c. 虎兎R18-01

「あっ…は、あぁ…」
 膨張した自身が流すつゆが、しごく指に絡まりぬちぬちといやらしい音をたてる。
 この指は、自分の指ではない。骨張って、荒れた、男の手だ。うつ伏せになった背後から彼の手が伸びて、張り詰めた肉茎を握っているのだ。
『バーナビー』
「っあ…ふ、ぁア…こて、っさ、」
 かすれた低い声が、耳元で名前を呼ぶ。いつもはバニーちゃんなんてふざけた呼び方をするくせに、こういうときだけきちんと言う。
「も、ぃ…く、あ、あぁ…」
 バーナビーは右手で中心を握ったまま、左手の指を後孔にうずめた。青年の細く長い指は、熱く太い楔に脳内で変換される。
「っく、ん…ぁ、こて、つさ、あ、アアッ」
 前立腺を押し上げ、バーナビーは男の名前を叫びながら吐精した。
「…は、あ…は、ぁ」
 荒い息を吐きながら、バーナビーはベッドに沈んだ。
 虚しい。
 虎徹に抱かれる想像をしながら何度己を慰めてきただろう。そのたびに、言いようのない空虚をバーナビーは感じた。
 低い声も、厚い胸板も、力強い腕も、すべて妄想の産物だ。
 本物が欲しい。熱く滾る塊に貫かれ、愛されたい。
 だが、それは所詮かなわない願いだ。
 彼には、愛するひとがいる。
 左手の薬指に必ずはまっている指輪が視界にはいるたび、バーナビーはどうしようもなく苦しくなる。
 絶対に両想いにはなれないとわかっているのに、虎徹はずかずかとこちらのテリトリーに入り込んできて、心を乱すだけ乱して本当に欲しいものはくれない。
 最近は、もう恋しいというより憎いとすら思うようになってきている。
 あの人が困ればいいのに。
 あの人が悲しめばいいのに。
 あの人が後悔すればいいのに。
 泣いて、懇願して、悪かったと土下座して、どうか許してくれと地べたに額を擦りつけて詫びればいいのに。
 どうしたら彼を改心させられるか、そればかり考えている。考えていないと、身が持たない。
 
(オレがいなければ、生きていけない体になればいいのに)
 
 ぜんぶ、ぜーんぶつくえのうえのえそらごと。
 
 
「よう、おはようバニーちゃん」
「バニーじゃありません、バーナビーです」
 おはようございます。
 出勤してかわされるのは、いつものやりとり。訂正しつつも律儀に挨拶をかえす後輩に、虎徹は嬉しそうに笑う。
 その憎たらしい顔に爪をたてて、二度と人前には出れないような顔にしてやりたい。どれだけ胸がすくだろう。自分だけしか、彼は会えなくなってしまえばいいのに。
 今日も報われない一日が始まる。


つづく