―― III ――


街の様子がおかしい。
家を出てすぐ、サチの携帯にかけても繋がらず、サチの家に行っても誰もいないのか、呼び鈴を押しても反応はなかった。いや、そもそもサチの家だけではなく、すべての家に人の気配が感じられなかった。まるで、街全体が寝静まったかのようにひっそりしていた。まだ、七時なのに。
そういえば、母さんと父さんは家を出るときどうしていたろう。嫌な考えは、自身の気持ちを無視してどんどん広がっていく。
「くそっ」
 ガラにもなくそう吐き捨て、僕は家へ向かったって走り出した。

結果は、予想通り。
父も母も、体から羽根を生やして居間で倒れていた……。
「母さんっ、父さんっ」
揺さぶってもつねっても叩いても、二人はまったく反応しない。
「まさか、全員そうなのか」
声だけが暗い部屋に響く。
この街の異様な雰囲気。この街だけでなく、おそらく世界もそうなのだ――。

と。
車の音がした。
靴を脱がずに上がったので、そのまま急いで窓から庭に出る。
黒塗りの高級そうな乗用車が家の前に止まって、これまた黒ずくめの男たちが出てきた。
「なんなんだ、あんたら」
明らかに怪しい。というか、こういうやつらが主人公の味方じゃないってことは、物語の定石で決まっている。
「国本正義さん、ですね」
黒服が、一歩近づく。
僕は、一歩も退かない。
「春川サチ様がお待ちです。どうぞ、お車へ」
「え」
「あなたには消えてもらいます」なんて続けて言われるかと思っていたら、あっさり敵でないことがわかってしまった。
サチに続く道が他にあるとは思えない。ここで断るのは得策でないと判断した僕は、黒服の車に乗り込んだ。

車は学校裏の山を抜け、誰も利用しているところを見たことがない(そもそもその先に田んぼをもっている人がいない)道を行く。
一時間も走って、こいつら本当にサチのところへつれていくつもりなのか、まさか僕を人気のないところで殺すつもりじゃあないよな、なんて疑い始めたころに、それは現れた。
白い、病院といった表現が近い大きな建物。ここにサチがいるのだろうか。
「国本さん、あとは入り口に案内のものがいますので、彼についていってください」
今まで世間話にも一切応じなかった黒服は、それだけ言い残して僕を車からさっさと追い出してしまった。それは扱いがぞんざいというより、むしろ時間がない切迫した対応――。

きいたとおり、入り口にはこれまた似たような黒服の男がいて、僕を足早に建物の奥のほうへ連れて行く。夜だというのに明かりは少なく、途中何回かカードキーで扉を開けたり、指紋照合やらなにか僕のわからない解除方法で扉を開けていった。あまりの物々しさと厳重さが、なにか僕の想像を超えた範疇の出来事があると訴えてくる。
いや、そもそもこの建物はなんなんだ。地元の人間でも、こんなもの知らない。

「あの、質問してもいいですか」
僕は思い切って黒服に聞いてみた。車の中では無視されたけど、彼もとは限らない。……かもしれない。
「私が答えられる範囲なら」
よかった。どうやら彼はなかなか融通がきく人間らしい。
「ここって、いったいなんの施設なんですか」
「国の研究機関だ。詳しい研究内容言えんな。もちろん一般にも公開されていない。そして、春川夫妻はここの研究員だった」
「春川って、サチの」
「そう春川チサトと春川庸介は、ここで働いていた。ずっと、お前たちが生まれる前から」
「――」
「これ以上は、私が言うより本人に聞いたほうがいいだろう」
そう言って、黒服は最後の扉を開いた。

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