありがとうございました!(気を取り直して)
スパコミに1〜7巻を加筆訂正して文庫で出す予定です。予定
書きながら、書きたい事は変わらなかったのですが書きたい物が変わったり、色々ガイアシュについて考えが変わったりしたので、やっぱりまとめたいなぁ、と。