「おいきなさい、わたしのきょうだいたち。」


のオルビタ2


「お待ち下さいっ伯爵! 現在少将は陛下と、」
兵士の静止を振りきり、ガイは執務室の扉を開けた。
「ジェイド、説明してもらいたいことがある」
「おや、珍しいこともあるものですね。ガイに説明役を振られてしまうとは」
「おお、ガイラルディア。早かったな。もっとゆっくりしてきてもよかったのに。ティアは元気だったか? あとトリトハイム大詠師も」
上級仕官不足で、とうとう将軍にされてしまったジェイドの部屋には、マルクトの皇帝もいた。普段であれば最高礼で対応しているところであったが、ガイはかまわずジェイドの机に手の平を叩きつける。
「これを見てくれ」
「これは……譜石、ですか? ガイ、そのように乱暴に扱っては、欠けてしまいますよ」
揺れる炎を内包した譜石に、ジェイドは眼鏡を押し上げる。行儀悪くその机に腰掛けていた皇帝も、なんだなんだと顔をつきだしてきた。
「これはアッシュだ」
「……………………………………………………………………………………」
「ガイ、ちょっと仕事押し付けすぎちまったか? すまなかった、そこまで疲れてるとは知らなかった。よし、しばらく休暇をやろう、な。だからちょっと落ち着け」
なぜ譜石がアッシュになるのか。理解不能な行動をとる青年に、二人は思いっきり引いていた。
「陛下、俺はいたって正気です」
「きちんと説明していただかないと、誰だってそう思いますよ」
ジェイドがあきれると、ガイは説明する間も惜しいといった感じでまくしたてた。
「ダアトで死んだはずのアッシュに会った。しかも二人だ。十歳のアッシュと鮮血のアッシュ。フローリアンは何か感じたらしいんだが、このことについて聞いてもさっぱり要領得ない」
「私も、今の説明ではさっぱり要領を得ません」
「ガイラルディア・ガラン、ジェイドもいじわるじゃあないんだ。きちんと、最初から、落ち着いて、ゆっくり説明してやれ」
ピオニーが低い声でたしなめる。マルクト皇帝の静かな迫力に、伯爵はようやく我に返った。
「――申し訳、ありませんでした」
応接テーブルの水差しから一杯拝借し、ガイは気持ちを平にしようと一気にあおる。一呼吸おいたのち、青年は事の顛末を語り始めた。
「にわかに信じがたい話ですが……。つまりアッシュ、とローレライから、分裂したアッシュを探すように頼まれた、というわけですね」
「そうだ」
ようやく事情を理解したジェイドは、机の上で組んだ指を組み替え一言一言慎重に口にする。
「それで、私に説明してもらいたいことというのは?」
「アッシュは死んだはずだ。ルークならともかく、どうして第七層に昇る必要がある」
「……」
「ジェイドッ」
再び声を荒げるガイだったが、もうジェイドもピオニーも何も言わなかった。ただ、静かにジェイドは重い口を開く。
「憶測でものを言いたくはありません。が、」
少将の視線がガイの目をとらえる。
「ガイ、あなたはそれを聞いてどうするのですか」
「旦那の回答しだいだ。それに、もともと探してやるつもりだし、疑問があったから聞きたかっただけだ」
「全員を探し出したとしても、アッシュが蘇るわけではありません。ましてや、ルークもです」
「そんなこと、わかってる! アッシュは、あいつは一言だってそんなこと言っちゃあいない。ただ、探して欲しいとだけしか聞いてないんだぞ!?」
自分が勢いに任せて言った言葉に、青年は初めて気付いたようにはっとして口元を押さえる。
「そこまで言うのでしたら、お話しましょう。その前に、確認しておきたいことがあります。ティアや、他の仲間には話しましたか?」
ガイの行動を、わざと見なかったことにしてジェイドは言った。
ピオニーはいつのまにか机を降りており、ジェイドの後ろに立っていた。こいつ、今わざとガイにしゃべらせたな。非難がましい視線を後頭部にちくちく送るが、気にしているようでは皇帝の懐刀は務まらない。
「いや。俺みたいに、ぬか喜びさせちゃ悪いからな」
「少なくとも。あなたよりは冷静に受け止めてくれると思いますがね」
嘆息し、ジェイドは本題に移った。
「完全同位体同士には、ただの被験者とレプリカとは違い、大爆発という現象が起こります」
「大爆発?」
「正しくは、被験者に大爆発が起こり、レプリカとコンタミネーション現象が起こるのですが、ややこしいのでそういうことにしておきます。ともかく、大爆発が起こると、被験者は音素がゆるやかに乖離し、死ぬときにレプリカの記憶を受け継ぎ復活する」
「……」
ガイはなにも言わない。いや、言えなかった。ジェイドは内心自分も甘くなったものだと思いながら、彼が恐ろしくて聞けなかったであろう続きを口にする。
「もちろんレプリカは、死にます」
「っ、」
「しかし、大爆発が起こる前にアッシュは死んでしまったと考えられます。ルークもアッシュと同じように音素乖離を起こしていましたし、大爆発によるコンタミネーションは特殊な環境が必要です。到底、自然に起こるとは思えない」
「その、大爆発とアッシュが第七層に昇ることと、どう関係があるんだ?」
もうそれ以上聞いていられないとでもいうように、ガイは先の質問を繰り返す。
「あなたも知っているでしょう。エルドラントに、二人の死体は無かった。ルークはともかく、アッシュまで無いというのはおかしいと思いませんか?」
「……コンタミネーションが起こったとは考えにくいんだろ。さっきから言ってることがちぐはぐだ」
「ですから、憶測の域を出ないと言ったでしょう。ともかく、コンタミネーション現象が起こるには不安材料が多すぎる。かといって、死体がないことを他に説明できない。しかし、まぁアッシュは第七音素そのものです。ローレライと一緒に第七層へ行ったとしても不思議はありません。私はあなたが言ったアッシュの言葉から、後者の案を押します」
「その答えじゃ、大爆発の説明はしなくてもあんまり変らないじゃないか」
「おや、では大爆発のことは言わなかったほうがよかったですか?」
「……すまない」
ガイは素直に謝った。
自分が望まない答えは欲しくないなんて、随分子どもじみた態度をとってしまった。さっきから情報が多すぎて整理できない。だんだん自分でも何がしたいのか。わからなくなってきて息苦しい。
「もういいだろう、二人とも。俺にはなにがなんだかさっぱりだ! カタイ話は終わりにして、ガイラルディア、今日はもう休め。ダアトの報告はあとでいい」
沈んだ空気を吹き飛ばしたのはピオニーだった。ぐりぐりと伯爵の額を人差し指で押すと、ガイの眉間のしわをほぐす。
「はい。申し訳ありません。こたびの非礼の数々、なにとぞお赦し下さい」
「違う違う、そういうときは謝るんじゃなくて感謝するんだよ」
「いだっ」
ビシっとデコピンをして、ピオニーは笑った。
「あ、りがとう、ございま、す」
「よしよし。それでいい」
「ああ、この譜石は調べたいので置いていってくださいね」
「了解。でもあんまり変なことはしないでくれよ」
額をさすりながら退出する青年を二人は見送る。扉が閉まり、足音が遠ざかってからジェイドは口を開いた。
「あのようなガイを見たのは久しぶりですね」
「ああ。この一ヶ月、生きてんのか死んでんのかわからないくらい薄かったからなぁ。
ところで、俺たち何話してたんだっけ?」
ジェイドは黙って書類の山を指差した。仕事しろ。


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