ガイの予想に反して、ガイラルディアはその後取り立てて何かするわけでもなかった。ただ、ヴァンの背後に立ち彼の支持を聞いて動く者たちを見ているだけだ。ヴァンも、特にガイラルディアに命令するわけでもない。 (どういうことだ?) アブソーブゲートで地殻にヴァンが消えても、ルーク達の前にガイラルディアは姿を現さなかった。ただ、地殻の中で生成中のホド――エルドラントをふらふらしているだけだ。 ガイラルディアは完璧に心を閉ざしており、彼にガイの声が聞こえないように、ガイラルディアの心も自分には聞こえなかった。誰かと会話があれば、まだ何を考えているかわかるものだが、エルドラントにはガイラルディアしかいない。 ところがある日、リグレットがやってきた。怪我が完治したことを報告に来たようだ。 これから再び計画を続行するという、二言三言のそっけないやりとりだけで、またエルドラントには静寂が訪れる。 ガイラルディアは、地上に上がっていた。 驚いたことに、ガイラルディアは難なくアッシュを探し出すと「六神将に気をつけろ」と、現実世界でガイが言われたこととそっくり同じ事をアッシュに言い、あっけにとられている少年を放置しさっさとその場を離れた。 エルドラントと地上はフェレス島に昇降機を繋げて出入りできるようになっていた。 気圧が変化し、耳鳴りがする。 『おい、これはおまえの仕業か』 (え――) だから、最初話しかけられたのは空耳かと思い、ガイはガイラルディアの問いを聞き逃した。 『俺には第七音素の素養はない。だが、おまえが俺の中に来たときから、第七音素を扱えるみたいだ』 (それで、アッシュの居場所がああも簡単にわかったのか?) 『そうだ。だが、こう、おかしいな。確かにアッシュに逢ったのに、本当のアッシュに逢った気がしない』 (……) 第七音素が扱えるのは、確かに自分のせいだろう。正確には、自分のもつアッシュの譜石のおかげだろうが。実体がないのでわからないが、ガイはアッシュの譜石が自分と共にあることを感じていた。 この世界はアッシュの夢だ。創造主である欠けたアッシュに逢って、第七音素と繋がったガイラルディアが違和感を覚えることは不思議ではない。 『俺がおまえに本心を見せないように、おまえの隠したいことは、俺には聞こえない。ま、話しても話さなくてもいいが』 別にだんまりを決め込んだわけではないが、返事のないガイに、ガイラルディアは言った。 (いや、おまえが感じていることは正しい。確かに俺はおまえが第七音素を使える原因だ) 『アッシュのことと、第七音素を使える理由は?』 (それは、) もし、ガイラルディアがこの世界がアッシュの夢――数限りなくある星の記憶のひとつでしかないと知ったら、どうするだろう。ヴァンならば、もしかしたらこの蛮行を止める可能性が多少なりともあるかもしれない。だが、この男は。 (おまえは、この世界をどうしたいんだ。ヴァンのように、レプリカにして予言を消すつもりか?) 『さあ。どうだと思う?』 やはり、真実を知らせるのは危険だ。 アッシュを譜石に戻す前に、ガイラルディアは世界を壊すかもしれない。そんな確信がした。 さすが自分というか、まったく違う考えなのに行動が読める。一歩間違えば自分はまさにこうなっていたのだ。ガイは寒気がした。 (俺は世界をレプリカなんかにしたくない。だからおまえには教えられない) 『つまり、おまえの情報はかなり重要ってことか』 (……) 我ながら自分に嫌になってくる。墓穴を掘りまくったガイは、頭を覆いたくなった。 『面白い。今までうるさいからって無視してたのはもったいなかったな。これからはおまえの言葉は聞いてやるよ。聞いてやるだけ、だけどな。俺を変えられるものなら、やってみればいい』 (望む、ところだ) 『もっとも、俺今んとこ何もする気ないから』 決意したそばからガイラルディアの言葉に、ガイは脱力した。 だが、瞬時にそれは恐怖へと変わる。 ひょっとして、こいつはヴァンより危険な存在じゃないのか――? 「さーて、腹がへった。今日の夕飯は何にするかな。おまえ、何が食いたい?」 (……) 独り言ひとつもらさなかった男は、数ヶ月ぶりに二文以上喋るとエルドラントの地を踏んだ。 * * * 宣言どおり、何もしないガイラルディアに、そろそろガイは痺れを切らし始めていた。 (おまえ、このままだと瘴気が消えるぞ。いいのか) 『別に。だっておまえもぎゃあぎゃあ言わないし。大丈夫ってことだろ』 なにが。 ガイの突っ込みに答えず、ガイラルディアはのん気に刀の手入れをしていた。 六神将とモースが乗り込んだエルドラントは浮上し、皮肉なことに世界はようやく団結した。 「あ。」 ガイ達は同時に空を見上げた。 瘴気が晴れる。 同時に第七音素が大きくうねるのを感じだ。心のそこからあふれる叫びが聞こえる。 「――っ」 頬を熱いものが流れる。驚いたのはガイで、ガイラルディアはそっと目頭をぬぐった。 生きていたい。 死にたくない。 でも、大切なものを守りたい。 ルークとアッシュの声だ。 (おまえは、これを聞いてもまだ今の世界を否定するのか) 『そうだ』 なんの感情の揺らぎもない声で、ガイラルディアは即答した。ガイは必死で考える。いったい、何が彼をここまでにしたのか。彼と自分の違いはなんだ? そこに解決の糸口があるはずだ。 だが、もし違いがないというのなら――。 ガイは答えが出る前に思考を中断した。 『では、俺からも聞くが』 ガイラルディアは刀をしまった。あと数日もしないうちに、ルーク達はここへ辿り着くだろう。 『おまえは何故、復讐をやめたんだ』 (俺は、みんなと生きたい。そう思ったからだ) ただ、彼らとあること。単純だが、単純故に大きい。 『見殺しにされたホドのことを水に流すと?』 (そんなつもりは毛頭ない。ただ、復讐してしまったらそこで終わりなんだ。ホドの死は。ファブレを殺せば、ホドが本当に死んでしまう) 『面白いな。俺も、みんなと一緒に生きたかったし、復讐をすればホドが崩落した意味はなくなると思ってる』 (そう思っているなら、なぜ) 『ガイラルディア、俺が怖いだろう。いや、自分が怖いのか。必死に違いなど見つけようとしても、そんなものはない』 (っ、) 『図星、だろ?』 ガイの予想通りの反応に、ガイラルディアは笑った。ガイが考えないようにしていたことを、ガイラルディアはわざと指摘したのだ。 『やっぱりおまえも俺さ。違いなんて、ない』 それきり、頭の中に声が響くことはなかった。 一番恐れていたのは自分。 何度も、あの赤い髪をさらに深く染める夢を見た。 罪悪感。 だが、それ以上に恐ろしかったのは暗い慶びを感じていた己があったことだ。 彼と自分を隔てるものは、何もない。 絶望が絡みつく。 ガイラルディアの笑い声が、耳から離れなかった。 |